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February 2020

2020.02.29

「シェルブールの雨傘」

台詞をすべてメロディにのせ、全編音楽だけで通すという手法に、はじめは抵抗がありましたが、見ているうちに慣れてきて、これが「原型」である感が強まりました。面白い効果ですね。

カトリーヌ・ドヌーヴの出世作。
シンプルで美しい、男と女の切ない物語の原型。

デジタルリマスター版ということで、結構綺麗に出来上がってました。
ああ、あの歌はこの映画の主題歌だったのか、という再発見も。

 

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2020.02.23

「ミッドサマー」

まあカルト映画のようではあるのだけど。

本作は筋金入り。早い段階から全面的にカルト一色になる。そもそも舞台が北欧の山奥のカルトの村。少数の現代文明人はその中では、電波や車など文明の利器を持たない全く弱々しい存在として取り込まれていく。

こうなるとお話はもう民話などに出てくるおどろおどろしさそのままになってくる。白夜でほぼ一日中明るく、真っ白な装束で笑顔を湛える人々のただ中で、民俗学が扱うような未開の信仰に基づいた儀式が進行する。

エデンの園から追放された文明人からすれば、それは迷信からくる惨たらしい、あるいは恥ずべき行いでしかない。しかし、自然崇拝、大家族(または部族)主義の世界観を持つ人々にとっては、それこそが生の在り様であることに疑う余地はない。


そういう筋書きなので、これはもうどこかで見たことがあるような展開ばかり。正直、途中で飽きました。一応最後まで付き合って、疲れた頭で帰り道考えてみると、実は意外なことに気づいてしまう。「○○は与え、○○は奪う」というのが、このお話の基調に流れているのだが、それは現代人が気に掛けている環境負荷の話と同根ではないかということに。

命は与えられると同じ分量だけ奪われなければならないとすれば、新しい命が生まれるのと引き換えに、いま生きている者を間引かなければならない。彼らカルトの村の人々は、間引く命の決め方をルール化して粛々とその儀式を執り行っているに過ぎない。そこに何のわだかまりも迷いもあるはずがない。環境に負荷を掛けないという善行を成しているのだから。而して当然ながら、間引きは殺人としか受け取れないキリスト教的文明人との間で、摩擦が生じることになる。

環境負荷の問題を真摯に考えるほど、実は、人間をこそ間引くべきなのではないか、という考えに行き着き悩むことになる。本作の主人公の女性が、残酷な儀式の末に、最後に晴れ晴れした顔でほほ笑むのは、間引きは罪ではないどころか自然の摂理であると悟った末のことなのだ。

ぞっとするべきなのだろうけれど、そうでもない自分がちょっと嫌ですw

ちなみにwikipediaによれば、本作の監督さんは、「「ダニーは狂気に堕ちた者だけが味わえる喜びに屈した。ダニーは自己を完全に失い、ついに自由を得た。それは恐ろしいことでもあり、美しいことでもある」と脚本に書き付けている」のだそうです。西洋のキリスト教の楽園を追放された後の人ですね。

 

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2020.02.22

「1917 命をかけた伝令」

いわゆる3人称視点ゲームを、映画でもやってみた、といった趣。

それだけの話なのだけど、さすがに映画だけあって、様々なシーンが印象深い。特に夜の廃墟の街が照明弾で照らされているシークエンスは、これだけ鮮やかで連続した映像を、ちょっと他で見た記憶がない。主人公が走るのに追随して視点が移動していくのと、照明弾による変化する陰影とが合わさって、独特な映像になっている。ビデオゲームならよくあるのかもしれないが、実写のリアルな映像で見せられると凄い。

全編ワンカットは、緻密な計算と寸分の狂いもない行動の賜物だろう。ピラゴラスイッチを見ているような緊張感がある。途中何か所か息継ぎはあったものの、最後まで走りとおした。

