「ザリガニの鳴くところ」
https://www.zarigani-movie.jp/
文句なし。本年の私的ベスト1。
といっても、共鳴する人は少ないかもしれない。
誰でもそうだが、何かを評価するときは、無意識のうちに人の世の尺度を当てはめて考えるものだ。本作もそれで考えれば、美しい物語の裏に秘められたおそるべき何々みたいなオドロオドロシイ物言いになってしまう。
けれども、本作はそんな人間の狭い了見を軽々と超えて、宇宙と自然の摂理に沿った素直な生き方を指し示す。
作中でも何度か、それは暗示されている。
傷ついた心を癒す湿地の豊潤な生命たち。
彼らに善悪はなくただ懸命に生きているだけと言う感性。
編集者との打ち合わせで語られるカマキリの行動。
エピローグのさりげない語りに埋め込まれた一節。
そしてエンディングの歌詞。
日本人、という大きな主語をあえて使うなら、我々日本人はこうした感性を普通に備えている人が多いだろう。いや、多かった、と言っておこうか。
米国人にすれば特異で、時には不道徳なものに思えるかもしれないこの感じ方が、自分にはとてもしっくりくる。ただ、人間社会のかりそめの掟とはそぐわないところがあるから、普段は黙っているだけのことだ。
主人公と幸せに添い遂げた男が、彼女が穏やかな生を終えた後に悟った真実を、まるで恐ろしいものを見るような目で見つめていたのとは違って、私はこの作品を観終わったあと、全てが腑に落ちて、人の生が一段引き上げられるような清々しい気持ちになった。
本作のまことに優れている点は、そうした宇宙的な視点を、浮ついた借り物の思想としてではなく、実際の生活の苦闘と地続きのもの、血肉を伴ったものとして、手順を違えずに描いているところだ。人間社会の善悪の尺度と、自然な生命の在り方とが、けして否定しあわない。それを示してくれたことがとても喜ばしい。
虫愛ずる姫君にも似て、それよりはるかに自由な、彼女の生き生きとした一生に幸いあれ。