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2020.07.06

「一度も撃ってません」

昭和の追憶なのかもしれないけれど、味があるいい映画。かっこよくてかっこわるい大人が出てくる。ポリコレで塗り固められたいまどきの若者にも観てもらいたい。

この作品が示している世界より、私は少し後の世代だが、その熱とか楽しげな狂気とか先の見通せない不安と愉悦とかはなんとなく覚えている。特に憧れはなかったけれど、あれはあれで一つの画期だったなとは思ったりしている。高度成長期っていうやつが爛熟期に入ってからの光と影。

いろいろな記憶の断片が出てくる。
タバコにトレンチコート、ブラックハットとは公式サイトに書いてある小道具だけれど、狭くて薄暗いバーとか一歩出ると小便臭さが匂ってくるような繁華街とか、売れない作家の昼と夜の顔とか、そして極めつけは、一度も撃ったことがない伝説の殺し屋とか。ここは、専守防衛ですかと笑うところなのかもしれないが、そういうものに愛おしさを覚える感性が、あの頃にはあった。アメリカの傘の下で見た一場の夢だったかもしれないけれど。

ところで、この映画、他の部分と少しタッチの違う気合の入った部分がある。
男二人と女一人、バーを出てレンガ造りのガード脇で別れるところ。まず映像の質が一段階上がったような手触りと構図。仄暗く妖しい夜の光の中でレンガのアーチが右半分覆いつくして、ここは一体日本なのかと目を疑うような非日常感。
そこへ左から、女がふらりと画面に侵入して中央まで行かずにまたさっと左へ逃げていく。「さよなら」という台詞と一緒に。桃井かおりに真価を遺憾なく発揮させて、楽しく儚い夜の終わりを告げている。

後で、お話が大団円を迎えて、今度は男が妻を、同じ場所でタクシーに乗せ家に送る場面がある。ここでは、レンガのアーチの向かい側の雑然とした街も画角に入れて、何の変哲もない日常として見せている。この落差が上手い。

「もののけ姫」でも、森の主が治める昏い森と、文明の力が及んで憑き物が落ちたような明るい森との落差が良かったけれど、それと同質のものを実写でやっている。

そういうものを見られて、とても満足です。昭和へのレクイエムなんでしょうかね。総じて高齢の登場人物の意気を見ていると、まだ暫くは死なない感じもしますけれど。

 

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