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March 2025

2025.03.30

「バッドランズ」

https://badlands2025.com/

これは夢なのか。人が何度も殺されているのに現実感がない。あっさり撃たれて死ぬ。逃避行につきあう少女の目からはそう映っていたのだろうか。果てしなく続く荒涼とした風景に、このままいつまでも逃げられるような錯覚を覚える。

この現実感の希薄さは、逃避行の間だけでなく、逮捕されてからも続く。レンジャーたちは主人公の青年を、ジェームズ・ディーンに似ていると言い、むしろヒーローを見るような目で見ている。普通の犯罪映画なら、ここでは嫌悪感を隠さないところのはずだが、そうなっていない。

これがアメリカという国の、特に南部の、弱肉強食を是とするひとつの貌なのだろうか。

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2025.03.29

「レイブンズ」

https://www.ravens-movie.com/

いいよなーこれ。
芸術家の狂気みたいなものと、昭和という時代の光と影とがシンクロしてて。こういうの、今の時代には無いでしょ。なんかこう醒めて理屈っぽくてお高く止まっている感じなんだよね今の時代は。血と肉がたぎって屈折していた戦後昭和にはそれがあった。すべての日本人にそういう血が流れていた。この伝説の写真家が写し取ったのはそれだったのじゃないか。

映画作品としては、ミーイズムに焦点が当たっていたようにも見える。洋子は「あなたが見ているのはあなただけ」ということを二度言う。一度はまだ二人が一緒に生活していたとき。もう一度はずっと時間が経って洋子が別の男の妻になり元彼の個展を見に来たとき。
この映画はいろいろなものを映し出していて滋味があるけれど、この自己中心主義を一番際立たせたかったのじゃないか。

芸術家の生涯を描く知的でスノッブな映画作品は多いけれど、本作はそれらとはまったく違う。お世辞にも上品とは言えない、父親と妻と2つの異なるストレスに晒されて咆哮する写真家の自画像、という感じだった。

浅野忠信も瀧内公美もすばらしい。

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2025.03.24

「エレクトリック・ステイト」

https://www.netflix.com/title/81601562

NETFLIX

もとはグラフィックノベルの作品だそう。漫画よりストーリー性があり、内容的にもやや高尚な児童書というジャンルなのだろうか。

映画化された本作は確かに、病める超大国をイメージさせる暗喩がちりばめられている。中でも一番強く打ち出されているのは「このシステムはおかしい、ぶっ壊そう」というメッセージだ。直截な台詞でそれを言っているので、聞き間違えようがない。トランプのような人物が選挙で堂々と選ばれた理由もそこにありそうだ。

では壊した後のイメージがあるのかと聞かれれば、たぶんMAGAと言われる人たちにはないだろう。たぶん、誰にもない。映画ではそこは情緒的に流している。

ロボット達の個性的な造形は魅力的だけれど、裏にある主張は笑えないものを含んでいる。今後こういう主張を持った作品は増えていくだろうとは思う。

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2025.03.17

「Away」

https://king-films.jp/away/

「Flow」が素晴らしかったので、同じ監督の最初の作品「Away」もすぐに観に行きました。こちらもFlowと同じく素晴らしい作品です。ギンツ・ジルバロディスというラトビアの監督さん、今後も注目していきたいです。

この作品(そしてFlowも)、人の内面が、外環境である仲間や脅威と様々に関わっていく中で、沸き起こる多様な感情が、寓話の形で語られています。Flowの場合は動物たちの姿を借りて、そして本作では台詞のない少年の姿で。

激さずに、淡々と、しかし溢れるような濃密さで、少年の旅路を描いていきます。その在りように、観ている側は共鳴し感動するのだと思います。

魂が洗われるような、それでいて決して高尚ぶらず、地に足の着いた良作でした。
バイクというモチーフが使われていることも、ツーリング好きにとってはこれ以上ない好感を抱かせます。同じようなたくさんの風景に自分も出会ったことがあるのですから。

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2025.03.16

「Flow」

https://flow-movie.com/

すばらしいの一言につきます。
といっても、感動ポルノではありません。

謎は謎のままとして様々な想像を掻き立てられながら、生き物たちの協力ぶりや対立ぶり、あるいは自然のものには手の届かない神秘、そういったものがゆったりと傍らを流れていくのを見るような気持ちになります。そうして自分が居るべき場所についての想いが定まります。

見てよかった。

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2025.03.11

「ウィキッド ふたりの魔女」

https://wicked-movie.jp/

二人の友情が芽生えるシーンの演出がすばらしくて感動しました。それ以外はまあ普通かな。。それぞれのキャラクタが風刺画のように思い切り誇張されていて、わかりやすいといえばそうなんだけど、知らないこともいろいろありました。

例えば、Xwitterで見かけたのだけど、緑色の皮膚というのはユダヤ人への偏見を表しているそうで、原作が出た頃の欧米社会はそういう空気だったらしい。マンチキンというのも猫の名前かなくらいの認識だったけど、これは小人ということで、やはり身体的特徴を言う差別用語なのだそうな。そういうことで調べていけばもっといろいろ楽しめるのでしょう。

