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January 2020

2020.01.31

「嘘八百 京町ロワイヤル」

昨年の正月公開された1を見て、これは初笑いにうってつけの映画だな。毎年やってくれるといいなと思ったのでした。そうしたら、今年も三ヶ日ではないけれど正月ぎりぎりで新作が来た。嬉しいです。

中井貴一と佐々木蔵之介の骨董コンビと贋作チームが笑いと涙と根性の屋台骨になっていて、そこに毎回謎の美女が絡むという、まったくよくできたフォーマット。あ、いや1回目は謎の美女は居なかったか。「探偵はBARにいる」と混同しました。

今回少し進化したのは悪役の扱い。昨年は確か悪徳骨董屋は破滅したのでしたが、今回は改心させてます。後味がいい。広末涼子演じる謎の美女が最後まで謎のままだったのもちょっといい。ひょっとしてまたどこかで絡んでくるのでしょうか。

骨董屋と陶芸家の組み合わせは、どうしても贋作がキーになってしまうけれど、贋作にも正しい存在理由を見つけ出しながら、毎年続いてくれるといいなと思いますですはい。

そういえば、骨董屋が「次は函館なんかいいんじゃない」とか言ってたな()。

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2020.01.25

「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」

ドンキホーテって、学校の教科書に挿絵が載ってたあれですか。風車を巨人と勘違いして突撃するやつ。
くらいの認識しかなくて。
本としては前・後編があるのね。そして、時代と共に評価も変わってきていると。
全然知りませんでしたわ。

映画はというと、これがまあ、狂気の連続というか。ぐいぐい引きずられていきます。原作本から多くを借り受けてはいるのだろうけれど、映画作品としてはたぶん、テリー・ギリアムの解釈によるオリジナル。

現在と過去、現実と妄想、現と夢、それら対を成すものたちが、入り乱れてもみくちゃになっていきます。半端ない。

で結局のところ、物質的豊かさとか経済成長とかの根にある飽くなき貪欲にそろそろ飽き始めているものの、依然としてその呪縛から逃れられないどころかさらに積極的に身を投じていく我々の世界にあって、息絶え絶えになりながらも細く連綿と続いていく灯を、監督は提示しているのでしょうか。
みたいなわかったようなクチをききたくなるわけです。でも本当のところは、なんだかわからない。

見終わって一つだけ感じたことは、この作品は一見支離滅裂なのに、妙に統一感というか一つのものとしてのまとまりがある感じがする、ということです。

たぶん、理屈抜きで、これがテリー・ギリアムという人なのでしょう。

そういうことで。

誤解のないように申し添えると、これは駄作でも失敗作でもありません。
その反対で、快作/怪作と言ってもいい、面白い作品だと思います。

うまく本質を言い当てるのが難しいのは、良い作品。
これ、原作の力が監督に取り憑いたのかもしれませんね。

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2020.01.24

「ラストレター」

故郷、青春、恋愛などを描く作品は数多くありますが、本作はそのなかでも際立った傑作です。忘れてしまったもの、忘れ得ないものを、手紙という懐かしい方法を通じて、徐々に、しみじみと、鮮明に、蘇らせてくれます。

はじめは少し滑稽な行き違いから、手紙を通じて、現在と過去が少しづつ交差していくのでした。光の中にわずかな影が差して、なかなかいい味わいだなと思って見ていると、過去の暗い影が不意に大きく蘇ります。

この作品が、普通の恋愛映画、青春映画と違っているところは、手紙に綴られる明るく温かい想いに対置される、あるものの不可思議な存在感です。主人公の青春の想い人を、暗く悲惨な道へと導いた男の存在が、この作品にえもいわれぬ味わいと奥行きを与えています。

主人公はこの男の悪を糾しに行って、逆に己の不甲斐なさを問われ、この男の虚無のありように敗北します。まことに不思議な味わいです。作者はこの男の存在を、悪というよりは混沌のように描いているようです。そして短く色濃く描いたあとは、やり過ぎずに、むしろそれに囚われてしまった彼女の運命を、それを振り返る人々の哀しみを、描く方に軸足を移していきます。

主人公は惨めな敗北に意気消沈し、思い出の詰まった廃校を彷徨うのですが、そこで、あの濃密な混沌をも打ち消すような透明な存在に出会い、想い続けた人が、同じように自分を想ってくれていたことを知らされて、救われます。

