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2022.09.11

「LOVE LIFE」

シネコンの複数のスクリーンでやっているのに気づかず、一番上に出てきたスクリーンで席予約したら、聾者出演者の砂田アトムさんの舞台挨拶回だった。そのためか、観客の多数が聾唖者で、始まる前からあちこちで手話で盛んに会話が行われていた。隣り合った人どうしだけではなく、席が離れている人とも支障なく会話しているのが見られた。声のやりとりだったらそんな遠くの席の人と会話するのは憚られるところだが、手話ゆえに何の問題もない。たいへん興味深かった。上映前の興奮ぶりは、健常者とちっとも変わらないどころか、むしろ素直な感情の発露があって、声を使わない利点があるようだ。彼ら彼女らの達者なコミュニケーションが見られて結構新鮮な体験だった。
 
映画の方は、普通と少し違う経緯で夫婦となった二人のすれ違いと残念な事故、そこから周囲も巻き込んで波立つあれこれが丁寧に描かれていて、悪くない出来だった。
 
妻には韓国人の元夫がおり、聾者で生活保護申請に挑戦中のこの人物が本作の鍵になっている。日本人にはないような素直さとしたたかさの同居が不思議な雰囲気だ。遠慮深い日本人には歓迎されない他者への依存や甘えを見せるかと思うと、反対に、子どもの事故死に対しては真剣に怒りと悲しみの感情を露わにする。日本人がいつも世間体を気にして仮面を被って生きているのとは対照的だ。
この一見おとなしそうな人物の奔放な振る舞いが、日本人夫婦を振り回し彼ら、特に夫の仮面を崩していく。
 
この夫婦は結局、もうだめかと思った地点から拍子抜けするようなさばさば感を伴ってヨリを戻すのだが、それはこの聾者のあっけらかんとした生き様のおかげと言えるかもしれない。
 
普段、目を合わせなかった夫が、妻の直言に思わず素直に応じて目をあわせ、二人一緒に散歩に出かける最後のシーン。団地から見下ろす公園を歩く小さな二人の姿が、離れたり近づいたりする様子が、時と共に移ろい少しづつ距離を取り払っていく夫婦の縁の揺れを表しているようで、いい終わり方でした。

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