「すずめの戸締り」
あーそうだ。東京にいま大地震が来たら死ぬかもなー。
「君の名は。」「天気の子」と、この監督は自然災害をいつも取り上げている。本作はまぎれもなく東北の震災の話。そして前二作とはレベルの違うリアリティが滲み出ている。なぜなら、これは実際にあっただろう話を下敷きにしているからだ。
大勢の人が亡くなったのだった。10年経って、関東の我々はもう忘れがちだけれど、東北の、特に太平洋沿いの人たちにとってはそうではない。作中の背景に見える巨大な防潮堤に、以前を思い出して涙ぐむ人もいるだろう。
商業映画としてリスクのあるこのテーマを、しかし作り手は正面から取り上げて、なお、湿っぽさを出さずに明日への希望と生きる力を描き出している。
これだけの力技をまとめ上げたのは見事というほかないのだが、少し気になる点もある。主人公の鈴芽の心の移ろいがピンと来ないのだ。草太への恋心は厚みが見えないし、家からどんどん遠ざかっていく旅なのに、あまりに抵抗とか逡巡がなくて、違和感がある。ありきたりに言うと、キャラが立っていない。
「言の葉の庭」もそうだったけれど、妙に平板な感じがするとでもいうか。まあ、明治の文豪も女心は描けなかったそうだから、そういうものなのかもしれない。
しかし、ここが伝わってこないと、感動もやや作為的に思えてしまう。この監督は美しい映像音響で人を感動させる技術は卓越しているだけに、心理描写が甘いと、逆に技術がわざとらしく見えてしまいかねない。
それを除けば、本当に素晴らしい作品に仕上がった。九州から四国、神戸、東京、そして東北と、災害の記憶がある土地を繋いで旅をする構成もいいし、禍を封印するのに民俗学的な仕掛けを取り入れているのもいい。そして各地での土地の人との関わり方。神戸にしろ東北にしろ、震災被害をその地域の問題に留めず、同じ災害のリスクに常に晒されながら、これから国としては長い下り坂を降りていく日本人全体の関心事として感じさせてくれる。(でも日本人はあんなにハグしないとは思うけどね)
この感想の冒頭の一文は、東京の場面での凶兆の描写を見たときの率直な印象だ。そういう諦念をいつも持ってはいても恐怖を感じることはないのだが、本作の描写は忘れていた空恐ろしさ呼び覚ましてくれた。場違いだが、そのことをしみじみと感じたのだ。
良い作品とはそういうものだろう。
前作が主人公カップルの絆の強さを示すために東京を水没させるのも厭わなかったのと対照的に、本作は二人の繋がりを穏やかに包む日常の平穏を大切に扱ったところが、進歩と言えるだろうか。
災害ものはこれでほぼ打ち止めかとも思うのだが、次は何を見せてくれるのか楽しみです。