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April 2024

2024.04.28

「悪は存在しない」

https://aku.incline.life/

むしろ、悪意は存在しない、とでも言った方がすっきりするような内容だった。
確かに、登場人物各々に悪意は見えない。補助金だろと言った金髪の若者にあるのは悪意ではなく嫌悪だろうし、うどん屋にあるのは暮らしの根を失う不安だし、便利屋は超然としているようにも見える。開発提案側の社員2人に至っては、地元民側にシンパシーを感じ始めるくらいで、押し付けられた憎まれ役の立場を放棄しかかっている。自分のストレス解消という利己的な立場ではあるけれど、それは地元民の半分もそうだろう。社長は資金繰りに追われる哀れな存在だし、コンサルは数字と時間と制度と業績に人生を食いつぶされる愚かな生き物だし、さらに姿は見せないが、補助金政策を企画立案した側も、その窓口になっている役所の担当者も含めて全員が、何の悪意もないだろう。

バランスだ、と地域の顔役は言った。上のものには義務がある、とも。また便利屋は、一線を超えるとだめだと言った。開発の最大の問題点である合併浄化槽の排水は一線を越えてしまっているように見えるけれど、作り手はこれについて、堆肥の山から立ち上る蒸気と悪臭を見せている。もう同じようなことを地域の人間はやっている。人間の排泄物と牛のそれとで何の違いがあるものか。

道路をアスファルトで固め、ガソリンを燃やして走る車が必需品であるような暮らしをしておいて、後から入ってきた同類にはだめだと言えるのか。超えてはならない一線などあるのか。

唐突にその一線は現れる。銃弾で手傷を負った鹿と、向き合う小さな娘。勘の鋭い便利屋は、そこに禁忌を見て取っただろう。今はなき妻がどう関わっているのかは想像するしかない。口にはしてみたもののはっきりとはイメージしていなかったそれが、突然目の前で具現した。彼は極度に緊張していたはずだ。

思い出してみれば、社員の女性が鹿と人との関わりについて一見誠実に考えを巡らしていたけれど、それはあくまで人の側の都合に過ぎない。利己的で鈍感な都会の人間が、その触れてはならない一線に人間の理屈で愚かにも干渉しようとした瞬間、彼は獣のように反応した。
あの終わり方は、そういうことだったのではないか。

作品にのまれているうちに、善悪などという卑小な人工の概念はすっかりどこかに消し飛んで、粛然とした空気だけが残っていました。

暗い森をよろけながら彷徨う息遣いのシーンは、我々に人心地を取り戻させてくれますが、私としては、ちょっと蛇足に見えました。

車やチェーンソーのある文明世界と、凍った湖や雉の尾羽や山わさびの群生や飲める湧き水といった自然とが、ちょうど出会う狭間の領域が描かれていたようでした。私の好きな世界です。音楽が入っていないのは、この作品の特異な制作過程の反映でしょうか。

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2024.04.21

「ブルックリンでオペラを」

https://movies.shochiku.co.jp/BrooklynOpera/

久しぶりにいい映画を見たなという満足感に浸れる映画。邦題には苦労の跡が感じられるが、かといって「SHE CAME TO ME」という原題を適切に日本語訳するのは難しい。でも見た後、ああたしかに冒頭で映し出されたこのタイトルのとおりだったなと納得する。まさに、She came to me. な物語。

それだけであとは余計なことは言わない方がいい気がするけど、少しだけ蛇足を。読まずに見るのが吉です。

* * *

まあまあセレブではあるけれど仮面関係の夫婦が、初めにいい味を出していて、これは彼女が本当の愛に目覚めるお話かと思った。そう思わせるに十分な尺を使って夫婦の間の力関係が巧みな描写で盛り込まれていた。

だからそこへ降ってわいたようなストーカー女は、夫婦の物語を盛り上げる薬味に見えたのだ。極めて自然な流れで、配役もそれを暗示しているので、この時点でもう作り手の術中にはまっている。
で、このエピソードは薬味らしく一旦終わる。

並行してZ世代の恋人たちが登場する。一人はこの夫婦の妻の連れ子だ。この二人の関係が問題化する形でマチスモや訴訟社会という米国の病を批判的に見せつつ、それに対抗してZ世代がどんな解決を模索するか、それをリベラルな良識ある米国人として義理の父である仮面夫婦の夫が見栄も外聞もかなぐり捨ててどう力を貸すか。それは見てのお楽しみ。状況や印象が滑らかに急転回して、ああ、そうなるのか、という変容の加速感が素晴らしい。まさに She has come to me.

エピローグのオペラ観劇で、カーテンコールのように登場人物の顔が順番に映し出されていく中で、そういえばもう妻の方はとうに印象から消え去っていたなと思ったら、最後にちゃっかりと・・。声を殺して爆笑してしまいました。

かくして、皆それぞれに本当の自分を見出して大団円と相成りました。アン・ハサウェイならではの堂々たるユーモア溢れる締めでしたね。トリを務めるのはこの私と決まっているんだからねうんうん。お話、面白かったでしょ?

