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November 2022

2022.11.27

「グリーン・ナイト」

https://transformer.co.jp/m/greenknight/
 
スローなテンポで進む寓話。評価は分かれそうな作品。
 
もとになっている物語はこちららしい。
「ガウェイン卿と緑の騎士」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B3%E5%8D%BF%E3%81%A8%E7%B7%91%E3%81%AE%E9%A8%8E%E5%A3%AB
原作では、ガウェインは既に折り目正しい一人前の騎士であり、緑の騎士の正体である城の城主と妃が仕掛ける試しに堂々たる対応を見せているようだ。
 
一方、映画はこの原作とはかなり違う。ガウェインは大人になり切れないモラトリアムの若者で、旅の道すがら様々な失敗を繰り返しながら少しづつ騎士たる者の心得を学んでいく。
 
人には親切であれ。
人を信じすぎず、騙されないようにせよ。
困っている人には手を差し伸べよ。
優れた人の力を借りて楽をしようとするな。
誘惑には気を付けよ。
ひどい運命が待っているとしても、約束を違えず進め。
そして最後に、母の庇護から自立せよ。
 
まあ、そんな感じのことが、実に緩い進み具合で語られる。
 
こうした寓話的、暗喩的でゆっくりした語り口には、それなりの意味がある。話の端々で、見ている方は様々な物語の枝道、展開の可能性を思い浮かべ、その想像が多様であればあるほど、物語は深みを増す。数多ある道の中で、一つの選択肢を主人公が選ぶたびに、その意味を作品が問いかけてくる、そういう風にこの話はできている。
 
倍速鑑賞などに慣れた人にはとても最後まで付き合えないかもしれないが、そうした深みを自分で見出すことが、この種の話の本当の価値なのだろう。
 
昏く魔術的な映像の中に、少年がまどろみから醒めて男になるプロセスが織り込まれて、悪くない出来でした。
 
それにしても城主の妃約のアリシア・ヴィキャンデル、こういう役はどハマりします。優しく誘惑した後の「あなたは騎士ではない」と冷たく見下すあの目は、彼女ならでは。ああこわい(笑)

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「ザリガニの鳴くところ」

https://www.zarigani-movie.jp/
 
文句なし。本年の私的ベスト1。
といっても、共鳴する人は少ないかもしれない。
 
 
誰でもそうだが、何かを評価するときは、無意識のうちに人の世の尺度を当てはめて考えるものだ。本作もそれで考えれば、美しい物語の裏に秘められたおそるべき何々みたいなオドロオドロシイ物言いになってしまう。
 
けれども、本作はそんな人間の狭い了見を軽々と超えて、宇宙と自然の摂理に沿った素直な生き方を指し示す。
 
作中でも何度か、それは暗示されている。
傷ついた心を癒す湿地の豊潤な生命たち。
彼らに善悪はなくただ懸命に生きているだけと言う感性。
編集者との打ち合わせで語られるカマキリの行動。
エピローグのさりげない語りに埋め込まれた一節。
そしてエンディングの歌詞。
 
日本人、という大きな主語をあえて使うなら、我々日本人はこうした感性を普通に備えている人が多いだろう。いや、多かった、と言っておこうか。
米国人にすれば特異で、時には不道徳なものに思えるかもしれないこの感じ方が、自分にはとてもしっくりくる。ただ、人間社会のかりそめの掟とはそぐわないところがあるから、普段は黙っているだけのことだ。
 
主人公と幸せに添い遂げた男が、彼女が穏やかな生を終えた後に悟った真実を、まるで恐ろしいものを見るような目で見つめていたのとは違って、私はこの作品を観終わったあと、全てが腑に落ちて、人の生が一段引き上げられるような清々しい気持ちになった。
 
本作のまことに優れている点は、そうした宇宙的な視点を、浮ついた借り物の思想としてではなく、実際の生活の苦闘と地続きのもの、血肉を伴ったものとして、手順を違えずに描いているところだ。人間社会の善悪の尺度と、自然な生命の在り方とが、けして否定しあわない。それを示してくれたことがとても喜ばしい。
 