この辺りの展開のダイナミズム、過去と現在の交錯、光と影の交わりが、並みの恋愛映画にはない、本作の際立って優れた点です。これを、とってつけたような事件事故など一切使わず、ただ日常の場面と出会いと会話のみで、これ以上ないほど印象的に描き出しているのです。何という巧みな話の運びでしょう。

そして、この交わりの後に、人々は何事もなかったように元の形に戻ってきますが、それでいてそれぞれの心の裡は、始まりとは全く違った幸せな形に変わっています。成長と言葉で言うのは簡単ですが、もっと味わいのあるものです。

こんな繊細で大胆で見事な語り口は、そうはありません。

結びに、彼女が残した卒業の辞が、彼女が残した一人娘の声で、時を越えて読み上げ重ね合わされます。万感の想いを込めた、ラストレター。美しく泣けますね。

本当にいい映画です。

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「キャッツ」

猫は尊い
猫を敬え

という趣旨で、猫という生き物を歌と踊りで表す作品。なのか?

家猫の様子とか、普段YouTubeで見るそのままを俳優がやっていてのけぞります。
シャーッとかバリバリとか。生態模写なんだけど、世評どおり微妙すぎる。
しっぽの動きはよくできていたけれど、あれはCGなんだろうなあ。

そのほかはまあ、普通のミュージカルですね。いや、普通じゃない点もあって、ジュディ・デンチやイアン・マッケランに歌わせている。ちょっと気の毒なほど無理がある。まあ、音楽を強めに流して、音ずれとか声量不足は誤魔化しているけど、それにしてもなあ。
それからテイラー・スイフトは悪者側だったせいか、あまり目立たなかった。

最期の夜明けのコーラスは、まあいい感じなんじゃないですかね。まるで大陸に向かって、俺らは独立するぜするぜと吠えているイングランドみたいな趣で。EU離脱派は勇気づけられたことでしょう。ほんとか。(絵は合衆国議事堂前みたいだけどね)

 

 

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2020.01.19

「ペット・セメタリー」

スティーブンキング原作とか。なので破綻はない。映像はなるほど怖い。妻の過去というのが取ってつけたようで不自然。確かにあれで怖さが増しているけれど、本作の骨子とまるで無関係なので、細かいことが気になる人は、そこが少し白けるかもしれない。小説の中では、何か関連付けが為されているのだろうか。

死んだ者とのつながり、というのはわれわれ日本人は割と得意領域だと思う。その意味で本作は理解はしやすい。ただまあ、もうすこし儚さや諸行無常を感じさせてほしいと、和を尊ぶ民族としては思う。

本作の蘇ったやつらは、何というか、逞しいのね。ぶっ殺す、ホットスポットに放置、蘇る、ナカーマ、以上。みたいな。

それじゃ趣というものがないだろうと思うんだ。獲物というか犠牲者を追い詰め懺悔させた上で、自ら進んで死者の仲間入りをさせるような、抵抗は無駄だと悟らせ諦めの境地に至らせるような、情緒あふれるお誘いの方が、ワタクシは好みです。そんで土壇場で、いや、やっぱり俺は生きることにしたぜ! 愛など知らぬ! 悪鬼滅殺! といった展開の方がよかった。

ま、アメリカ人は比較的シンプルに、ああいう感じなんだな。

娘を想うあまり狂ってしまった父親の、その巻き添えをくう家族の、愛ぞ哀しきということで、よろしいんじゃないでしょうか。

 

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2020.01.18

「ナイト・オブ・シャドー 魔法拳」

ジャッキーチェンをVFXで若返らせて撮った、人間と妖怪の悲恋もの。
清代に書かれた原作があるということで、お話はそう悪くない。結末もまあそうだろうなと。
途中、少し間延びしている感じがあるのは残念。ジャッキー映画のスピード感は全くない。

それに、いまのあの国の体制下では、社会風刺をにおわせることもできないだろうから、ひたすら悲恋の要素だけを追求することになる。面白みに欠けるのは仕方がない。

と、終わった直後には思ったのだが、スタッフロールを見ながらふと、違う意味を勝手に読み取ることもできるのではないかと思いついた。

妖怪というのは、漢人にとっては中華の辺境を脅かす諸部族を意味してもいたろうなと。
その妖怪の女と、人間たる漢族の男が、悲恋の糸で結ばれるお話。それは何を意味しているだろうね。

