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2022.03.20

「ベルファスト」

今年最高の映画という評に恥じない良作。

GoogleMapsでベルファストの街区を見てみると、映画にでてきたようなテラスハウスの町並みがいまでもたくさんある。面白いのは通りの名前で、ベルリン・ストリートとかクリミア・ストリート、オデッサ・ストリートなど各地の名前を付けられた道が散見される。移民の街なのだろうか。

作品の背景として描かれるカソリックとプロテスタントの宗派対立だが、現在は市の人口をほぼ2分しているようだ。対立の時代を経ていまは穏やかな結びつきを得たのなら幸いと言いたいところだが、つい最近も、移民排斥運動が激化したニュースなどもあり、どうも同胞意識が強すぎる土地柄なのかもしれない。あてずっぽうだが。

気になって検索してみると、こんな記事があった。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021050100404
「北アイルランド「誕生」100年 くすぶる帰属問題―英:英統治維持を望むプロテスタント系と、アイルランド統一を求めるカトリック系の対立が続く北アイルランドの帰属問題は未解決のまま。祝賀ムードとは言い難い雰囲気の中で歴史的節目を迎える。」
これが2021年5月の状況だ。そういえばEU離脱のときもアイルランドとの国境問題で揉めたのだった。その問題を激化させずに曖昧に留め置いているとの記述などもwikipediaには見える。

なんと。

この映画、表面的にはもちろん、困難を抱えながらも心温まる家族と近隣の話と見えるのだが、その実態は、かなり過酷な環境下での話らしいことがわかる。それでこそ、本作の若い家族の決断の重さが実感と共に伝わってくるというものだ。何も調べずに適当な感想を書いてうっかり上滑りするところだった。

実は、これはなにか引っ掛かる気がするから調べた方がよさそうだと思った手掛かりが、映画の最後にある。
若夫婦と同居している年老いた親夫婦が実によい味わいなのだが、その夫の方が病で先立ったあと残された妻が、若夫婦がこの地を捨てていくのを見送ってから、一人でぽつり呟くのだ。言葉自体は、新天地へと旅立つ若夫婦を祝福する内容なのだが、皺深い顔で絞り出すように放つ言葉には、旅立ちの輝かしさとは全く違う、苦い悔恨が感じられるのだった。彼ら若者が出ていかざるを得ないようにしてしまった自分たちの失敗への自責の念なのだろうか。それとも、浮かれた気分の若夫婦への、そんなに世の中甘くないという警句か。あるいは、選択肢を持てる世代への羨望と嫉妬か。

この名場面に、光と影の静かで強い緊張を与えてくれたジュディ・デンチ、一瞬の名演でした。
そこまでずっと焦点を甘めにしておきながら、最後のこの場面で老女の貌をくっきりと映像に刻み込んだ作り手の意図が、見事に実を結びました。

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