「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」
仕事一筋に物事の先を読み、大胆に投資する生き方と、家族を大切に日々労働し、わずかな余剰を堅実に積み上げていく生き方の、つまりキリギリスとアリの生き方の、そして、男と女の、老人と娘の、男の子と母親の、軋轢と葛藤と、そして和解とが語られる良作。老人から孫へ受け継がれる山師の魂、絵画の奥深さへの造詣も織り交ぜられて滋味ある味わい。
スリリングな仕掛けに一旦は成功したかに見えて、最後に逆転の敗北を喫したところまでなら、これは凡百の映画で終わっただろう。けれども老画商の短い物語はそこから先にあった。
賭けに負けて荒んだ日を送る老人の元に、美術館からのメッセージが届くシーンが印象に残る。絵画に署名がなかった理由について美術館は推測する。「画家にとってこの絵は聖画だったのだろう。であれば署名などしないものだ」。それに続くキュレータの述懐が、この映画の白眉だ。
聖画において、個は消滅して、もっと大きなものの一部になる。
全てを失った老画商のささくれだった心に、干天の慈雨のようにその言葉が響いて心の重しを取り除く。彼が全てを賭け全てを失った原因の聖画が、彼に至福を与え、娘との和解をもたらしたのだった。
老画商の一個の生は、悲しい結末を迎えたというのに、その直前の晴れやかな振る舞いはどうだろう。そういう風に一生を終えたいものです。