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2026.01.21

カナダのマーク・カーニー首相が1月20日、スイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)で行った演説

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/20552c2d488ff539f767de2b0565099dfbb0b28b

カナダのマーク・カーニー首相が1月20日、スイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)で行った演説が、国際社会に大きな波紋を広げている。大国間競争の激化と多国間制度の形骸化を前提に、首相は「もはや旧秩序は戻らない」「ノスタルジー(追憶)は戦略ではない」と断言した。これまで各国が口にしつつも正面から語ることを避けてきた「冷徹な現実」を、真正面から突きつけたのである。

だが、ここで注目すべきは、その悲観的な現状認識そのものではない。演説の真価はむしろ、カナダや日本、オーストラリアといった「ミドルパワー(中堅国家)」が強固に連携することで、崩れゆく旧秩序の先に、新たな国際秩序を主体的に築き得るという力強い提言にある。

元イングランド銀行総裁という稀代のリアリストであるカーニー首相の言葉は、分断が進む現代世界を象徴するパラダイムシフトとして、歴史に記憶されるだろう。世界が直面する「断絶」を直視し、その中でミドルパワーが果たすべき役割と生存戦略を、明確かつ揺るぎない言葉で示したからだ。

「原則と現実主義:カナダの進む道」と題されたカーニー首相の演説の全文は以下の通り。


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ありがとう、ラリー。

カナダ、そして世界にとっての転換点にあたるこの場で、皆さんと共にいることは、私にとって喜びであり、同時に責務でもあります。

本日は、世界秩序の断絶、心地よい物語の終焉、そして大国間の地政学がもはやいかなる制約も受けないという、厳しい現実の始まりについてお話しします。

しかし同時に、特にカナダのようなミドルパワー諸国は決して無力ではない、ということも申し上げたい。人権の尊重、持続可能な開発、連帯、主権、国家の領土的一体性といった価値を体現する新たな秩序を築く力を、私たちは持っています。

弱き者の力は、まず誠実さから始まります。

私たちは日々、大国間競争の時代に生きていることを思い知らされています。ルールに基づく国際秩序が衰退しつつあること、強者はできることを行い、弱者は耐えねばならないこと。

トゥキュディデスのこの警句は、避けられない現実として語られがちです。国際関係の自然な論理が再び前面に出てきたのだ、と。そしてこの論理を前に、多くの国は「波風を立てずにやり過ごす」方向へと傾きます。迎合し、摩擦を避け、従順さが安全を買うと期待するのです。

しかし、それは安全をもたらしません。

では、私たちにどのような選択肢があるのでしょうか。

1978年、チェコの反体制派ヴァーツラフ・ハヴェルは『無力者の力』というエッセイを書きました。彼はこう問いかけます。共産主義体制はいかにして維持されてきたのか。

彼の答えは、八百屋の話から始まります。毎朝、この店主は店先にこう書かれた看板を掲げます。「万国の労働者よ、団結せよ!」。彼自身はそれを信じていません。誰も信じていません。しかし、厄介事を避け、従順さを示し、周囲と折り合いをつけるために掲げるのです。そして、すべての通りのすべての店主が同じことをすることで、体制は存続します。

それは暴力だけによってではなく、人々が内心では虚偽だと知りながら儀礼に参加することで維持されるのです。

ハヴェルはこれを「嘘の中で生きること」と呼びました。体制の力は真実性にあるのではなく、皆がそれを真実であるかのように演じ続ける意志にあります。そしてその脆さも同じところにある。たった一人でも演じることをやめたとき――八百屋が看板を外したとき――幻想は崩れ始めるのです。

今こそ、企業も国家も、その看板を外すときです。

数十年にわたり、カナダのような国々は「ルールに基づく国際秩序」のもとで繁栄してきました。私たちはその制度に参加し、原則を称揚し、予測可能性の恩恵を受けました。その庇護のもとで、価値に基づく外交を追求することができました。

私たちは、この国際秩序の物語が部分的には虚構であることを知っていました。最強国は都合のよいときには例外を認められること、貿易ルールは非対称的に執行されること、国際法の厳格さは加害者や被害者の立場によって異なること。

