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2017.06.18

「嘆きの王冠」1-4

これは最初から順番通りに見るのがよい。

土曜日に、時間の都合で夜の「ヘンリー5世」だけ見て、アジャンクールの戦いはちょっと薄味だなと的外れな印象を持ってしまったが、翌日曜に「リチャード2世」「ヘンリー4世」前後編を時系列どおりに連続して見て、これは力作だなという感想に変わった。

もちろん、元はシェイクスピアだから、演劇的な演出や饒舌で長たらしい台詞が多い。そういうところは、現代の映画作品としては少し違和感のある場面もある。扱うテーマも話の流れもシンプルで、今風の凝ったプロットに慣れていると、物足りなさを感じるかもしれない。

それに、それぞれの王たちを見る目は、歴史とは少し違うような感じもする。これはたぶん、シェイクスピアがこれを書いたときの世情とか自身の思想も入っているのだろう。まあ、司馬遼太郎みたいなものだろうか。

百年戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89

しかしそれらを補って余りあるのが、俳優たちの存在感だ。特に最初の「リチャード2世」のベン・ウィショーが濃ゆい。もともとこの人凄いんだけど(パフュームとか)、このお話では、正統な血筋の王が、退位を迫られる前後の、自己愛や他者への呪詛の台詞が、滑らかな瘴気を立ち昇らせていて。よくまあこれだけ朗々と他人を呪えるものだなと。

これがつまり、タイトルに「嘆きの」とついている所以だ。原題は"hollow crown"だから、普通に訳せば「虚ろな王冠」だろうけれど、「嘆きの」としたのは正解だろう。

そもそも王朝の開祖というものは、結構力づくの即位が多いのが当然なのだろうし、それ以降、次第に定着して正統性を増していくというだけのことなのだが、何代も経るうちに、世界の開闢以来そうであるような錯覚に陥ることになる。

リチャード2世の呪詛は、その錯覚、共同主観を毟り取られる嘆きなのだ。共同主観が消え失せたら、世の中は麻のように乱れるぞという警告でもある。

そう。嘆かわしいことなんだこれは。歴史の中で新陳代謝を繰り返すためには、必要なことではあるけれども。


この、共同主観の再構築は、同時に、新たな王朝を開く王の責務でもある。ヘンリー4世が死の間際に王太子に伝えたことは、呪いを跳ね返して王権に伴う責務を継承していく秘訣でもあった。

なにより、代が替われば遺恨も薄れるというものだろう。

後を継いだヘンリー5世は、国内をうまく収める一方、大陸では大きな戦果を挙げたそうだから、イングランドにとっては傑物と言ってよい王だったのだろう。急死しなければ、イギリスとフランスの関係は今とは全く異なっていたかもしれない。

歴史のIFはそれとして、ヘンリー5世がどのような態度と決意で、自分の放蕩の過去と決別したかは、このシリーズ前半の大きな見どころ。

演じるトム・ヒドルストンが、即位式で昔の仲間の悪党に見せる表情が、これまたいい出来。ベン・ウィショーの気持ち悪さとかなりの勝負。


ということで、1日たっぷり楽しめました。
来週は後半を観る予定。ベネディクト・カンバーバッチのリチャード3世ですよー。

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2017.06.10

「セールスマン」

昔々、つきあっていた女性がふと「私が痴漢とかされたらどする?」ときかれたことがあって、キョドったのを覚えている。痛い記憶。

これは、そういう話の微妙さ加減、扱いの難しさを描いていって、最後に、もっと大きな人間の悲哀を持ってきて、大人の沈黙を落としどころにしている。納得できる結論など無い。苦みのある味わい。

ちなみに、最初の問いに今ならどう答えるかというと、「そういうことが起きないように気配りするよー」くらいでしょうかね。(笑)

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2017.06.04

「 ジェーン・ドウの解剖」

ちょっと季節がまだ早いけど、夏向けのホラー。
救いもないし容赦もない。
人の恨みっておそろしいですねというお話。

手法的には、まあよくあるお約束的怖がらせ技術の積み上げ。
恨みの元が昔の魔女裁判っていうのが、東洋人としては馴染みがなくて、怖さがつのります。
解剖シーンなどはグロさもあって、そういうのが平気な人限定ということで。


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2017.06.03

「たたら侍」

まあ、アイドル映画なのかな。
アイドル映画にしては、主要人物がたいがい死んじまって悪徳武器商人だけがへらへら生き残るっていう救いがたいお話なんだけど。
んで、アイドルだからっていうわけでもないけど、一応反戦っぽいですな。

