「ブルージェイ」
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懐かしくてせつなくてちょっぴりほろ苦くて、生きる勇気が湧いてくる。時が経てば名作と呼んでもかまわないかもしれない。本年ここまででベスト。
何の変哲もない郊外のスーパーで古い知り合いらしい二人が偶然再会する。何十年ぶりかで交わす挨拶はなぜかぎこちない。
そのまま別れようとするも、後ろ髪引かれる思いで噛み合わない会話でつなぎ、お茶でも、ということになる。
長い歳月の間に二人とも相応に歳を取り、女はまあまあの人生、男はやや不本意な人生を送っていることが、身なりから読み取れる。
会話の中から少しづつ、二人の昔の関係といまの暮らしぶりが見えてくる。若い時の恋人どうしらしく、努めて明るく振る舞おうとしていても、固い会話の感じからは意に沿わない別れがあったのかと思わせる。
その固さも次第にほぐれて、青春の輝きを思い出させるような明るさへと少しづつ移ろっていく。このあたりの、もどかしさが行きつ戻りつ消えていく運び、二人の表情の変化が絶妙だ。カフェから出て水辺や下町の思い出の場所へ、さらに住む人もいなくなった男の実家へと場面を移しながら、手を取り合って記憶を遡っていく。まるで、別の人生をやり直すために時間を巻き戻していくかのよう。
この思い出深い家の中を、女が一人歩きながら、記憶をひとつひとつ呼び覚ましてまわる様子にじんわりする。モノクロの映像とピアノの旋律が調和して、繊細で美しい。いま、という現実の重みからいっとき離れて、記憶の中の光で心を洗うような清らかさがある。
男のアイデアで、10代の頃二人でやったバカ騒ぎを再現して大いに盛り上がるところは、屈託のない若い頃を思い出して懐かしい気持ちでいっぱいになる。
そのクライマックスで、ふと我に返る二人。男の方が耐え切れず泣き崩れながら別れの理由が明かされる。切っ掛けは、まだ大人になり切れていなかった青年が、身籠った彼女に宛てた一通の手紙。本心を真っすぐに伝える勇気を持てなかった、悔やんでも悔やみきれない失敗。
もはや取り戻すことのできない時間を想って落ち込むところだが、そこでふと転機が訪れる。年の離れた夫との生活で感情が押し殺されていた彼女が、何年かぶりに涙を流すことができたのだ。意外ななりゆきに、思わず笑みがこぼれる。この二人は強い。
若かったときの失敗をずっと引きずってきた二人が、やっとわだかまりを吹っ切って陽の光が差したようなこの場面が、最高に良いです。
本作は、二人の心の移り変わりを、受け手が読み取りやすいように実に繊細に描写してくれて、なおかつ、説明的な興覚めは一切無く、自然な感じを醸し出しているところが素晴らしい。そうした熟練の技の上に、中年男女がいっとき夢見る青春の甘く苦い記憶と、過去の過ちを全て赦したうえで、今の自分達に肯定的に向き合う物語を載せて、これ以上ない名作になりました。