でも、ですよ。
私はこういう映像は苦手です。酔うので。DOOM以来こういうのはだめなんです。もちろん「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」もだめ。VR映像とか、全くだめ。見ている最中から、吐き気やだるさがあって、見終わっても数時間は回復しない。知ってたら見なかったわー。

まあでも、技術の効果は面白うございました。

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2020.02.21

「スキャンダル」

はじめに、実際の事件に着想をえているけれど、フィクションだよーん、というお断りが出ます。何しろ、セクハラ訴訟を起こした元美人キャスターは巨額の和解金と謝罪を受け取る代わりに守秘義務を負ったので、この件について何も話すことはできないのだそうで。

むしろそのことは、映画作品の作り手に良い意味で自由を与えたと思います。話の流れに淀みは無く、扱っている主張や立場も、この種の話にはありがちな定型。

もちろん、よくできた作り話というつもりはありません。これに近いことが、たぶんあったのでしょうから。嫌ですねえハラスメント。

和を乱すことを恐れない一握りの勇気ある人たちのおかげで、こうして歴史は少しづつ前に進んでいくのだ、という感じが出ていてよかったです。米国の場合はその勇気に対して相応の報酬が得られる場合があることも描かれています。ここは事実のとおり。日本だとたぶん、声を上げた最初の人は、和を乱した罰として人生を棒に振ったりするのでしょう。一揆の首謀者は訴えが認められるかどうかに関わらず死罪みたいな。

いや、米国でも過去にはそうだったのが、この一件でそうではなくなったようだから、お国柄に関わらずやはり少しづつ進歩しているようです。それを見逃さないければ、この映画を見た意味もあったというものです。

ハリウッド至宝の三大女優との謳い文句、大げさではなく凄いですね。とりわけシャーリーズ・セロンは出番が多いこともあるけど、見ているだけで飽きません。最初にFOXというメディアの権力構造を彼女がざっと解説するのだけれど、のっけから観客のハートを鷲掴み。それだけでもう作品の流れは決まったみたいな。アカデミー主演女優賞を取るだけのことはありました。

 

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2020.02.16

「ラストムービー」

デニスホッパーによる問題作。という話だけど、昔のことでよくわからない。
直感的な印象だと、ヤンキーゴーホームかな。

上映時間は2時間で、完成度の高い映画ならむしろ短く感じる尺だけど、本作はとても長く思え、そして残念ながら少し疲れる。未完成なんだろうか。

まあ、言いたいことはなんとなくわかります。先進国アメリカの無意識な文化輸出と相手文化の破壊とはあるあるな話ではあるし。何十年か経ってアメリカのやり口はスマートになったけど、中身が変わったわけでもない。
そうはいっても結局、何か建設的な提案があったわけでもなく、少し破滅的な匂いもある本作をどう評価したものか、正直わからない。といったところです。

UPLINKの椅子が良くなって会員には嬉しい価格設定で、こういうカテゴリの作品を見ることが自然に増えてきているのが、自分としてはいい感じ。

 

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2020.02.15

「トゥルーマン・ショー」

あれ?小雪がハリウッド映画に出てる・・と思ったら、ナターシャ・マケルホーンさんでした。というのはさておき。20年以上前の作品。

物語というものは仮りそめですが、人が現実を生きる力を育むものでもあります。けれども、人が仮りそめの世界に閉じこもったまま出てこなければ、逆に生きる力を損なうことにもなり得ます。
物語をはじめとする、人の想像から生まれる事物の、そこが微妙な点です。

本作は、その分水嶺をくっきりと示します。仮りそめの世界の壁を突き破り、現実へ踏み出していく主人公に、視聴者は喝采を送りますが、そのとき主人公が真に生きる力を得たのに対して、テレビの前の視聴者はどうだったか。すぐに番組表で次の仮りそめを探し始める彼らの方が、むしろ生きる力を阻害されているように見えます。

本作はそのようにして、仮想世界に閉じ込められた男が現実に踏み出す強さを描くと見せながら、実はその反対に、現実世界に生きながら仮想に溺れる我々の弱々しさを見せつけてきます。皮肉がきついですね。

