「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」
作中の編集長が「意図がよく伝わるように書け」と何度も言っているのにこのわかりにくさは何ですか。というのが2つ目の獄中芸術家の長いエピソードが終わるあたりまでを見た感想です。
でも3つ目のエピソードあたりから作品の意図がわかってくると、おお、ああ、なるほどとなるのが醍醐味。欧米映画の教養がないと十分には楽しめなさそうな作品で、残念ながら私には表面的なことしかわかりませんでしたが。
それでも、文化芸術や政治社会をためつすがめつ見続けている編集者の人間味と思慮深さを兼ね備えた視線は感じました。力を持ち始めた大衆とその先頭に立っていた雑誌メディアの幸せな時代の再現とでも言ったらいいのでしょうか。雑誌という媒体のコラージュのような感触を、映画という媒体で作り直すとまさにこんな風になるのか、という感じです。
ウエス・アンダーソンの様式美あふれる独特の作風の中で、そういうものが陳列されて、そこはかとない懐かしさを誘います。そしてこれが懐かしいと思えてしまうほど、今のネット世紀変わり様が逆に意識されてしまうようなといったら少し穿ち過ぎでしょうか。
いや、やはりここは素直に幕の内弁当のような良さを楽しむべきでしょう。パンデミックの影響で長らくご無沙汰していた俳優さんたちの顔もそちこちに見えるのがうれしい。シアーシャ・ローナンの青い瞳を見るのは本当に久しぶりです。そのほかにも本来ならどこぞで主役を張っているはずの俳優たちが、この監督の解像度の高いフレームとディテールの中にすっぽりとはまってそれぞれの味を出しているのが素晴らしい。
なんだかとても贅沢で香り高いものを垣間見たような、そんな気分にしてくれる作品でした。