虫愛ずる姫君にも似て、それよりはるかに自由な、彼女の生き生きとした一生に幸いあれ。

 

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2022.11.20

「ANIMA」

https://www.netflix.com/title/81110498
 
NETFLIXで。
 
15分ほどの小品。こういうのもNETFLIXは持ってるのか。
 
自分というものをまだ持たず周囲に踊らされながら日々を送っている男が、ふとした切っ掛けで生涯の伴侶と出会い、満たされた人生を送る、といった風なことを抽象的な舞踊で表した面白い作品。
 
彼がおそらくは身分違いの彼女を追いかけて、慣れない世界のルールに翻弄されながらも彼女の知己を得て、互いを認め合うあたりから、幸せオーラが全開で思わず微笑むような、そんな作品。
いいものを見ました。

 

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「ザ・メニュー」

https://www.searchlightpictures.jp/movies/themenu
 
これはヤベーもの見ちゃったよ。
あーチーズバーガー食いてえ。
 
職人気質と高級サービス業というのは、うまく噛み合わないところがあって、本作はそれを極限まで突き詰めて金持ちや美食家や通ぶった連中の傲慢を糾弾している。
 
ここに登場するシェフは当代最高の技術を持ち、なお日々研鑽を怠らず、それゆえに自分の芸術の域に達した技術が、それを理解しない俗物どもにただ無意味に消費されるのを哀しい想いで見つめてきた。本作はその俗物どもを道連れに逝く職人の最期の日を描いている。おそろしいです。
 
様々な俗物が登場する。大企業のトップ夫妻は何度もここを利用しているが料理の名前ひとつ思い出せない無教養ぶり。
 
若く羽振りの良いグループは裏では不正会計で汚れた金を蓄財しているがそれも虎の威を借るキツネ。彼らのボスにしてレストランのオーナーが不正の黒幕だ。
 
芸術家の輝きを失った落ちぶれ俳優は、技術を磨くことをせず、ただ名声だけで見る目のない観客を騙し続けてきた。そのマネージャも金まみれで同罪だ。
 
料理評論家は料理人の天使でもあり悪魔でもある。その文筆で数多の才能を潰してきた料理界の寄生虫にして大罪人。その編集者も同罪。
 
シェフを崇拝する一般人は料理業界の人間ではないが、自身の味覚を鼻にかけ、隠し味を言い当てるなど手品の種明かし紛いの興醒めを披露する。料理をネタに得意げに語りながら、自分で料理を作ったこともなく、料理そのものへの敬意も持ち合わせない承認欲求の奴隷だ。
 
料理人たちの側にも俗物がいる。シェフの名声を盗もうとして近づいてきた副料理長は職人が持つべき矜持とは程遠い野心家だった。
 
そして、シェフは自分自身も糾弾する。美しい異性の部下にセクハラを働いた過去を自分で許せない。
 
 
かくのごとく俗物のオンパレードを見せられると、さすがにげんなりすると同時に、彼ら彼女らがみな裁かれるなら、観客の誰も自分だけは無実無縁だとは言えなくなる。本作がおそろしく思える所以。
 
 
そんな中、ひとりだけこれらの人々と異質な人物がいる。味覚が鈍るのもおかまいなくタバコを吸い、出された料理にたいした興味も示さず、シェフへの尊崇に満ちた場の中で、ひとり場違いな空気を纏っている高級娼婦。だがその物言いは率直で的を射ている。他の面々のような虚飾や忖度がない。
 
この最後の晩餐から、彼女ただひとりが生きて脱出するのだが、その方法が実に人間味があって見事だ。復讐の鬼と化したシェフがそのときだけは、昔の自分、人々に美味しい料理を振る舞い、愛情と感謝に包まれたひと時を提供していた素朴な自分を思い出したことだろう。本作はそのおかげで救われている。
 