それでもこの虚構は有用でした。とりわけ米国の覇権は、公海の自由、安定した金融システム、集団安全保障、紛争解決の枠組みといった公共財を提供してきました。

だから私たちは看板を掲げ、儀礼に参加し、言辞と現実の乖離を大きく指摘することを避けてきたのです。

しかし、この取引はもはや成り立ちません。

率直に言いましょう。私たちは「移行期」ではなく、「断絶」のただ中にいます。

過去20年にわたる金融、保健、エネルギー、地政学の危機は、過度なグローバル統合がもたらすリスクを白日の下にさらしました。

近年では、大国が経済的統合そのものを武器として使い始めています。関税は圧力手段となり、金融インフラは威圧の道具となり、サプライチェーンは付け込まれる脆弱性となっています。

統合が相互利益ではなく、従属の源泉となるなら、「嘘の中で生きる」ことはできません。

ミドルパワーが頼ってきた多国間制度――WTO、国連、COPといった集団的問題解決の建築物――は著しく弱体化しています。

その結果、多くの国が同じ結論に達しています。エネルギー、食料、重要鉱物、金融、サプライチェーンにおいて、より大きな戦略的自律性を確保しなければならない、と。

この衝動は理解できます。自国で食料も燃料も確保できず、防衛もできない国には選択肢がほとんどありません。ルールが守ってくれないなら、自分で自分を守るしかないのです。

しかし、冷静に見なければなりません。要塞化した世界は、より貧しく、より脆弱で、より持続不可能なものになります。

さらにもう一つの真実があります。大国がルールや価値の「建前」さえ放棄し、力と利益の追求に専念するなら、取引主義から得られる利益は次第に再現困難になります。覇権国は永遠に関係を換金し続けることはできません。

同盟国は不確実性に備え、多角化を進め、保険をかけ、選択肢を増やします。これは主権の再構築です。かつてはルールに基づいていた主権が、今後は圧力に耐える能力に根差すようになります。

私は申し上げました。こうした古典的なリスク管理にはコストが伴います。しかし、戦略的自律性や主権のコストは共有することも可能です。強靱性への共同投資は、各国が個別に要塞を築くより安上がりです。共通基準は分断を減らし、相互補完はプラスサムを生みます。

カナダのようなミドルパワーにとっての問題は、新たな現実に適応するか否かではありません。適応は不可避です。問題は、単に壁を高くすることで適応するのか、それともより野心的な道を選べるのか、です。

カナダは早い段階で警鐘を聞き、戦略姿勢を根本的に転換しました。

地理や同盟への所属が自動的に繁栄と安全をもたらす、という従来の心地よい前提がもはや成り立たないことを、カナダ国民は理解しています。

私たちの新たなアプローチは、アレクサンダー・ストゥブ氏の言う「価値に基づく現実主義」に立脚しています。言い換えれば、原則を持ち、かつ現実的であることです。

主権と領土的一体性、国連憲章に合致する場合を除く武力行使の禁止、人権尊重といった基本的価値への原則的なコミットメント。

同時に、進展はしばしば漸進的であり、利害は分岐し、すべてのパートナーが価値を共有するわけではないという現実を認識する実利主義。私たちは世界をあるがままに直視し、望む世界を待つのではなく、現実の世界に主体的に関与します。

カナダは、関係の深さが価値観を反映するよう、各国との関係を調整しています。流動化する世界秩序とそのリスク、そして次に来るものの重要性を踏まえ、影響力を最大化するため、幅広い関与を優先しています。

私たちはもはや価値の強さだけに頼るのではなく、自らの強さの価値にも依拠しています。

その強さを国内で築いています。

私の政権発足以降、所得、キャピタルゲイン、企業投資への減税を行い、州間貿易の連邦障壁をすべて撤廃しました。エネルギー、AI、重要鉱物、新たな貿易回廊などに、1兆ドル規模の投資を迅速に進めています。

