https://www.20thcenturystudios.jp/movies/avatar3
いくつものドラマとスペクタクルの幸せな融合、もう言うことないですね。キャメロンはいつも期待を超えてきます。東京では一番縦が長いIMAX3Dで結構なお値段だったけど、満足しました。
本作のアバターは当然、全部CGで作っているわけですが、それにもかかわらず表情の豊かさが場面ごとの登場人物の心情を余さず語ってくれます。解説映像で流れていたとおり、俳優さんの表情の演技を特殊なカメラで細かく拾って作り出しているそうで、CGという技術を巧みに御しているのがよいです。
今回も物語は旅から始まるのですが、前作の冒頭の旅が行くあてのない厳しい始まりだったのに対して、本作では隊商に参加する長閑なものです。この空を行く隊商のデザインがまた目新しくて、毎度何かしら新機軸を出してくるのが凄いです。
表向きは長閑なのですが、その実、スパイダーの立場を巡って様々な葛藤があります。これが本作の主軸になっていて、しかも途中からある理由によって彼の存在価値が爆上がりするというあらすじ。たまりません。この理由がまた、この惑星の特殊な条件を上手に取り込んでいて、全編通してのテーマとしっかり噛み合っています。
エイワという存在は、一見、対立を嫌う平和の象徴のように見えますが、むしろ短命種族の個々の運命から超越していて、それが血気盛んな人間やナヴィからは何もしてくれない存在と誤解されているようです。タイトルにもなっているアッシュ・アンド・ファイアの部族も、考えてみれば可哀想な運命を背負わされたものです。エイワはそうしたことには関わらないのですが、過酷な現実に直面した彼らにそれがわからず逆恨みのような感情を持つのは仕方がなかったことなのでしょう。
一作目でもそうでしたが、本作で、エイワというのは、ちょっとした助け舟は出すけれど、自らなにか行動するようなレベルの存在ではないようです。不干渉主義とでもいうのでしょうか。
お馴染みになった、スカイピープルとナヴィたちとの決戦でも、エイワは自分で指図などしません。ただ、深海の生き物たちを海面へ差し向けるだけ。そこで彼らに具体的にどうしてほしいか言うのはナヴィの役目です。
この重要な場面で、キリがはっきりと「殺せ!全て!」と言うのは、この映画の分水嶺です。普段は心優しい彼女がなんという恐ろしいことを口にするのだろうと思ってみても、話しても無駄な相手というものは確かにいて、決着をつける必要に迫られることも世の中にはあるという宣言です。結果を背負う覚悟を持って自分の足で立って来たこの監督らしいひとこと。
この映画では、登場人物それぞれが結果を背負う覚悟を持って行動していきます。そこにはなんとか主義のような頭の中だけの概念はありません。スパイダーをどうすべきか悩み苦しんだ末にジェイクとネイティリが選んだ道は、決して理性的でも戦略的でもありませんでしたが、それを選び、結果として起きることに全力で対処する覚悟がありました。それこそがこの作品の見せ場であり良さです。火と灰の運命を背負ったヴァランにも覚悟がありましたが、エイワの力に触れたキリに恐怖を感じて逃げ散ります。そして大佐は。前作の懸案だった実の息子であるスパイダーとの関わりも本作の大きなテーマでしたが、変われないものは滅びることを示す結果になりました。ただ、自ら悟ったようなふしがあったのは救いでしょうか。
エピローグは、一見すると部族社会を称えるような場面で終わります。個人主義を絶対視する立場からは、これは前近代への退行に映るかもしれません。けれども、少子化と格差拡大に象徴されるわれわれの社会の行き詰まりを、ではどう打開すればいいのか、これもひとつの選択肢のように見えます。そういうところに触れてくるのもこの監督のいいところです。
アバターという作品名が示すように、人形(アバター)を遠隔操作するデジタルネイチャーのようなところから始まったこの物語が、結局は生身の人間の苦渋に満ちた選択や覚悟に行き着いて、機械文明に打ち克つ結末になっていることは、われわれの来し方行く末を暗示しているようでもあります 。
【 追記】
ちょうどタイミングよく、人と隔絶した存在についての興味深い稿を見つけたので、リンクしておきます。
https://wirelesswire.jp/2025/12/92083/