また、そうした仮想空間を作り出す「クリエーター」と称する人々の傲慢や動機の不純さも同時に突き付けてきます。

xRのような仮想空間を作り出す新しい技術が発展するいま、本作が示す現実と仮想の関係を改めておさらいしておくのは無駄ではないと思いました。

 

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2020.02.11

「わたしは光をにぎっている」

昨年の見逃しなのですが、ちょっと気になっていましたので。
まあ、わざわざ追いかけてみるほどでもなかったかなというか。
ストーリーラインというんでしょうか、そういうものをあまり持たずに、なんとなく各シーンを置いて行った、という感じです。ちょっと初めのうちはそれが苦痛というか、忍耐が必要です。最近せっかちなのです。

でも1点、とてもいいところがありました。それは、主人公が透明なお湯を掬っているシーン。

その日、銭湯の主人は外出で営業は休みのはずだったのを、彼女は志願して、初めてひとりで営業準備をして、来客を待つまでの静かなシーンなのです。
自分が掃除をし、燃料の材木を切ってくべ、沸かした湯を滔々と満たした湯舟に、綺麗な手を差し入れて、その上で踊る午後の光を掬い取るかのように握りしめるのでした。初めて人にサービスするために汗水たらして準備したその成果を、人に供する前にそっと確かめる。子供だった彼女がひとつ成長したのをはっきり感じ取れる、なかなかいい場面でした。

他は概ね付け足しです。なるほど亀有という土地柄の断片をいろいろ切り取ってみたり、再開発で壊されていく古い町を懐かしんだりと、ありがちな設定を置いてはいるのですが、まあよく見るやつです。ただ、打算だけではない人々のつながりを背景に置いたことで、先程のシーンの説得力がぐんと増しているのは確かでしょう。そういう意味では他のシーンはもちろん無駄ではありません。

実際、そうしたつながりのないまま覚えた仕事というものに、金銭以外に何程の価値があるのか、疑問を抱かせるに十分です。そういう意味では、やはり良作といっていいのかもしれません。

エピローグで、再開発のお蔭で小金を掴み、結構余裕のある暮らしにはなったものの、なんだか満たされない銭湯の元主人が、昔のご近所さんが寄り集まっているのを見つけて生気を取り戻すのも象徴的。これもありがちではあるのだけど。

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2020.02.08

「グッドライアー 偽りのゲーム」

イアン・マッケランとヘレン・ミレン。これは詐欺師どうしの壮絶な騙し合いかと思ったら、そうではなかった。もっと真摯な物語が隠されていた。タイトルを The Good Liar とだけにしておけば、その感じが伝わったと思うけれど、例によって余計な邦題がミスリードしてくれる。この物語はゲームなどではないのだが。

ただ、それくらいに煽らないと、やや盛り上がりに欠けてしまうのは否めない。過去に遡って驚くべき物語が明かされはするのだが、その部分のリアリティが難しい。全体の尺の中での割合が短く、端折った感じになってしまっている。ヘレン・ミレンの力量でかなりカバーしてはいて、その場は納得させられるものの、後で振り返ると、さすがに弱い。そこがこの作品の厚み部分なのに。

でもまあ、ベテラン二人の掛け合いを見られてよかったと、しておきましょうか。

それにしてもイアン・マッケランが作る悪人の相は迫力ある。天真爛漫の反対語は奸佞邪智と言うのだそうだけれど、まさにそれ。いいもの見せてもらいました。

 

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2020.02.01

「ジョジョ・ラビット」

ナチスものは、年と共に少し辟易する感じが強くなって、たいてい見送っているのだった。たぶんあまりにステレオタイプなのが鼻につくのだと思う。そのため多少穿った見方をしたり、滑稽な感じのものを見るようになった。

本作はその点、かなり気楽に和やかに描いている部分があって、敷居は低い。10歳のジョジョはまだ十分甘えん坊で、お母さんはスカーレット・ヨハンソンだし。大尉はサム・ロックウエルだし。「月に囚われた男」の!