2030年までに防衛支出を倍増させ、国内産業の育成につながる形で実施しています。

対外的にも急速に多角化を進めています。EUと包括的戦略パートナーシップに合意し、欧州の防衛調達枠組みSAFEにも参加しました。

過去6か月で、4大陸にまたがる12の貿易・安全保障協定を締結しました。

この数日間で、中国およびカタールとの新たな戦略的パートナーシップもまとめました。

インド、ASEAN、タイ、フィリピン、メルコスールとの自由貿易協定も交渉中です。

地球規模の課題解決のため、価値と利益に基づき、課題ごとに異なる連合を組む「可変的幾何学」を追求しています。

ウクライナ問題では、「有志連合」の中核メンバーとして、人口比で最大級の防衛・安全保障支援を行っています。

北極の主権をめぐっては、グリーンランドとデンマークを断固として支持し、グリーンランドの将来を決定する固有の権利を全面的に支持します。NATO第5条へのコミットメントは揺るぎません。

NATO同盟国(北欧・バルト8か国を含む)と連携し、地平線越えレーダー、潜水艦、航空機、地上部隊への前例のない投資を通じて、同盟の北方・西方防衛を強化しています。カナダはグリーンランドをめぐる関税措置に強く反対し、北極の安全と繁栄という共通目標に向けた集中的協議を呼びかけています。

複数国間貿易では、TPPとEUを結ぶ架け橋を構築し、15億人規模の新たな貿易圏を生み出そうとしています。

重要鉱物では、G7を軸としたバイヤーズ・クラブを形成し、供給集中からの脱却を進めています。

AI分野では、覇権国家か巨大テック企業かの二者択一を迫られないよう、志を同じくする民主主義国と協力しています。

これは甘い多国間主義ではありません。弱体化した制度に依存するものでもありません。課題ごとに機能する連合を築き、共通基盤を十分に共有するパートナーと共に行動することです。場合によっては、それは世界の大多数の国々になるでしょう。

同時に、将来の課題や機会に活かせる、貿易、投資、文化にまたがる緻密なネットワークを構築しています。

ミドルパワーは連携しなければなりません。テーブルに着かなければ、メニューに載るからです。

大国は単独行動が可能です。市場規模、軍事力、交渉力があります。ミドルパワーにはそれがありません。覇権国と二国間でのみ交渉すれば、私たちは弱い立場から交渉し、提示された条件を受け入れ、最も迎合的であろうと競い合うことになります。

それは主権ではありません。従属を受け入れながら、主権を演じているにすぎません。

大国間競争の世界で、中間に位置する国々には選択があります。寵愛を求めて互いに競うのか、それとも結束して影響力ある第三の道を創るのか。

ハードパワーの台頭に目を奪われ、正統性、誠実さ、ルールの力が――共に行使するなら――なお強力である事実を見失ってはなりません。

ここで再び、ハヴェルに立ち返ります。

ミドルパワーが「真実の中で生きる」とは何か。

現実を名指しすることです。「ルールに基づく国際秩序」が、いまだ機能しているかのように唱えるのをやめること。現状を正しく呼ぶこと。すなわち、経済統合を威圧の武器として用いる大国間競争が激化する時代です。

一貫して行動することです。同盟国にも競争相手にも同じ基準を適用すること。一方からの経済的威圧を批判しながら、他方には沈黙するなら、私たちはまだ看板を掲げたままです。

信じると言っているものを実際に築くことです。旧秩序の復活を待つのではなく、言葉どおりに機能する制度や合意を創ること。

そして、威圧を可能にするレバレッジを減らすことです。強い国内経済の構築は常に最優先事項であり、国際的多角化は単なる経済的慎重さではなく、誠実な外交の物質的基盤です。報復への脆弱性を減らしてこそ、原則的立場を取る資格が生まれます。

カナダには、世界が求めるものがあります。私たちはエネルギー超大国であり、膨大な重要鉱物資源を持ち、世界で最も教育水準の高い国民を擁しています。年金基金は世界最大級かつ高度な投資家であり、資本、人材、そして決断力を持つ政府があります。

そして、多くの国が希求する価値があります。

多元的で機能する社会。騒がしく、多様で、自由な公共空間。持続可能性への揺るぎないコミットメント。

不安定な世界において、長期的関係を重んじ、築く、安定した信頼できるパートナーです。

さらにカナダには、今何が起きているのかを理解し、それに応じて行動する決意があります。

この断絶は、単なる適応以上のものを要求しています。世界をあるがままに見る誠実さです。

私たちは看板を外します。

旧秩序は戻りません。嘆くべきではありません。ノスタルジアは戦略ではありません。

しかし、この断裂から、より良く、より強く、より公正なものを築くことはできます。

それこそが、要塞化した世界から最も大きな損失を被り、真の協力の世界から最も大きな利益を得る、ミドルパワーの使命です。

強者には強者の力があります。しかし、私たちにも力があります。見せかけをやめ、現実を名指しし、国内で力を蓄え、共に行動する力です。

それがカナダの道です。私たちはそれを公然と、自信をもって選びます。

そしてこの道は、共に歩む意思のあるすべての国に開かれています。

 

