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September 2022

2022.09.30

「アイ・アム まきもと」

孤独死を題材にしながら、むしろ現代人の死生観について多くを語っている。人の死後は無であるという考え方を、作中では合理的と表現しているが、むしろ不可知論と言った方がいいだろう。市役所の端役である主人公に向かって、新任の局長が言い放つのはそのことだ。主人公の男はそれに対して感情剥き出しで抗議するのだが、現世の権力に抗う術もなく、大切にしていた骨壺の群れを片付けられてしまう。

そんな状況の中で、取り組みを許された最後の案件を懸命に追ううちに、この一見孤独だったかに見える死者の周囲に実に彩り豊かな人間関係があったこと、そして彼ら周囲の人々が亡くなった男の気骨ある不器用な生き方に良くも悪くも大きく影響されてきたことが次第に明らかになっていく。

主人公の粘り強い行動のおかげで、亡き男を介した縁が生まれ、葬儀に際して彼らが三々五々集まってくる感動的な最後へと向かう。のだが、その立役者には別の運命が待っていた。

話の筋はありがちなのだが、本作ではいくつもの人生が様々なエピソードを通じて繋がっていく。その多様さと豊かさが、亡くなった男の人生の厚みを表しているようでとてもいい。

のだが、どうもこの筋は前に見たことがあるぞと思ったら、「おみおくりの作法」が原作の由。それはそっくりなわけだ(笑

必要以上に湿っぽくならず、どろどろしたところもなく、主人公の社会性の無さが逆にユーモラスな色合いを醸し出すなど演出の力もあって、よい塩梅に落ち着かせている。味わいのある良作でした。

阿部サダヲという俳優は、禍々しい役だけでなく、こういう生かし方もぴったりくる感じで、配役の妙でもありました。

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2022.09.25

「ルパンⅢ世 次元大介の墓標 血煙の石川五ェ門 峰不二子の嘘」

NETFLIXで。
TVアニメは子供向け、映画はファミリー向け。それらは原作のテイストとは大分違っていて、それはそれでいいものですが、売るためにやむを得ないところもありました。
 
今回見た3本はその点、多少ビターな味を加えてはいます。でもやはり基本的にルパン達は善人。この方向で趣向を凝らすなら、もっと悪辣さ、非情さに振ってみる手もあったかもしれません。
 
とはいうものの、これほど一般家庭にお馴染みになったルパンというキャラクターは、もう悪の側に振ることは許されなくなっているのでしょうか。少し残念な気はします。
 
作品自体はよく出来ていて、次元、五ェ門、不二子、それぞれのプロフェッションと人間性に焦点を当てた独立した作品でありながら、基調に同じ背景を据えた連作のしつらえになっていて、相互を参照しながら謎が明かされていく仕掛け。上手いです。
 
3作の中では、私のような古い人間としては、次元の回の浪花節的な渋さがとりわけ良いです。「ロマンに欠けるね」という殺し文句がもう次元大介そのものでサイコー。そして、そう言いながらもロマンで勝てるなどとは露ほども思っておらず、彼我の長短を冷静に比較して勝てる手法を考案し超絶技巧でやってのける。プロよまさにプロ。堪能しました。
 
この3作のほかに「峰不二子という女」もあるようなので、こちらも見なければ。

 

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2022.09.18

「靴ひものロンド」

結婚生活とは牢獄である、とは自虐的によく言われることだが、本作はそれを下地に意識しつつ、なぜ男も女もその地獄へと還っていくのか、という問いを含んでいるように思える。
 
トロフィーワイフという言葉が表すものはこの地獄と対になる概念だろうか。本作にもそういう風な存在があって、なるほど男が惹かれるのも無理もないと思わせる。父だけでなく娘でさえ、輝くような若く美しく聡明な女に子ども心にも惹かれるのだから、無理もない。
 
ただ、新しい女に惹かれる理由がそれだけではない戸惑いをうまく言葉にできず、この放送作家で言語化には長けているはずの男は、妻に対して正直に全身で訴えている。
 
単に目先の変化がほしかった。
 
口にはしないが、そういうことかもしれない。そんなありきたりの理由で人生の重大事をと思うと口ごもるのだろうけれど、たぶんそういうものだろう。女房と畳は新しい方がいいと昔の人は言ったではないか。今言うと炎上案件だが、実は妻の方も似たようなものだったと、後に成人した子どもたちの口から明かされてもいる。
 
さて、男はいっときは夢のような時間を別の女と過ごすのだが、何か違う、ということになる。何がどう違うのかをこの男はやはりうまく言語化できない。できれば誰しも苦労はしない。
 
ここが、本作の焦点だ。なぜ人は、地獄と自嘲するような環境に戻っていきたがるのか。
 
どの家庭にも、長い時間を共に過ごしたことで生まれる固有の習慣やしぐさ、立ち居振る舞い、言い回しなどがある。それらは同じ原風景を持ち同じ文化を共有している者どうしが交わす、よそ者にはわからない高度なコミュニケーションなのだ。人間のように高度に知的で文化的な存在は、それ無くしてはおそらく満足のいく生き方はできない。馴染みの文化とは、空気のように存在感がなく、同時に空気のように必須のものなのだ。
 
靴ひもの結び方は、この家族に固有の文化だった。他の誰とも似ていない、彼らだけが共有できる拠り所なのだ。あまりに何気ないので普段は気付かないが、他者との違いがいったん意識されると、そのかけがえのなさに気づく。そういうものなのだ。
 
こうして男は元の鞘に戻っていく。そしてまた、息詰まるような日常に辟易し怒ることもできない自分に愚痴をこぼし妻の冷ややかな態度に屈折しつつ適度な諦めを抱えて生きていくのだ。
 
人の一生に幸あれ。

 