最高です。

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2024.04.20

「REBEL MOON パート2 傷跡を刻む者」

https://www.netflix.com/title/81624666

パート1は期待したほどではなかったけど、今度は前よりいい出来だった。ザック・スナイダーは短編アクション映像作家みたいに思っていたけど、今度は長編人間ドラマもそれなりに盛り込んではいた。ただ、暑苦しくて大袈裟で長すぎる割にステレオタイプかつ説明的台詞多すぎではあるけれど。暑苦しいのはまあこの監督のウリだから、これでいいのか。

戦闘シーンで、爆弾で吹き飛ばされる人が塹壕に転げ落ちるときに大量の土砂が降り掛かってくる描写とかは、リアルな戦争映画以外ではあまり使わない「汚い」映像だと思うけど、そういうものも使って盛り上げてました。300の綺麗で暑苦しい映像からは様変わりしてます。

うまいなと思ったのは、主人公の過去を明かしつつそれを次作以降を続ける強力な動機付けにくるりと変質させたこと。それを一言で。あ、やられたという感じで、よくわからないうちにこのシリーズが続くのは当然だと納得させられてしまいました。

ということで、次回に続きます。映画の様式ではあるんだけど、なんだかドラマのような続き方になりそうです。

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2024.04.14

「クラメルカガリ」

https://www.kurayukaba.jp/kuramerukagari/

大正ロマンっぽいテイストで探鉱の工夫たちの世界を背景に孤児の少女の冒険と少年の淡い恋を描く、とでもいうか。割と好みの絵柄と設定。

とはいえ中身は少しステレオタイプ過ぎたか。1時間という上映時間でちょうど収まるくらい。これが2時間フルにだとたぶん途中で飽きるかもしれない。
だから、登場人物がまったく違う「クラユカバ」との二本立てになっているのだろうか。講談調のナレーションも随分懐かしい感じだけれど、それがステレオタイプ感を増幅している気もして微妙。現代の作劇は、ナレーションというものをあまり認めていないのかもしれない。

今日は1本だけ見てみました。NETFLIXに来たらもう1本も見るかなという感じ。

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2024.04.08

「あの夏のルカ」

https://www.disney.co.jp/movie/luca

Disney+PIXER の健在ぶりがわかる良作。技術は明らかに進歩している。二人の海の少年が陸に上がったときの浪打際の表現が、実写かと見紛うほどで凄い。

そしてお話の内容がいい。このブランドで語られる物語には、時代の移ろいに左右されない不動の理念があって、本作でもそれは遺憾なく表現されている。

未知の世界へ挑戦する気概と、異なる世界でも通用する普遍的な理念への信頼。それが巧みな話の運びで示されていく。味付けとして、友達との不和と和解もあれば、怠惰な生活への恐れや誘惑もあり、親との行き違いもあれば祖父母世代の援助もあり、よそ者み向けられる不審や敵意、世界との軋轢があり、その中で新たな友情や信頼を育む営みがあり、子どもの情操教育に必要なほぼすべてが揃っている。

というと、子供向けの作品のように見えるかもしれないが、現実肯定が行き過ぎて理念を見失いがちな大人にとっては、いわば薬のようなものだとも言える。

こうした作品を紗に構えて見下す大人は多いかもしれないが、素直に向き合ってみれば紛れもない良作であることに疑いない。しかも、おばあちゃんが締めに言った、受け入れてくれる人々もそうでない人々もいるけど、ここの人たちは受け入れてくれた、というセリフに、時代がきちんと反映されてもいる。

とまあ、固いことを書いたけど、本当はあのごっつい巨躯の漁師のおっさんの手作りパスタが超美味そうだったってことなのよね。

次は「インサイドヘッド2」が公開されるそうで、こちらも楽しみです。

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2024.04.07

「NN4444」

https://eiga.com/movie/101075/

4本の短編不思議映画。ホラーという触れ込みになっているけれど、むしろ不思議と呼びたい内容。

「犬」
これが一番わかりやすい。いわゆる勝ち組と負け組の断絶と、負け組の魅力のようなものを描いている。
本作中の勝ち組の描き方はステレオタイプで、そこには焦点が当たっていない。
一方負け組は働いたら負けという価値観だから、勝ち組とはそもそも言葉が通じない。そこを突然の「ワンッ」という言葉で表現している。まあ、そういう作品。
まじめに働いて社会に貢献して自分の地位や収入を上げていくという価値観に対して、是か非かというのが分かれ道だが、疑問の余地なく是という立場からはよくわからないかもしれない。負け組の優位性としてひとつ挙げるとすれば、自由、ということがあると思うけれど、本作には自由の様々な態様が盛り込まれていて魅力的だ。
本当にそんなに自由に生きられるわけもないのが自明だからこそ、力強く成立しているような作品でした。

