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2024.01.28

「哀れなるものたち」

https://www.searchlightpictures.jp/movies/poorthings

この作品には下品さがありません。これほど下品なモチーフを扱っているのに。

たぶん、むき出しの(あるいは子供のように単純な)合理性を前に出しているからだろうと思います。序盤で見せられる老外科医の「科学的な」仕事ぶりや生い立ち、その外科医が生み出した主人公の機械のような台詞、それら様式が醸し出す空気に、見ている方は感染し錯覚を覚えます。まるでこちらの思考回路を少し変容させるようなやり方で、作り手の凄まじい力量が感じられます。

こうして作品の土台を堅固に構築した上で、その合理性の切っ先を社会の様々な常識(という名の束縛)に向けてきます。

性欲、金銭欲、支配欲、そのいずれに対しても、合理性に基づく科学的態度と哲学的思索というのは、まことにラディカルな効果を及ぼすことが痛いほどわかります。その切っ先に晒された我々の常識は泣き叫んで許しを請い、あるいは怒りに震えて復讐を企て、最後には打ち倒される。まさに「哀れなるものたち」です。

もちろんこれらは、実現しないお伽ぎ話です。子供じみた単純さだけでは立ち向かえない複雑性が常に立ちはだかるからです。それは例えば、お話の最後に主人公が作り上げた楽園が経済的にはどう維持され得るかが描かれていないことからも明らかです。医者になるというマジックワードだけでは少々弱い。

でも、「それでも地球は回る」と言い続け、言い継いでいくことの大切さが、本作の眼目なのだろうと思います。

それにしてもエマ・ストーンがこれほどの役者だとはいままで気づきませんでした。極端な役を担うと真価がよく見えます。小児から大人へと短期間に変貌を遂げる人格を演じきっていました。すごいです。

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