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October 2022

2022.10.31

「アムステルダム」

この感じ、いいなあ。
 
権力指向とか利益至上主義とかが全体主義と結びついて自由な市民社会を抑圧するという構図は、われわれ庶民向け娯楽物語の設定として鉄板だけど、本作はそれをあくまでも背景に留めて、むしろそれに立ち向かう主人公たちの友情と愛に焦点を当てて明るく温かい基調で描いているところに好感が持てる。
 
やっぱり人間は明るさや温かさの方に惹かれるものだし、そういう環境でこそ一番能力を発揮できるんだよね。
 
本作がミステリーであり実話ベースのクライムストーリーであるのに陰鬱にならず、主役3人を通じてコメディやアートの要素をふんだんに入れ、人の活力を引き出す方向を向いているのはまったく正しいあり方だ。なにより、タイトルを見れば本作が伝えたいことがはっきりわかる。
 
そして、富と権力の側にある人達を代表する富豪の若夫婦にも、彼ら3人組との関わりの中で極めて普通の人間的な側面があることを見せて、階層間の断絶を回避している。マーゴット・ロビーとアニャ・テイラー・ジョイが広壮な屋敷で些細な言い争いを演じている場面が対等の人間味を出していて印象的です。
 
お先真っ暗な予想が蔓延する今の世の中に、少々の希望を感じさせてくれるような、意義のある作品でした。
 
 
欧米での評価は辛口だそうだけど、彼らの黒歴史が題材になっているからなんだろうか。それには縁のない東洋人の私は、もっとずっと高い評価をこの作品にあげたいと思います。
 
クリスチャン・ベール、求められているそのものずばりを的確に表現していて、今回も真価を遺憾なく発揮しましたね。彼の表情やしぐさで本作は駆動されていると言ってもいいくらい。特に、物語の終盤で彼が演じる貧乏医者が正しい選択をする場面での表情が、なんとも味があってすばらしい。ちょっと刑事コロンボを思い出しました。
もちろん、他のキャストもすばらしいので、それはここあたりを読んでください。
https://www.banger.jp/movie/86419/

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2022.10.30

「LAMB/ラム」

映画作品を陽気と陰気に分けるとしたら、本作は明らかに陰気な方に入る。アイスランドという舞台設定、映像から読み取れるやせた土地、少ない日差し、過酷な自然環境。そういったものの中で細々と生きる人間の感性は、温帯モンスーンに生きる我々とは異なるようだ。
 
さらに、お話の中心にいる夫婦の生き方が、人間世界からかなり距離がある。こんな世界では常識というものがずれてきて、かつ、それに無自覚なのもむべなるかなと思えてくる。おそらく、実の娘が死んだとき、夫婦の魂もまた死んだのだ。だが有機物の体は生きており、二人には己の死の自覚が無い。
 
途中から登場する夫の弟は、そんな歪んだ世界に人間の普通の常識という視点を持ち込んで、この結界の異常さを浮き彫りにするのだが、それもしばらくすると取り込まれてしまう。
 
あまりに異常な世界だが、裏を返せば、人間世界からの隔絶がこの異様な子育てを成り立たせていたともいえる。人からの干渉がないというだけではない。より重要なのは、人ならざる世界からも、いっときは静観されていたということだ。人の結界の外にいる者の存在は、作中早くから微かに暗示されているにも関わらず、それがあからさまに干渉してくることはなかった。
 
人の世界と、人ならざるものの世界。その狭間にはまり込んだかのようなささやかな結界の中で、両世界の落とし子を育てる試みが進行する。そこには生きとし生けるものの子育てに共通した、明るさや希望、おそれや不安が入り混じっていた。我が子を守り引き留めるためなら手を血で汚すことも厭わない親の姿もあった。人であるなしを問わず、子育てとはそういうものだという世界観が示される。この小さな世界は、夫がいみじくも言ったとおり、子育ての幸福感で満たされていた。
 
それが壊れるのは、彼らが人間臭さを発露し始めたときだ。それまで、文明とのつながりといえばラジオしかなかった世界に、突然、テレビでハンドボールの試合を観戦するシーンが現れる。酒を飲んで踊ったり大声を上げたり、それまで仙人の世界の趣だった舞台が、急に俗界の色を帯びてくる。さらにまた、人間として生きるためにいかに自然を利用するか、その知恵を親が子に教え始める。
 
その途端だ。人外の世界から暴力的な制止が起きるのは。物語は唐突に悲劇的な最後を迎えることになる。薄暮の世界は、子が人間の側に行くことを許さなかった。人外はやはり人外のままであるべきだと、向こうの存在は思ったのだろうか。
 
かくして、いっとき子育ての光と影を共有した両世界は、再び二つに分かれ、あやういバランスを保ってきた幸福な結界は、もの悲しさを残して泡と消えることになった。
 
 
とまあ、この物語を自分なりに再構成してみると、そういう風に見ることもできる、といったところです。観終わった当初は、どうもいまひとつの作品に思えましたが、人にも動物にも共通する子育てというものに焦点を当てると、興味深い見方ができると思います。
あまり一般向けの作品ではないので、お勧めはしません。

 

