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2024.02.05

「ヴェスパー」

https://klockworx-v.com/vesper/

有機的な造形にぐっとくるファンタスティックな作品。それだけ見ていても楽しい。

ストーリーはやや平凡なきらいはある。一握りの富裕層が閉じこもる都市と、遺伝子操作され一度しか作付けできない種もみに縋って、破壊された生態系の中でかろうじて生きているその他大勢の貧民たち。そこに都市の飛行体が墜落し、生き残りの一人が波紋を起こす。その一人が世界を変える鍵だとわかり貧民の間で争いが起きる。都市からの追跡も重なって三つ巴の戦い。その帰結は如何に。話の骨組みはどこにでもありそうな既製品だ。

けれども本作の良さは、微妙にステレオタイプからずれた登場人物の造形にあるだろうか。中でも主人公の叔父は複雑だ。

彼は貧民の中で一応のリーダーではある。子どもたちの血液を採って都市と交易し種もみを得ている。それはこの過酷な環境の中で生き続けるために彼が編み出したひとつの方法論だろう。だが、それを維持するために冷酷な一面をも持たざるを得ない。集団が生き延びるためには、一部の代償が必要なのだ。

そこまでなら彼も、冷徹ではあるが悪ではない存在だったのだろう。状況を一変させる意味を持ったものが落ちてきたときに、彼の中の強い支配欲が目を覚ます。自分がこの状況をコントロールすべきで、他者に渡すわけにはいかない。そういう意識が彼の行動を決めていく。

子どもながら聡明で技術にも明るい主人公は、そんな叔父に本能的に反発している。人は他者への配慮を持ちつつ、自由であるべきだと、そういう行動様式を示している。寝たきりの父とのやりとりに、そのことがよく表れている。

都市からの圧倒的な暴力の前に叔父が滅びる中、逃れた主人公が最後に行き着いた地で、新たな種もみを蒔く姿は感動的だ。生きとし生けるものはそうあらねばならないと言っているかのようだ。

 

ところで、遺伝子操作で発芽抑制する技術は、モンサントなど数社が持っていて、いまは世界的な批判に直面して商品化を凍結しているそうだけれど、もしああいうものが解禁されると、本作のような状況が現実になったりするんでしょうかね。ちょっと心配になったりします。

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