「令嬢アンナの真実」
NETFLIX シーズン1全9話。
2014年から数年間NYで活動し、2017年に逮捕され、2019年から服役し2021年に出所、ということで、ごく最近の実話が元になっているらしい。本作は話をドラマティックにするためにかなりの演出、脚色が入っていて実像とは異なるということは押さえておく必要はある。
その上で、本作が描き出す詐欺師の主人公とその被害者たちの像は興味深く、いろいろ考えさせられるところはある。まあ詐欺というよりは、むしろ詐欺とたかりが入り混じっているのだが。
ここで騙される人というのはパリピが多い。華やかで虚ろな像と戯れることが自己を確認する手段になっている。そこでは事実の検証や確認よりも、社会的地位のあるメンバーシップの輪に相手が入っているかどうかが判断基準になる。詐欺師(たかり屋)はそこを突いてくる。
実際、大型案件の金融関係者は騙されないし、小切手詐欺はそもそも制度上の穴があることは承知の上でリスク管理されている。
そういう風に現実的に見ると少し白けるのだが、本作ではこの詐欺師を、資本家から投資を受けるために奔走する、雄大なビジョンと高い教養を持った魅力的な人間として描くことで、面白いドラマに仕立てている。
実際、騙された方は、この自称令嬢をさほど悪く見てはいない。むしろ、野心的な若者を支援してやろうくらいの意識に見える。計画が上首尾に進めば大きな果実を手にすることもできると思っている。これは、いわゆるスタートアップ界隈に似ているかもしれない。9割方はホラか誇大妄想に過ぎないが、1割は本物に「化ける」という世界。WeWorkやTheranosという恰好の事例もある。本作でも似たようなインチキくさい起業家を登場させている。
もしこの主人公が、融資を仰ぐ相手をお堅い金融系ではなくベンチャー系にしていたら、あるいはと思わせなくもない。そういう微妙な線でストーリーを作っているのがうまい。
彼女の失敗の理由は二つ。狙う相手が悪かったことと、どうしても支払が必要なときに小切手詐欺を働かざるを得なかったことだろう。特に後者は、他のパリピ相手のたかりと違って、言い逃れの出来ない真正の犯罪だ。
こう見てくると、本作は華麗な詐欺の技術を楽しむ話に見えてしまうのだが、実は全話を貫くある思想があって、それが本作の価値を高めている。
嘘が次第に露見してきて、交友関係のあったホテルマンに、自分についてくるかどうか誘って断られるシーン。黒人女性のやり手ホテルマンが言う「仕事が要る。これが私の人生なの」に対して、主人公はこう答える。
「生活のための人生ね」
本作の登場人物は、多少の金と地位はあるものの、それを維持するためにハードワークをこなしている人ばかりだ。作り手はそれに対して強烈な疑問を投げかける言葉を主人公に言わせている。
つい最近、こちらのブログ http://blog.tatsuru.com/2022/03/28_0812.html で見かけた「ランティエ」という存在は、まさに主人公が目指す生き方そのものだ。
この思想が根底にあることで、本作は単なる興味本位の対象を脱して、興味深いものになっている。英語の原題"Inventing Anna"が示しているそのものだ。
ランティエを夢見る主人公を、高度なツンデレ演技で見せてくれたジュリア・ガーナーさん、よい仕事でした。コロナ騒動でひと昔前の有名俳優たちが姿を消した後に、若手が次々に芽を出してきているのがとても嬉しいです。