「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」
https://movies.shochiku.co.jp/haroldfry/
これは良作。原題は"The Unlikely Pilgrimage of Harold Fry" だから、それを知っていればどういう内容なのかは想像は付いただろう。でも知らずに見ても前半が終わる頃にはこれは巡礼の話だとわかる。
老境を迎えた主人公が、はるか遠い目的地へ向けて、日常を後に残してひたすら歩き続ける中で、過ごしてきた時間、忘れようとしてきたことどもをひとり振り返る。そこにあるのは罪の意識だ。取り返しのつかない運命を思い出し、悲しみ、呪い、救いを求め、最後には受け入れる。それが巡礼というものだろう。
本作はそれを基本に据えながら、後に残された妻を同時に描くことで、夫婦が長く避けてきた対話を引き出している。夫は、一人息子を無為に死なせてしまった後悔をどう飲み込めるのか。妻は、夫の友人の大切な伝言を握りつぶしたまま過ぎた何十年もの歳月をどう取り戻せるのか。この旅を通して二人がそれぞれに思い悩みながら、離れてあることで、却って少しづつ思いが伝わりあうようになっていく。本作の味わいはその辺りにありそうだ。
原題が"Unlikely"となっているのは、この旅の始まりが普通の巡礼とは違っていたからだろう。ただ手紙を出しに行っただけのことが発端となって、わずかな心の引っ掛かりが逡巡を呼び、次第に歩かなければならない気持ちになっていく。私たちの誰もが、ある日突然そうしなければならない思いに駆られる可能性を思わせる。
途中、様々な背景を持った人々の親切に助けられるのはこの種の話の定番で、よい味わいだ。物語の最後に、ガラス玉が作る光の滴を介して、世話になった人々を振り返る演出がいい。
途中、歩き続ける男がニュースになり、取り巻きが現れたりするのも、ちょっとUnlikelyで面白かった。ひょっとしてイエス・キリストが歩く後についていく群衆が次第に膨れ上がっていく様子などは、こんな感じだったのかもしれない。もちろんそれは、一人静かに内省する巡礼の旅とは異なるものではあるけれど、お話の彩になっていた。
自分で巡礼の旅をしようとまでは思わなくても、ある程度歳を取った人には理解できるところも多いのではないか。逆に若者向きでは全くない作品でした。