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2023.05.09

「街とその不確かな壁」

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冒頭からしばらくは息苦しかった。自分の10代後半を克明に記述されているようで、ほとんど忘れていたことをあれこれと思い出した。それが甘酸っぱい記憶だけに留まらず苦しさを感じたのは、喪失を伴っているから。本物との早すぎた出会いの感覚を残したまま、さしたる理由もなくそれが消える。修羅場があるなら却って話はわかりやすいが、そういうものではなく単にいつしか消えて、心残りだけが長く続く。読み下すのに骨が折れ、時間がかかった。
 
その後は平易に読み流せる。まあいろいろあるよね人の一生には、という感じ。マジックリアリズムと言うのだそうだけれど、異世界転生大流行のおかげでいまではさほど珍しくもなくなったこの手法に載せて、理由もわからない喪失感に何とか納得のいく解を見つけようとするのだが、結局それは幻影だったということに落ち着く。
 
むしろ、その後のリアリティの方が大切なのかもしれない。
モラトリアムの終わりを描いているようでもあるし、専門性と包摂を描いているようでもあるし、それらの継承をもって締めくくっているようでもある。安直にまとめたりしないのは、これがエンタテイメントではなく文学作品だからだろう。そういうものを久しぶりに読んで、いかにそこから遠い地点に自分がいるかを自覚しました。

 

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2015.08.30

マクドを胃腸がうけつけなくなった

もう、何か月か前のことだから、そろそろひっそりと書き留めておくけれど、マクドが原因で、腹が下ってしまうということがあった。

もともと胃腸は弱くないし、酒もたばこもやらないしで、いたって健康で、多少の食い物ではおかしくはならない、そういう体質だと思っていた。

だから、マクドの業績が急降下を続けていて、世間の足が遠のいていると聞いて、逆に、それなら空いていることだろうし、世間がいうほどマクドの食事はひどくないと思うし、なにしろ安いしで、ほぼひと月ほど、昼は毎日、チーズバーガー2個、みたいな食事を続けてみたのだった。今年の5月の連休前あたりだ。

そうしたら、突然、腹がくだりはじめて、とまらなくなった。

はじめは、よもやマックだとは思わなかった。これが始まる直前に、夜、お呼ばれで六本木あたりの鳥料理屋で、あんまり旨くないのに値段と店員の態度だけはでかい店に行って、それにあたったのかと思っていた。

しかし、2週間ほど経っても一向に収まらないので、もしやと思って、マクドをやめてみた。

そうすると、徐々に収まって、いまでは元通りだ。それ以降、マックは月に1回くらいしか行っていない。

若い時は、マクドで食べておかしくなるということはなかったし、考えてみると、ひと月間毎日なんてことは、若い時でもやらなかった、だから、マクドが業績の下降に合わせて食材の質を調整しているとは思うまい。

確かにいえることは、もうジャンクフード程度でも影響を受けてしまうような歳になったらしいということか。
そういえば、親も年を取ってからは、外の食事はしょっぱくて食えないと言っていた。

なんだか少し寂しい。

ま、その代わり、自炊の美味さを堪能しているわけだけど。

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2015.08.20

雑記150820


「困難な成熟」予告編

責任というのは、誰にも取ることのできないものです。にもかかわらず、責任というのは、人に押しつけられるものではありません。自分で引き受けるものです。というのは、「責任を引き受けます」と宣言する人間が多ければ多いほど、「誰かが責任を引き受けなければならないようなこと」の出現確率は逓減してゆくからです。
確かに、自分のこととして感じる人が多ければ、まずいことになる事態は未然に回避される、というのはそのとおりだわ。

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2015.07.27

雑記150727



日経のフィナンシャル・タイムズ買収はピケティの『21世紀の資本』の文脈から言えば正しい!