 
あーつくづく美味いチーズバーガーが食いたいね。グルメ気取りのくだらない蘊蓄はどうでもいいから、素朴なやつをね。

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2022.11.14

「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」

マーベル映画の中で、見続けようと思っているシリーズのひとつがこれ。アメリカ合衆国がだんだんと白人だけの国ではなくなっていく中で、存在意義が大きいシリーズと思う。第1作の大ヒットは、そういう米国人の意識に訴えるところがあったのかもしれない。
 
なので、チャドウィック・ボーズマンが亡くなった痛手は大きい。黒人がこれからどんな地位を米国の中で占めていくべきかについて、彼はいろいろ示唆を与えるのに適した素材だったから。
 
本作が前半で、力を手にした白人国家への剥き出しの不信感を描いているのが印象的だ。ボーズマンのティ・チャラならもう少し抑制の効いたスタンスを取り得ただろう。
 
とはいえ、ディ・チャラの妹シュリが、憎悪を最終的にはコントロールしてリーダーとしての器を見せたのはよかった。少し残念なのは、本作での対立相手が同じ小数民族の有色人種だったこと。少数者どうしをいがみ合わせることで支配を強固にする白人国家という嫌な構図が見えてしまっている。なんだかなー。
 
シュリのキャラクタが軽すぎることも、今後の不安要因だろうか。本作は、ボーズマンの穴をとりあえず埋めることはできたものの、今後の展開はよくわからない。ティ・チャラの世継ぎも最後に紹介されて希望はつないだけれど、それが実を結ぶのはずっと先になるだろう。

 

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2022.11.13

「すずめの戸締り」

あーそうだ。東京にいま大地震が来たら死ぬかもなー。
 
「君の名は。」「天気の子」と、この監督は自然災害をいつも取り上げている。本作はまぎれもなく東北の震災の話。そして前二作とはレベルの違うリアリティが滲み出ている。なぜなら、これは実際にあっただろう話を下敷きにしているからだ。
 
大勢の人が亡くなったのだった。10年経って、関東の我々はもう忘れがちだけれど、東北の、特に太平洋沿いの人たちにとってはそうではない。作中の背景に見える巨大な防潮堤に、以前を思い出して涙ぐむ人もいるだろう。
 
商業映画としてリスクのあるこのテーマを、しかし作り手は正面から取り上げて、なお、湿っぽさを出さずに明日への希望と生きる力を描き出している。
 
これだけの力技をまとめ上げたのは見事というほかないのだが、少し気になる点もある。主人公の鈴芽の心の移ろいがピンと来ないのだ。草太への恋心は厚みが見えないし、家からどんどん遠ざかっていく旅なのに、あまりに抵抗とか逡巡がなくて、違和感がある。ありきたりに言うと、キャラが立っていない。
 
「言の葉の庭」もそうだったけれど、妙に平板な感じがするとでもいうか。まあ、明治の文豪も女心は描けなかったそうだから、そういうものなのかもしれない。
 
しかし、ここが伝わってこないと、感動もやや作為的に思えてしまう。この監督は美しい映像音響で人を感動させる技術は卓越しているだけに、心理描写が甘いと、逆に技術がわざとらしく見えてしまいかねない。
 
それを除けば、本当に素晴らしい作品に仕上がった。九州から四国、神戸、東京、そして東北と、災害の記憶がある土地を繋いで旅をする構成もいいし、禍を封印するのに民俗学的な仕掛けを取り入れているのもいい。そして各地での土地の人との関わり方。神戸にしろ東北にしろ、震災被害をその地域の問題に留めず、同じ災害のリスクに常に晒されながら、これから国としては長い下り坂を降りていく日本人全体の関心事として感じさせてくれる。(でも日本人はあんなにハグしないとは思うけどね)
 
この感想の冒頭の一文は、東京の場面での凶兆の描写を見たときの率直な印象だ。そういう諦念をいつも持ってはいても恐怖を感じることはないのだが、本作の描写は忘れていた空恐ろしさ呼び覚ましてくれた。場違いだが、そのことをしみじみと感じたのだ。
良い作品とはそういうものだろう。
 
前作が主人公カップルの絆の強さを示すために東京を水没させるのも厭わなかったのと対照的に、本作は二人の繋がりを穏やかに包む日常の平穏を大切に扱ったところが、進歩と言えるだろうか。
 