「Rat Tat Tat」
それなりの格式の家において、嫁の立場は世継ぎを生むことで確立されるのだろう。もし流産などすればどういう立場に置かれるか、庶民のわれわれは想像するしかない。
本作はその針の筵のような立場を、コミュニティの成員の無言の手拍子だけで表現している。
拍手というのは心温まるものだし、手拍子には励ましの力があるけれど、それがふと行き過ぎると恐ろしい強迫的な力を持つことになる。本作にはそれが目一杯表現されていて脂汗が出ます。

「VOID」
わりとありがちな作品。多感な思春期の少女たちの中に、ふとした拍子に亡くなってしまった友達の記憶が影を落としている。教師の形をとって徐々に輪郭が現れてくる現実の理不尽さと、生まれてからこれまでの短くて輝くような命の儚さとがせめぎあっている感じ。この先どちらに転ぶのかは誰にもわからない。
ふとした拍子に均衡が破れると、儚い命はあっさり終わってしまう。そんな風な作品。

「洗浄」
これが一番ホラー味がある。湖で何かに取り憑かれてしまった男から、穢れたものが仲間に次々伝染していく。狂気のようにうがいで洗い落とさずにはいられない。その穢れははじめは湖の水から来たように見えて、その実、彼らの内に初めからあったものだ。そのことが惨劇が進むにつれて徐々にわかってくる。そしてその穢れを忌み洗い落とそうとしている者も、終局に向けて彼ら彼女らの表情の中に確信を持って現れてくる。
湖の深みへと歩みを進める最後の男が、振り返ったときの表情が絶品だ。
「お前だな、これの原因は」
「助けてくれ、見逃してくれ」
声なき声で振り絞るように叫びながら、抗うこともできずに溺れていく。
恐ろしい、と思わせる迫力がありました。

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2024.04.04

「ポケモンコンシェルジュ」

https://www.netflix.com/title/81186864

全4話 NETFLIX

1話20分と手軽に楽しめる長さで、ちょっとした癒しムービー。
ポケモンたちが休暇を過ごしにやってくるポケモンリゾートで、スタッフとして働き始めた人間の女の子がポケモンたちと一緒に過ごす。活気がありながら日常を離れた緩い時間を眺めて癒される。。

女の子の相棒はコダック。念力が使えるのでいろいろ役に立ったりトラブルになったりする。ほかにもポピュラーなポケモンたちが出演していて楽しい。コイキングがギャラドスになるところなんかもちゃんとある。

重い映画に疲れたら、ちょっと見てみるのにちょうどいい作品です。

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2024.04.01

「ゴッドランド/GODLAND」

https://www.godland-jp.com/

アイスランドに布教するため派遣されたデンマークの若い牧師にまつわる話。
街の中で育まれた牧師の軟な信仰が、氷と炎が支配する過酷で荒々しい島の洗礼を受ける課程を、美しい自然を背景に淡々と描いている。

この牧師には布教者に必要な不屈の信念がない。信仰は紙に書かれて読み上げられるもので、それ以上の現実の重みがない。そういうものが厳しい自然に晒されたときにどうなるかは火を見るより明らかだ。

ただ同時に、その厳しい自然の中で生きている人々の中に、牧師がもたらす文化や教養に対する憧れと、神の罰への惧れとを読み取ることもできる。彼らが初めのうち、牧師に違和感を感じながらも受け入れようと努力する様にそれが見える。

写真を撮ってくれという案内人の男は野人だが罪びとには見えなかった。ところが実はふたつの言葉を話せる能力を持ちながらこれまで黙って牧師の嘲りを聞いていたことがわかり、人や馬を平然と殺めもする者だと告解していくシーンは衝撃的だ。牧師の中の優越感や価値観が完全に破壊され凶行に及ぶほど、その衝撃は大きかった。

それもしかし何事もなかったように木造の教会は完成し、最初のミサに臨む牧師だが、それまでの積もり積もったストレスから、些細なことに耐え切れずとうとう逃げ出してしまう。

その末路は哀れにも見えるが、落ち着くべきところに落ち着いたとも思えるのは、正方形のスクリーンにずっと映し出されていた、人の営みを超越したような自然の佇まいがあるからだろうか。

解釈を拒むような美しくも厳しく張り詰めた空気を持った作品でした。

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「薬屋のひとりごと」

https://kusuriyanohitorigoto.jp/

全24話。NETFLIXで。

設定が奇抜で面白い。物語のテンポもいい。飄々とした主人公が誰からも愛され頼られ万能過ぎるのが玉に瑕だが、そのおかげで話にスピード感が出ているので、これはこれでいい。

物語の複数の主要な筋が、前の筋の中に撒かれた伏線や設定を拾い上げながら重なり合っていき、奥行きを感じさせる。そのおかげで24全話がばらばらにならずに一体感が生まれて、ボリューム感がある。

最後に持ってきた主人公の実の父をめぐるエピソードが、嫌な奴だと思っていた男の、半生を掛けた悲恋に昇華されて、見事な着地を見せる。

たいへんおいしい作品でした。続編の企画もあるそうで、次が楽しみです。

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