そうはいっても、やはり仕掛けなどは少し子どもじみていて、傑作というには抵抗があります。映画産業にとっては失敗が許されない総力戦なのかなと思ってみたりしました。

本作は物語の前半で、後半は西の魔女が悪役を引き受けることでこの世界がひとつにまとまり安定するという結末らしいので。まあ出たら見るかというくらい。

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2025.03.09

「聖なるイチジクの種」

https://gaga.ne.jp/sacredfig/

これはまた感想を書きづらい。一言で言えば、権威主義が家族の関係に亀裂を生じさせ崩壊させるまでを描いているのだが。。

市民から評判の悪い革命裁判所の職員である父が、昇進の際にその地位の証のような形で貸与された拳銃を家の中で紛失する。それを探し出す過程で、家族間の信頼関係が壊れ次第に猜疑心に支配されるようになり、最後には暴力が渦巻く修羅場になってしまう。

この父親は、昇進する前は保守的で善良な市民だった。その普通の人が次第に狂気にとりつかれていく過程が描かれている。表面的に見れば、この父親が悪役であり、家族たちは悪くないということになるはずだが、ふと疑問も覚える。

拳銃は結局誰が隠したかわかるのだが、そこだけ見ればいたずらにしても度が過ぎるというところだ。父親に同情したくもなる。体制側の役所の職員であるというだけで身の危険に晒されながら生活しなければならない重圧にしてもそうだ。

とはいえ。

作中ではあまり深くは描かれていないこともある。革命裁判所というところが、碌な審議もせずに市民を簡単に死刑にするらしいということが、父が昇進した直後の仕事場の描写で少しだけ描かれる。それがどの程度真実なのかは、こちらからはわからないが、その後のストーリー展開の基礎として重要だ。一体この体制の歯車でしかない父親はどの程度罪深いのか。それは、家族の反応から観客それぞれが推し量るしかない。父は家族を嘘ばかり言うと詰問するけれど、家族の側からすれば非道で恥知らずな仕事内容を黙っていた父の方こそ嘘つきだろう。

ひとつだけ確かに言えることはある。体制側にしても反発する一般人側にしても、はなはだしく狭量で鷹揚さを欠いているということだ。服装警察という言葉が作中にも出てくるけれど、服装が気に入らないというだけで市民が逮捕されたり拘置所で暴行を受けて死亡するなどというのはまともではない。そういう体制側の反知性的な行動が、一般人側からも余裕と寛容さを次第に奪い、対話も成立しない息苦しく危険な環境を作り上げてしまっている。

これは経済制裁に喘ぐイラン国内の話で、貧すりゃ鈍すで片付くことかもしれないけれど、これから下り坂の我々もひょっとすると、と考えるとひとごとではないのかもしれない。

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2025.03.03

「アノーラ」

https://www.anora.jp/

見終わって頭に浮かんだことを胸に公式サイトを見たら、考えたことそのまんまが小見出しになっていて苦笑いしました。つまり、わかりやすい映画ということなのでしょう。シンデレラは言わずもがなの玉の輿映画だけど、本作はそれに失敗する物語。その失敗の後の最後のわずかなシーンに込められた真実味は、そこまでの虚構を下敷きにした圧倒的な存在感があります。

そしてこの新進の女優さんのエネルギー! 映画の登場人物というのはどうしても取り澄ました感じを纏ってしまいがちだけれど、この人はそこを突破しています。「ナミビアの砂漠」の彼女と同じ感じ。これを演技でやるのだから凄いです。

物語の背景にロシア移民社会があるのも味わいです。米露の対決の時代から世の中は大きく転回して、いまは金持ちとそれ以外との対立の時代。ロシアにも同じような構図がある。そこを絶妙に掬い取っていますね。NYのブライトン・ビーチというのはロシア移民の多い地域の南端にあるそうで、「ロボット・ドリームズ」にも出てきました。ブームなんでしょうか。

壁に挑戦してはじき返されたアノーラの悔しさとエネルギーにじんわり暖かくなる、アカデミー賞受賞も納得の作品でした。

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2025.03.02

「仕掛人・藤枝梅安2」

https://www.amazon.co.jp/dp/B0DTDYD3Q9

amazonPrimeで

1につづいて渋い仕上がりの2。今回は江戸を離れて京都へ墓参りのはずが、思わぬ事態に遭遇し仕掛けを請け負うことに。
1では梅安の強さが目立ったが、本作ではその弱さ、若い頃の過ちに端を発する未解決の傷に焦点があたる。彼の出発点そのものへの問いかけでもあり、同時に女という生き物の多面性も描き出している。梅安に恋焦がれる女中のおもんに目がいきがちだが、それと対を成すようなおさんどんのおせきの描き方が優れていると思う。

1ではクライマックスでの殺し文句、「お前の命、俺が預かる」に涙したが、今回の殺し文句はおもんと剣客の間で交わされる。「それでは誰を殺したいのですか」の問いへの応えがあまりにも哀れで涙を誘う。そして危地を脱してことが済んだ後の梅安の述懐「腕は強くても、心が強いとは限らない」が痺れる。

このところ世の中は大きく変わっていく兆しがあって、政治の話題で沸き立っているようだけれど、ものごとが政治一色に染まってしまうと、人は平静さを失いがちだ。そういうときは、政治的な映画よりも、情緒に溢れたこんな作品を見てみるのがいいのかもしれません。

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