災害ものはこれでほぼ打ち止めかとも思うのだが、次は何を見せてくれるのか楽しみです。

 

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2022.11.08

「エノーラ・ホームズの事件簿2」

NETFLIXで。
1に比べるともうひとつ。初々しさが薄れて真価が問われるといったところ。この種の探偵ものは謎解きがわざとらしくご都合主義が多いので、そこは初めからあてにしていない。本シリーズではホームズっぽさの上に活発な若い女性が主人公という皮を被せて、今に連なるフェミニズムっぽさを出すところが売りだが、そこはある適度できている。母親が結構過激な結社に属していて、娘の危機には実力行使で支援するという安全装置があるのは、話の都合上当然ではあるけど、そこが少し面白さを削いでいるようにも見える。シャーロックやマイクロフトの出る幕がないじゃないか(笑)。
終盤にきていろいろな悪人や役人が入れ代わり立ち代わり現れては天罰をくらう展開がかなりドタバタしていて説明的過ぎて練りが足りない。ミリー・ボビー・ブラウンさんの小生意気な小娘っぽい役作りも、今回は少し老けて見えてしまっていていまいち。
ということで今後は微妙な感じ。
 
ただ、ホームズの宿敵モリアーティが初登場でしかもこれが超意外な人物というのは意表を突かれました。てっきりロンドン警視庁の偉い奴がそれだと思っていたので。そこはちょっとよかった。

 

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2022.11.07

「ONI ~ 神々山のおなり」

全4話 NETFLIXで。
 
「醜いアヒルの子」と「影との闘い」のそれぞれの物語構造を掛け合わせたようなストーリー。特に、カミとオニとの関係を表裏のように扱ったのがちょっと目新しい。カミとオニから成る幻想の世界の中で進んでいたお話に途中からヒトが絡んできてそれがオニだと思わせるのが定番。ところがオニとは実はそうではなくて・・
とダイナミックに展開していく。
 
力あるものが自身のカゲに取り込まれて大災厄と化す終盤は映像的にも面白い。大人たちがおかしくなるのを子供たちは遠目に見てその阻止に向かう要素も入れている。その先頭に立つのが自身の内なる力を自覚したアヒルの子、という形に収斂していく。そしてこの子と大災厄の主が初めから深い絆で結ばれた義理の親子という、定番が折り重なってかなり凝ったお話になっている。
 
話自体が物語要素てんこ盛りで面白いうえに、ぬいぐるみのような質感のキャラクタたちがかわいくて、つい一気見してしまいました。

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2022.11.06

「窓辺にて」

初めから仕舞まで落ち着いたトーンの傑作会話劇。基調が落ち着いているからこそ感じ取れる微妙な揺れや起伏にじんわり癒される。日常の暮らしから生まれる凝りや歪みを優しく揺さぶって正しい位置に戻してくれる整体師のよう、とでも言うか。
 
創作する人の内面と、創作を取り巻く環境とを様々に見せて内容も豊かだ。その豊かな感じがまさに文学というものを表しているようにも見える。この作品をそのまま小説で読んでも面白いだろうと思える所以だ。
 
交わされる会話の背景となる舞台も固定せず、中身に即してまめに入れ替わる。話されるべき言葉を予感させる場の設定もしっくりくる。
 
そして、主人公が創作をしなくなった理由の答えを、最後にストーリーの自然な流れの帰結として教えてくれる。なるほどと思わせる余韻を残して終わる。
 
かと思いきや、そのまた後に、んなわけないだろと言わんばかりに、日常を生きる普通の人の生き生きとしたわかりやすい不安や喜びに引き戻して、病的でわかりにくいブンガク的世界観を払拭してくれる。やられましたね。
 
人それぞれに、背負っているもの、抱えているものがあり、それを背負い抱えたまま、あるいは別れを告げたり逃げたり乗り越えたりしながら、今日もまた生きていくのだということを、しみじみ感じさせてくれる、得難い作品でした。

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