・ムラを護りたいという意思を悪用される。
・ブキを持てばテキを吸い寄せる。
・非暴力不服従が抵抗の手段。
・技術を磨いておけば命までは取られない。
・でも技術が欲しい政治家にいいようにやられる。

という感じの定型パターン。
定型を見られるものにするには、それなりに工夫とか見せる技術が要ると思うけど、そこは少し弱かったかも。

あんなり救いのない映画でした。
でも現実はこんなものかもね。


砂鉄を使ったたたら製鉄って山陰地方で行われてたのね。
山陽では鉄鉱石を使うとか。

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2017.06.01

「ローガン」

ウルヴァリンのお話で、殺伐とせずにじんわりくるなんてなあ。
終わらせるための作品としてはまあよかったんじゃないでしょうか。

こうしてみると、X-MENのキャラクタや話のフレームが、ひと時代前のそれだということが、はっきり感じられたけれど、それがまあ、このシリーズのいいところだったなと。

それにしても、ミュータントがボケるととんでもない災厄だということはよくわかりました。そこは結構笑える。

それから、自動運転のトラックはこわい。近寄りたくない。

そんなところでしょうか。

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2017.05.27

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」

このお話には、すっきりした結末はない。
それが却ってお話のリアリティを増している。

主人公はある虚無を抱えて生きていて、それを周囲は癒そうとするのだが、本人は拒絶しているようなフシがある。

亡くなった彼の兄は、遺言で、主人公に遺児の後見を託す。それは頑なな弟の心をなんとか開かせようという配慮だったのかもしれない。

一体この男の過去に何があったのか。前半はその興味で引っ張られる。全体に暗いトーン。


癒しがたいその傷が明らかになってから、見る方は少し居たたまれない気持ちになる。そういうことでは致し方ない、と思う。

そこに、少し明るい要素がいくつか加わって、これはいい方向に向かうのかと期待が芽生える。過去の棘だった相手の態度の変化であるとか、あるいは、開放的て冷たく爽やかな海の空気であるとか。

男なんて単純だ。
ボートに乗って海に出て風に吹かれれば、結構嫌なことだって吹き飛ばされてしまう。マンチェスター・バイ・ザ・シー。

とはいえ、やはり完全に元通りになることはない。男は彼なりに、折り合える点を探して、周囲の協力を得て着地する。

彼の虚無は少し癒されたけれど、もともと放浪タイプの人間に、人並みの責任は担えない。

それに、時間は巻き戻せるものでもない。誰だって、回復しがたい傷を抱えて、それでも生きていくしかない。

そういうタイプの人には、じんわりくる作品でした。
そういうタイプではない人が見たら、ちょっと得心がいかないかもしれません。

ところで、公式サイトのコメントの中で、西川美和さんの文が光る。

この映画を評価する人は、たぶん同じことを感じて、しかしこれほど短く的確な言葉にはできない。さすがです。

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2017.05.20

「夜明け告げるルーのうた」

湯浅政明という監督さんの絵を見に行った。
「夜は短し歩けよ乙女」がとてもよかったので。

本作も、絵と音楽のノリの良さは天下一品。
そして絵のファンタジー度もメーター振り切れるレベル。

しみじみとノリノリの合間に、少し意味不明な空白があるような気がするので、そこは今後工夫の余地あるかも。
山と谷のつながりの滑らかさ、流れは、「夜は短し~」の方がいい。
でもまあ、お話ほどほどで十分です。

ということで、かなり満足しました。

ルーのパパの声って、柔道の篠原がやってるのかー。

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2017.05.19

「メッセージ」

センス・オブ・ワンダー
ヒューマニティ
最高にいい映画


とてもいい映画なので、ネタバレは控えたい。
それゆえ、あまり多くは書けない。

原作は短編SF小説「あなたの人生の物語」。
そして、映画の原題は"ARRIVAL"。
この原題が本作のセンス・オブ・ワンダーを一言で表現している。
異星人とのファーストコンタクトに始まったコミュニケーションを通じて、言語学者である主人公は、最後にどこに辿り着いたのか。
それは知り得ない未来だっただろうか。

物語を聞き終わって、しみじみとものを想う。そういう作品。

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2017.05.14

「パーソナル・ショッパー」

クリステン・スチュワートには色気がありません(断言)。だから却ってニュートラルに観ていられます。そういう人間が霊媒師を演じるというのは、なかなか良い設定です。むんむんした人だと、霊魂の微かな徴なんて見えないだろうから。愛くるしい人でもたぶんだめでしょう。