そこではロシアの大富豪も、アメリカから赴任してきたヘッジファンドマネージャーも、欧州の発行企業も皆、共通の言語を話ます。その言語とは、つまり「マネー」です。

フィナンシャル・タイムズはフィナンシャル(金融の)・タイムズであって、ビジネス(実業の)・タイムズではありません。そこんとこをはき違えると、相手から失笑を買うでしょうね。


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2015.07.04

150704鎌倉散歩

紫陽花の季節は、高齢者の集団でごったがえすのだが、そろそろ落ち着いたころだろう。ということで、鎌倉へ散歩しにいってきた。

北鎌倉で降りるのがいつものパターン。お手軽デザインの鎌倉駅にくらべて、こちらはあまりに小さい故に、変に気を回さずに自然体で出来上がっている。円覚寺の境内で、風情がいい。

んで、さっそく見慣れない立て看板が。こういうところ、鎌倉は難しいよねー。保存か日常利便性か。
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鎌倉駅までてくてく歩いて、駅前のBECKERSで時間をつぶす。9時を待って、観光案内所でいろいろ教えてもらう。

紫陽花は、華のシーズンが過ぎると、自然に枯れるのを待たずに剪定するそうな。馴染みの明月院はもう剪定終わったそうなので、まだの瑞泉寺へ。

若宮大路を軸にその東側の奥まったところににある。この界隈は、落ち着いた住宅地。乱開発やミニ開発の波もあまり被らずにきたようで、ほどよい大きさの敷地でまとまっている。その宅地の路地を抜けていった先に寺はある。

この瑞泉寺は、庭がおもしろいらしい。夢窓国師という昔の人が、庭を作るのがうまかったとかで、寺の裏側にある遺構が発掘され、現在に至っているようだ。18曲がりと呼ばれる坂道を登っていくと、一覧亭というところに至ると案内板にはある。一般人は立ち入りできないようだ。

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暫くぶらついた後、八幡宮の方へ戻ってくる。来る途中、洒落た真っ直ぐな小路が気になっていたので、それを辿ってみる。終点にあるのが、荏柄天神社というらしい。
日本三天神のひとつで、菅原道真公を祀っているそうな。

「福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮と共に三天神社と称される古来の名社です。」
えーそんな凄い神社なのか。全然知らなかった。本殿は国の重文だ。

境内に、かっぱ筆塚というものがある。かっぱの絵をよく描いた漫画家さんによる絵筆塚だそうだ。面白いものをつくるのね。
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近くにあった住宅の一階を改装した手打ち蕎麦屋でお昼。結構な値段だが、それなりでまあまあ美味しかった。これくらいなら、人を連れてきても大丈夫。
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若宮大路に戻ってくる。八幡宮は七夕モード。段葛はリニューアル工事中。
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せっかくなので、Ingressのスキャナーを起動して、大路の東側一帯で田植えして、大路沿いのミッションをいくつかやった。なーんかAXAを1個2個入れているポータルがいくつかあって、300発ほど使ってしまった。自宅ポータルなんだろか。源頼朝公はどうみたって Enlightened なのに、このあたり一帯が青いのはけしからん。今後もときどき緑化しに来よう。

ともあれ、鎌倉散歩。今回も楽しかった。若宮大路両側の残念な街並みは、もう仕方がないと思うけど、少し路地を入っていけば、鎌倉らしい佇まいがあちこちにあって、何度行っても飽きない。歩けばそのときの体調もわかる。今回は・・昼を挟んで5時間くらい休み休み歩いただけなのに、右太腿の付け根が痛くなって難儀した。これはいかんなー。寄る年波がフトモモまできましたよ。少しまた運動せねば。

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2015.07.01

雑記150701

ミレニアル記事3本


ソーシャルネットワークからマーケットネットワークへ

例えばイベント企画や住宅の改装といった最高品質が要求されるサービスは、シンプルでも、品質を客観的に判断できるものでもない。また、長期間に渡ってそのプロジェクトに関わることが要求される。マーケットネットワークはそのようなサービスのために設計された。

* * *

イベントプランナーは、HoneyBook.comでプロフィールを作成する。プロにとってこのプロフィールは、ウェブ上の窓口となる。HoneyBookのSaaSワークフローから自分のブランド名の元、クライアントに見積もり提案を送付し、契約もデジタルで交わされる。