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2022.10.23

「アフター・ヤン」

人間とAIの関わり方についてはこれまで様々なイメージが提起されているだろう。「エクス・マキナ」では身体を得たAIが自律を求めて人が作った檻から逃れる過程で邪魔な人間を暴力的に排除する様が描かれた。「her」では身体を持たないAIがより高次な存在に移行していく過程で普通の人間をまるで数あるサービスの一つ程度にしか捉えていないことが暴露され人間の自尊感情に深い傷を残した。
 
かくのごとく、このカテゴリの作品は人とAIの関わりをどちらかというとネガティブに、あるいは所詮交わらない別種のものとして冷たく描く結論に至っていたのに対して、本作はそれを、温かさを持つものとして描いて、成功しているのが特徴的だ。
 
本作では、「テクノ」と呼ばれる身体を持ったAIや、それとは別種のクローンなどが、人や外界との関わり方を情緒的に示していく様が描かれていく。
 
AIの温もりを描くために、いろいろな演出が凝らされている。お話の中心にいる「文化テクノ」のヤンが、機能を停止するところから始まって、彼を蘇生させようと人間が奔走するという設定がそうだし、その過程でこの文化テクノが実は感情を持ち、買われていった家庭との思い出深いシーンを数秒づつ記録していたことがわかるという筋書きもそうだ。秘められたその記録を見て、ヤンと同じ時間を過ごしてきた人間が懐かしさに涙するところはじんわりくる。人につくられた者である彼も、人が生きてきた時間の一部だったのだ。この映像記録が24時間容量無制限ではなく、1日数秒だけに制限されていることで、一度しかないその瞬間を選んだAIの豊かな感性が露わになる。人間固有のものと思われてきたこうした感傷を、AIもまた持つことができると思わせる。
 
そして、そのようなシーンが、この家族のものだけでなく、過去のいくつもの家族との関わりにおいても同じように記録、いや記憶されていることが判明するに至って、AIが人間の世界を、人がそうするのと同じように個別具体のかけがえのないものとして捉えていた可能性に思い至る。「her」のAIとは明らかに違う振る舞いで、AIが外界を機械的にモデル化して捉えているだろうというこれまでの常識を打ち破ってくる。
 
ところどころに挿入される、いかにもAIらしい、あるいはクローンらしい違和感を感じさせるちょっとした動作も、物語の本筋を効果的に補強している。人間とは明らかに違うものとしての側面をも描くことで、そのような存在でも人と共通した感情を持つことが可能だということを暗に言っているかのようだ。
 
本作の製作に参加している坂本龍一で思い出すのはテクノ音楽だが、YMOから数十年経って、人に機械の側面を持たせる領域から、機械に人の側面を持たせる領域に到達しつつあることを感じさせる、感慨深い作品でした。
 
とはいえ、たいへんゆったりした時間の流れの中で、微妙な機微をじっくり描いているので、倍速鑑賞などに慣れた人には耐えられないかもしれません。観る人を選ぶ作品といえるでしょう。

 

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2022.10.17

「ゴーストバスターズ/アフターライフ」

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亡くなったおじいさんの霊と孫娘とが、互いに使命感に溢れた科学者として認め合い、同時に肉親としての絆も確かめあう、心温まる感じがよいです。事件は事件だけれど大ごとにせず、世間の耳目を集めるでもない田舎の事件として締めくくっていて、さっぱりしています。
 
孫娘の知的で勇敢な感じを、垂れ目の美少女マッケナ・グレイスちゃんが遺憾なく演じています。いいなあこれ。
 
往年のゴーストバスターズのメンバーも最後に応援団として花を添えて、これ以上ない懐かしい作品に仕上がりました。

 

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2022.10.15

「ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪 シーズン1」

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まあ1話1時間程度のドラマだから、なんとなく平坦な感じは仕方がないかな。これと比較すると、やっぱり映画の密度って別格というか別ジャンルだなと思う。
 
あの人やあの人なんかの意外な正体が最後に明かされてシーズンの区切りとしてはまあよかったんじゃないでしょうか。ただこうして人間に受肉してしまうとなんだかいまひとつですな。きっとこれからどんどん人外の存在に変貌していくのでしょう。楽しみです。
 
私としては、ドワーフの姫や我らがガラドリエル様、そしてアダルの、善と悪がせめぎ合っているような人格が良かったです。すんでのところで踏みとどまるガラドリエルと、力の暗黒面に魅せられるディサ姫が、これからお話を盛り上げてくれそうです。アダルはモルドール復活で役目が終わった感じもするけど、もしかするとサウロンに抗いながらも取り込まれてその力の一部になってしまいそうな予感があってこれも楽しみ。
 
そう見てみると、このお話に登場する多くのキャラクタが、実はサウロンでさえ、善悪両面の要素を持っていて、興味深いです。
 
 
シーズン2もクランクインしたそうで、次が待ち遠しい。
https://eiga.com/news/20221007/10/

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2022.10.08

「最後にして最初の人類」

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20億年で幕を閉じた人類の終幕を淡々と語る作品。
全編がモノクロで、ほぼ全部、奇妙な石像とコンクリートの奇怪な建築物「スポメニック」の映像だけで構成され、遺跡のような神話的な心象風景を醸し出している。
 
ただ、強力な催眠効果があるらしく、途中何度も寝てしまう。
 
きっとその寝ている間に何か人生にとって重要なことが語られている気がするのだが、とにかく眠いので、迂闊にもそれを聞かないまま鑑賞は終了してしまう。
 
不眠症など一撃で粉砕爆睡させること間違いなしの怪作。

 

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