「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
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「スイス・アーミー・マン」の脚本・監督をやった人だ、というのを知っていればもう少し理解が早かったと思う。観終わったあとでそれを知って、ああなるほどと納得した感じ。
わけのわからない空想のお話がコラージュのようにばら撒かれていて、そこに真心のピースを一緒に紛れ込ませて、ふっと感動を呼び起こす、というのがこの作り手の手口だ。またしてもうまいことやられました。
今回は、主人公の女性がリアル世界で抱えているストレスフルなせわしなさが、空想の世界の断片のめまぐるしい切り替わりと重なり合う感じがうまく出ていて、以前より進化している気がする。
情け無用の徴税吏も、我儘で頭の固い老親も、反抗期の娘も、頼りにならない夫も全てが、事業主で扶養者にして母でもあり妻でもある一人何役もこなしているこの私の敵だ。夢の中でその敵どもを痛快になぎ倒していく自分は課題解決のスーパーヒーローだ。
そう思ってはみたものの、結局納税書類は間に合わず、最悪の結果になってしまう。ストレスが極限に達したとき、溜まりにたまった怒りを・・そう、これは理不尽な日常に対する怒りだ。それを店の窓ガラスにぶつけるカタルシスとともに、何かがふっきれて一皮むけた。
ふと我に返ると、足を引っ張るばかりに思えた夫の人あたりのよさが胸に沁みる。役人から譲歩も引き出してくれた。頑固な父親は自分の不必要な忖度や遠慮が生み出した虚像で、自分がきっぱりと自分でありさえすれば、見え方も変わってくる。そして娘。惜しみなく愛情を注いできた娘だけれど、母の所有物でもなんでもない。独り立ちする時が来ただけだった。
なんだか全てが赦せる気持ちになれた、というのが落としどころだろうか。主人公の心の裡の変化が巧みに画面に滲み出てきて、いい感じに収まっている。そんなにとげとげせず、恐れず、リラックスして物事を達観してごらんと、作品が語りかけてくるようだ。
個々の表現は少しエキセントリックだったりお下劣だったりするけれど、全体の流れがそのまま主人公の心理描写になっているようなうまさも感じられて、日々を生きていくってこういうことだよなと腑に落ちるような良い作品でした。
そうそう、窓ガラスをたたき割ったときのミシェール・ヨーの無言の表情は、積もり積もった怒りがもろに伝わってきて最高でした。