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「マトリックス レザレクションズ」

NETFLIXで。
 
台風が接近する中、有楽町のガード下ドトールが雨漏りして、店内の照明が不気味に点滅したあと沈黙する薄暗闇、というなかなかのシチュエーションで、PCにイヤホン繋いで1.5倍速鑑賞しました。現実の方がよっぽどサイバーパンクよね(笑。周りが暗いということは映像鑑賞には必要な条件だなあと思います。
 
作品の方は、ネオとトリニティの純愛っぽい仕上がりになっていてよかったんじゃないでしょうか。ただまあ、最終的に世界が彼らによって作り変えられるとなると、そこに生きている他の登場人物たちの存在は一体何なんだろうという疑問は湧きます。仮想マシンが普及して、アプリケーションレイヤが多層化したいまとなっては、本作の多重構造も特に目新しさはなくなりました。
 
まあ、そういうことはあまり深く考えずに見るのがよいのでしょう。そもそもコードが生み出す像にすぎないものを、わかりやすくするために映像にしているだけで、突き詰めれば仮想なんとかいう設定のものはすべからく究極の夢オチ映画なのですから。
 
現実世界で電磁的領域を規定する法律が作られたり、国家間で電磁的諜報活動や破壊活動が活発化するいまとなっては、さすがに新しい感覚はありません。
 
なので、普通にアクションがかっこよくて、ストイックなふたりとみんなの活躍があって、そういう映画でOKでした。

 

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2022.09.11

「LOVE LIFE」

シネコンの複数のスクリーンでやっているのに気づかず、一番上に出てきたスクリーンで席予約したら、聾者出演者の砂田アトムさんの舞台挨拶回だった。そのためか、観客の多数が聾唖者で、始まる前からあちこちで手話で盛んに会話が行われていた。隣り合った人どうしだけではなく、席が離れている人とも支障なく会話しているのが見られた。声のやりとりだったらそんな遠くの席の人と会話するのは憚られるところだが、手話ゆえに何の問題もない。たいへん興味深かった。上映前の興奮ぶりは、健常者とちっとも変わらないどころか、むしろ素直な感情の発露があって、声を使わない利点があるようだ。彼ら彼女らの達者なコミュニケーションが見られて結構新鮮な体験だった。
 
映画の方は、普通と少し違う経緯で夫婦となった二人のすれ違いと残念な事故、そこから周囲も巻き込んで波立つあれこれが丁寧に描かれていて、悪くない出来だった。
 
妻には韓国人の元夫がおり、聾者で生活保護申請に挑戦中のこの人物が本作の鍵になっている。日本人にはないような素直さとしたたかさの同居が不思議な雰囲気だ。遠慮深い日本人には歓迎されない他者への依存や甘えを見せるかと思うと、反対に、子どもの事故死に対しては真剣に怒りと悲しみの感情を露わにする。日本人がいつも世間体を気にして仮面を被って生きているのとは対照的だ。
この一見おとなしそうな人物の奔放な振る舞いが、日本人夫婦を振り回し彼ら、特に夫の仮面を崩していく。
 
この夫婦は結局、もうだめかと思った地点から拍子抜けするようなさばさば感を伴ってヨリを戻すのだが、それはこの聾者のあっけらかんとした生き様のおかげと言えるかもしれない。
 
普段、目を合わせなかった夫が、妻の直言に思わず素直に応じて目をあわせ、二人一緒に散歩に出かける最後のシーン。団地から見下ろす公園を歩く小さな二人の姿が、離れたり近づいたりする様子が、時と共に移ろい少しづつ距離を取り払っていく夫婦の縁の揺れを表しているようで、いい終わり方でした。

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2022.09.04

「ブレット・トレイン」

テントウムシにそんな意味があったなんて知らなかった・・
それはさておき。
これもしかして傑作エンタメ じゃね?
と言いたくなるような出来の良さです。(原作があるんですね)
 
因果はめぐり、綾はもつれて、人々の来し方行く末をはかなく映し出します。次は誰が殺されるんだ?
 
途中、ペットボトルの水が転がりながら走馬灯のようにこの顛末の一区切りまでをおさらいしたりもします。
センスいいな、と思います。
 
そして、キャラがすごく立っている。特に似ても似つかない外見の双子がいい。ひょっとすると主役はむしろこの2人で、表向き主役の男はナレーターです。第三者的な立ち位置からこのもつれを見、ときには自分も巻き込まれながら、世の無常と心の平安を説いたりします。説法師ですか。
 
そもそもこの主役は、自分はエース級の人間の代役だと最初から言っています。療養から戻っての復帰戦だと。そして自分は死なない代わりに周りの誰かが必ず死ぬ悪運を持っているのだとも。それって場の外の傍観者の立場です。
 
いや、まあ主役の件は少し言い過ぎです。たぶん、切り替わる複数の視点が同じ程度の主体性を持っているのでそう感じるのだと思います。
 
主役の男、双子、そしてペットボトルにさえ、それぞれの独自の視点があり背景があり思惑がある。そのそれぞれを各自の視点から活写している。面白いですね。そして味わいがあります。
 
生きることに肯定的な殺し屋たちと、生きることに疲れているけれどそれでもなんとか前向きにやっていこうとする男と、業にまみれた曲者たち、そして厳しくも家族愛にあふれた任侠道を生きる親子。彼ら彼女らがくんずほぐれつしながら弾丸列車という限られた空間で繰り広げる探偵もののような演劇。命のやり取りをしているのにどこかひょうげた雰囲気を漂わせながら、緩めるは緩め締めるは締めてリズムを生み出し最後はお日様のような温かさを感じさせる物語。それがこの作品です。
 
もう一度言いますが、これは眉間の皺をほぐす傑作です。

 

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