そんなジョジョ坊やが、屋根裏に母が匿ったユダヤ人少女と、はじめは敵として、そして次第に友達として、交流を深めていく。もちろん彼はナチスに洗脳されているから一筋縄ではいかない。それでも彼を密告に走らせなかったのは、母が協力者としてひどい目にあうと、少女に釘を刺されたからだった。

さてそうして、安定した交流の場ができてみると、ジョジョ坊やが吹き込まれてきたユダヤ人に関する荒唐無稽な話が、現実とあまりに違うことが少しづつ分かっていく。もっとも、少女の方も悪乗りが好きなようで、角が生えるのは20歳を過ぎてからだとか、少年の妄想を煽るようなことを意地悪に教え込む。このあたりの諧謔味が空気を和ませてとてもよい。実際、戦争中なのに、そんな感じはほとんどしない。全体に言えることだが、本作は10歳の少年の心象風景のようにフィルターを掛けて描かれている。

けれどもある日、突然の悲劇がやってくる。少年にとってたぶん初めての、大切な人の死が、目の前に。戦争という陰惨で理不尽な抑圧がいきなり大きくのしかかる。

この作品のなかなかいいところは、この悲劇をジョジョ坊やが独力で乗り切ることだ。身近に助けてくれる大人は居ない。慰めてくれる友達もいない。悲劇の場に一昼夜、ただ独り座り込んで、ときどきその足を抱きしめて涙にくれ、そうやって信じがたい目の前の事態をなんとか飲み込もうと、別れを告げようとするのだ。この放心ともいえる時間の流れを、我々は噛みしめながら見る。誰もが必ず味わう肉親の死。少年の心の裡はどう変化しただろうか。

そうこうするうちに、ドイツは敗戦になだれ込んでいく。少女と二人になったジョジョは、多少は大人になったのだろうか。連合軍が街にやってきて、ナチスの呪縛も解け、とうとう二人が晴れて表に出るシーンで、この映画は終わります。そのときはじめて、自由っていいなと、自律って大切だなと。そして愛は受け継がれると。それを言いたかったのかと、思うわけです。

いい映画だなあ。

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「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」

探偵小説はあまり読まないし、映画も見ない方だけど、これは面白かった。満足しました。原作があると思ったら、100%オリジナルだとか。驚きです。すごい完成度。ミステリだからネタバレはできないのがくやしい。ひとつだけ言っておくと、「大丈夫、きっとうまくいく」。

謎解きで進む小説が映画になったとき、多少の違和感が残ることがままあります。原作の意図を損なわないようにするあまり、映画としてはぎくしゃくした感じがあったり、妙に説明的過ぎたり。

ところが本作は、たいへんスムーズに進みます。謎はもう説明され解けている。それなのに展開がまるで読めない。定番の展開ならこうだよねと見ている側が思うそばから逸脱していく。確かにのどに刺さった棘のように最後まで残る疑問があるけれど、展開に振り回されて考えるのは後回しになる。見えている現象や事実はひとつだけれど、それを読み取る登場人物や観客の先入観が、話を複雑に不可解に見せる。おまけにそうなるぞと探偵に堂々と宣言させている。二重化の妙とでも言うか。

もうね。してやられましたよ。

しかも、登場人物が別の登場人物に向かって言う台詞が、実は観客に向けたメッセージだったことに、後になって気づかされる。二重に二重化されているとでも言えばいいのでしょうか。悔しいけど、これだけ鮮やかにやられると、爽快でもあります。

お話をこの結末に導いたものが、結局何だったのか。探偵は最後にそれを犯人に告げるのですが、しんみりします。登場人物たちの偽善を見てきた後では尚更。


ダニエル・クレイグが相変わらずかっこいい。
ライアン・ジョンソンはLOOPERの監督なのね。こういう緻密な映画はうまい。

週末の時間を使って損のない映画です。

 

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