いや、皮肉ではありません。
いや、もちろん作中で男性誌にスカウトされるエピソードは皮肉以外の何物でもありませんが。思いっきりいじられてませんか?(笑)

そういう状況でもめげずに演じるクリステン・スチュワートに、ちょっと好意を持つわけです。はじまりの薄暗い屋敷のシークエンスは、とてもいい雰囲気です。これは哀しく切ないゴーストの話なんだろうなあ、という期待が高まります。あくまでも期待です。


それがなぜ、パーソナルショッパーという職業なのか?
そこに特に理由は思い当たりません。華やかなセレブの衣装を彼女に着せてみたい作り手の願望でしょうか。
強いて言えば、霊媒師の暗く涼しい内面をセレブの派手でホットな衣装で包むことで、独特の空気が生まれているような気もしないではありません。かなり適当ですが。

お話はそのパーソナルショッパーの、値段?なにそれ?的な精力的な買物ぶりと、霊魂なんていう辛気臭いものとの間をあちこち飛びます。買い物にカルト。女性は喜ぶんでしょうねえ。よくわかりませんが。
セレブが自宅のベッドの上でストレッチだかヨガだか不明な運動をしながら、隣の椅子に弁護士を侍らせてスマホで遠くのクライアントと電話会議してたりするシーンなんかもあって、布団の上で柔軟体操を欠かさないおばちゃんたちのハートを鷲掴みにしたりします。カンファレンスコールなんて間違ってもいってはいけません。電話会議です。NTTだってそう呼んでいます。


そうこうしているうちに、突然のっぴきならない事件が起こって霊のせいなのかどうかわからん状態に陥ります。でもって、なんだかわからんうちに見たような奴の顔が出てきて街中で鉄砲ぶっぱなしてそいつが犯人間違いなしということで一見落着したりします。

ここまで、もう主人公も観客も振り回されまくりで、霊が居るのか居ないのかどうでもよくなってきます。まあ、霊の方は、ぼくはここにいるよアピールをスクリーンの中で一生懸命続けているので、たぶん居るのでしょうけれど。

なんだか疲れてどうでもよくなった彼女は、遠く砂漠の国にいる疎遠なボーイフレンドのところへと河岸を変えます。我々ももうどうとでもしてくれという気分です。

旅路の果てにそこで彼女が遭遇したものは。。。


ユーモアですね。最後のドーンは明らかにユーモアです。我々を微笑みながらおちょくっておるのです。
ここの最後の表情はさすがにクリステン・スチュワートもしっかりキメてくれました。ここが締まらないとシャレになりませんから。

まあ、ユーモアがわかるなら、そうおそれかしこまる必要もないと思いますが。


という具合で、話の筋を追うよりも、テイストを味わう作品という感じです。その点では、わるくない出来です。


クリステンス・チュワート、目は口ほどにもモノを言わない演技だったのが、それでもだいぶ上手くなった気がします。

シャネルの新作香水の顔にも決まったそうだから、世間の下世話な評なんか気にする必要はないでしょう。この調子でばりばりやってほしいです。

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2017.05.13

「スプリット」

多重人格障害といえば、ビリー・ミリガンが有名だが、それを下敷きにしたと思しきものが本作。もっとも、虚構である本作には、実話のビリー・ミリガンとは異なる到達点が与えられる。そこがこの作品のクライマックスの見どころ。

あり得るのだろうか。そんなことが。作中の医師が言う通り、人間には限界というものがあるはずだ。だが、それを超越してこそのフィクションだろう。ちょっとイカレた存在が主人公の方が、作品の翳は濃く、情動は強くなる。

ナイト・シャマランは、これまでもそういう病的な(笑)ベクトルの作品を作ってきたと思うけれど、今回、その方向に一層強く、思い切りよく踏み込んだ。いったいこれからどうなってしまうのか。

お話は、解離性同一障害者と、彼が監禁した3人の普通人との駆け引きで、終始緊張が保たれる。ジェームズ・マカヴォイはこういう役にうってつけだ。レオナルド・ディカプリオが演じた方は見逃したけれど、本作で十分満足です。

それにも増して本作で光っているのが、アニヤ・テイラー=ジョイ。「大物」の呼び声が高いそうだが、さもありなん。曲者のマカヴォイに負けてない。ラストで、パトカーから降りるのを拒んだときは、ケビンと同じように"ピー"してしまうかと思ったくらい。本物の魔女が現れた。もっとすごい役ができるはず。

ラストのネタバレは厳禁だそうだけれど、まあ、そんなに驚くようなものでもない。この監督は映画づくりは上手いのだから、不必要に煽らなくても、十分面白いと思います。

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