「ワン・バトル・アフター・アナザー」
https://wwws.warnerbros.co.jp/onebattlemovie/index.html
最初に、これは作り物であるということはきちんと断っておく必要があると思う。というのは、爆弾テロの中心人物が、革命の英雄としてまるで正義であるかのように描かれていると見えるからだ。
たしかに一方で、身なりのいい白人純潔主義者たちのおぞましい振る舞いも描かれていて、それとの対比ではバランスが取れてはいるけれど、どっちもどっちで褒められたものではないのだ。
そんな中で、ひとつ興味深いセリフがあった。テロリストの一人が当局に捕まり、仲間の情報を差し出すのと引き換えに保護観察下で仕事を探して自分の稼ぎで暮らすことになったとき、監視役が「ようこそ、普通のアメリカ人の暮らしへ」と言ったのだ。作り手は本作が描く世界が、大多数の人々にとってはフィクションだということをわざわざ断っている。
それを踏まえたうえで、本作が描いているものはといえば、それはあたりまえに愛であり、ほどほどの暮らしの大切さだ。主人公の爆弾魔が、革命などより子育ての方が大切だということを、繰り返し言葉と行動で示している。この役にディカプリオを充てたのは大正解だった。爆弾魔でイクメンという一見矛盾した人物像を、理知的な表情を使って作り上げていた。ピントがぴったり合っていた。
そのお陰もあって、本作が言わんとする「多元主義」が見えやすくなった。自分の考えを枉げる必要はないが、そうであるなら、自分たちと異なる考えの人々の存在もまた、ある程度許容しなければならない。
白人レイシスト達のリーダーが秘密の会合の席で、彼ら(有色人種たち)が仕事をしてくれないと我々も困るという趣旨のことを言ったのはたいへん面白い。この映画は、対立する二種類の人々を、互いを殲滅すべき敵ではなく、不愉快だが共存することが必要な相手として見せているのだ。
また、作品の締めくくりには、若い娘が抗議行動に出かけようとする背中に、元爆弾魔が「ほどほどにしろよ」と声を掛ける。こんなほのぼのした革命一家があるだろうか(笑)。
それぞれのグループの中には極端に走る者もいて、彼らが引き起こす派手なアクションやバトルはエンタメとしての面白さだ。白人グループが豊富なリソースや情報源を駆使して主人公たちを追い詰める一方で、主人公側はその場その場で仲間たちの助力を少しづつ得て対抗していくのが、それぞれの特質を示していてたいへん面白い。
その面白さに目を奪われがちだが、要所々々のセリフを見れば、双方の中心にいる人間は、どちらも多元主義を認めている。
分断が煽られる米国で、こうした映画が時期を見計らって出てきたことに、アメリカという国の底力を感じたと言うと、ちょっと褒めすぎだろうか。少なくとも、ニュースメディアを通して伝わってくるイメージと少し違う、サイレントマジョリティの生活感覚が、ちらりと見えた気がする。
みんなそれほど政治に興味があるわけじゃないんだよね^^;
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