他に一緒に働く職業人、例えば花屋や写真家といったプロをそのプロジェクトにつなぐことができる。彼らもHoneyBookのプロフィールを持ち、クライアントにサービスを提供するためにチームを組む。互いに見積もり提案を出し、契約書を交わし、支払いを受け取る。

これすんごい重要。

で、そういうことを思いついたり最初に実行するのは、やっぱりアメリカなんだよね。


ミレニアル世代という想像の産物

企業組織の階段を上るというアイディアをとても異質に感じるのは、これまでの人生の中で名高い企業が幾つも消えていったこと、そして仕事があまりに分担され、実際に誰かのためになっているように感じられないからだろう。

・・・今では、ミレニアル世代に限らず誰もが、他人を気にせず自分の道を歩むという別の選択肢を手に入れた。世界は停滞している状態からクラウドやモバイル端末に支えられたテクノロジーを基軸とする柔軟なものに変わった。

・・・数百の巨大企業が中心となるのではなく、何百万の小さな企業が世界を回すということを受け入れなければならない。「ミレニアル世代」がもたらす最大の難しさは、彼らは世界を分散したものと捉えていることに起因する。多くのビジネスは未だに中央集権化することに焦点を当てている。つまり、何万のブランドがそれぞれのコンシューマーに順応するのではなく、唯一無二のブランドが存在するべきと考えているのだ。

・・・テクノロジーは、これまでにない選択肢と世界に意識を向けることを可能にした。豊富な選択肢の中を航海する術は、それを自然と理解するミレニアル世代と紐付けられがちだが、他の世代も順応してきている。新しい世界は今の世界とは違うだろうが、平等と保証を持って良くなるだろう。テクノロジーがそれを達成する助けになるのなら、誰もがミレニアルの考え方を持つべきだろう。

ミレニアル世代というのは、言い換えると、デジタルネイティブみたいなものかな。


世界は、ミレニアル世代の「自己顕示欲」が社会を揺るがす時代に突入している

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2015.06.30

雑記150630


Web制作会社がクライアントを獲得するための、もっとも重要なポイント

Webって自動販売機じゃない。お店と同じなんです。毎日こつこつといろいろな施策をやったり、サービスや商品を変えてみたり、スタッフの対応を工夫してみたり、チラシを撒いたり、呼び込みをしたりでやっと収益が上がってくる。たまには改装したり、メニューを変えたりしてみる。こうしたコストや手間をかけないと繁盛店なんてできないことくらいわからんか。
* * *
中にはレベルも低いし、やってる人たちもたいしたことないのに異様にコストが高いところもあります。その多くは「アウトバウンドの電話」で営業するような、「営業会社」です。こうしたところの営業マンの給与制は歩合制のところが多く、電話を掛けまくって営業しまくります。営業会社の場合「手離れが良くて早く請求できる」というのが基本ですし、制作コストには営業コストが大きく乗っかってきます。内容の割に費用がめちゃくちゃ高い事例をたくさん見ました。
だよねー。
身につまされますわ。

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2015.06.24

雑記150624



成功する経営者は「みんなから見放される経験を何回もしてる人」 大前研一氏が語った共通点

エストニアは、税理士と会計士がいなくなりました。全部自動的にイーバンクの中でやってしまって、年末にTax Collectionってのが自動的に来ますんで。自動的に引き落とされて終わりと。したがって、税理士も会計士もいなくなった世界唯一の国です。
やっぱり・・・実際にそういう国があるんだ。

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2015.06.23

雑記150623



対米従属を通じて「戦争ができる国」へ。

うっちーはネット上ではいろいろdisられることが多いけれど、この意見は記憶しておいていいと思う。多少の誇張はあるにしても、米国と中国の力関係が、20年前とは様変わりしていることは、自覚しておく必要がある。

とはいえ、

世界の人々は「アメリカほど反権力的な文化が受容され、国民的支持を得ている国はない」という認識を抱くようになったからです。「ソ連に比べたらずっとましだ」という評価を無言のうちに誰しもが抱いた。
この「ソ連」を「中国」に置き換えれば、今でも成り立つ話、でもある。

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