「ディア・エヴァン・ハンセン」
ブロードウエイミュージカルの傑作を映画化。のっけからいきなり音量大き目で長くて鬱陶しい内容の歌で、映画の作法からはだいぶかけ離れていて押し込まれる感じの始まり。なんですかこれわ。
でもしばらく見ていると、登場人物の心情を表すのに歌がとても効果的だということが納得できて、なんですかこれわすごいね泣かせるね、となる。
内容的にも、2つのテーマを同時に追いかけていて野心的。
テーマのひとつは、人は匿名の弱い存在だけれど、あなたと同じ人はたくさんいて息を潜めるように暮らしている。もっと声を上げて繋がろう、というもの。
そしてもうひとつは、嘘もまた人生の味わい。それで救われる人もいる、というもの。嘘から出たまこと、とでもいうか。
スタッフロールの最後のメッセージを見れば、本作は前者に多少の重きを置いているようにも見えるのだが、私は後者の方が印象深く感じた。製作側と興行側とでも考え方が違うのかもしれない。そういう複雑なブレンドだが、にも関わらず適度にまとまり感がある。
後者から始まって、途中で前者が入り込み話が転回したあと収束して、最後に後者に戻るのだが、もう単純に別々のテーマではなく、嘘のお蔭で気づかされたことがある、という具合に話が噛み合って昇華している。見事です。
嘘は悪という単純で強力なレトリックが強調され過ぎずに鎮静化したことは本作が見せる希望だ。「息子を2人もなくしたくない」というおばさまの台詞が、ベストなタイミングで、本人の居ないところで挟み込まれる。この不意打ちが素晴らしい。虚構はこの瞬間、創作の力へと変化する。
そのすぐ後のシークエンスで、今度は実の母親の台詞あって、良い感じに拮抗する。
この辺り、どう素晴らしいかを言葉にするのが難しいので、是非見て味わいましょう。