ジャッキー・チェンは、中共政府に忠誠を誓って映画人として活動を続けることを許されている。表向きどうであれ、裏の事実はそんなところだろう。そういう立場の彼が、それでも今の中国や香港やそのほか辺境の自治区などについて、もしまだ何か思うところがあったとしたら、どういう作品作りをするだろう。

これがまさに、そのひとつの答えなのではないか。中華の人々と辺境の人々との悲劇的な交わり。

まあ、妄想ですけどね。
「ラスト・ソルジャー(大兵小将)」を作ったジャッキーチェンが、そう簡単に考えを変えるとは思いたくないので、そうんな風に本作を受け止めてみました。

 

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2020.01.17

「パラサイト 半地下の家族」

韓国社会の格差がどういうものかわからないのだけれど、この作品はまあ、それを扱っている。

半地下に住む底辺の人間である主人公一家は、詐欺師としての各々の能力を生かして金持ち一家に取り入っていく。金持ちに寄生して潤沢な報酬を得るその様子が、パラサイトという題名の由来だろうか。

この一家は、同じパラサイトである他の使用人たちを罠に嵌め蹴落とすことで、その地位を手に入れていく。そこには当初何の遠慮会釈もないのだが、ある事実が明らかになって、家長たる父は自分達の行為に疑問を抱くようになる。自分達がやってきたことは、現状の格差を肯定し、その枠内でのし上がることで、結果として格差を強化しているのではないか、といったところだろうか。

もちろん彼にはそんな高度な自覚はないかもしれない。彼の臭いに金持ちの社長が鼻をしかめる態度に、越えられない壁を見て、ただ静かに怒りを育む。言葉遣いや立ち居振る舞いはごまかせても、隠しようのない所属階層の刻印。金持ちの側には自覚は無いが、貧乏人の側は惧れ恥じるもの。それは臭い。

この辺りに特に、作り手の巧みさを感じる。極めて生理的なものを持ってくることで、どんな理屈よりも説得力のある格差間の壁を感じさせている。この壁は越えられない。そう思ったからこそ、父は最後にああいう破滅的な行動に出たのだろう。

ここまでは、割とよくありがちな流れだ。もちろん詐欺師ものだから、途中はらはらどきどきがいくつもあって、それ自体見応えがある。それに、途中で投げ込まれた予想外のアレが本作を最高にユニークなものにしていることは疑いない。

けれどもこの作品の面白さは、クライマックスが過ぎてからの後日譚にあるのではないか。金持ち一家は退場し、その後にまた別の金持ちが来てそれも去り、月日が流れていった末に、この芸術的な舞台に最後まで残っていたものは何だったか。勝者は結局誰だったか。

大雨で一家が避難したとき、父が言った言葉が蘇る。「計画を持たないことが、最良の計画なのだ」。ある種の開き直りではあっても、持たざる者の最強の戦略がそれだと言えなくもない。いわゆる無敵の人である。

そうして無敵の一家は夢想する。いつか持てる側に立った自分達の様子を。それはけれども夢想でしかない。目的を、計画を、持ってしまえば無敵さは失われるのだから。父はその罠を越えられなかった。息子はそれを越えようとする。映画はそこで終わります。

なかなかいい終わり方じゃないですか。見る側はいろいろに、それこそ夢想することができます。「ジョーカー」がいかにも米国的。「万引き家族」がいかにも日本的なのに対して、本作はいかにも韓国的というか。他の作品では味わえないものがありました。

 

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2020.01.13

「フォードvsフェラーリ」

熱いな!熱い!

クリスチャン・ベールがよい。
いつもよいけど本作はとりわけよい!

自分で手を動かさないスーツ族とは折り合わない気難し屋。
メカについては時間を忘れて打ち込む職人。
ドライブすれば冷静に計算し激しく血をたぎらせる野獣。
それが、妻や子供との時間では全く違うフィーリングを見せる。
いくつもの貌が何の違和感もなくひとつの男に統合されている。
奥行きがある感じ。
そして、最後の周回で、自意識を抑えることも学ぶ。

それを見ただけで十分です。

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2020.01.12

「PSYCHO-PASS サイコパス(シーズン1)」

2012~13年に地上波で放映されたアニメ全22話。

やんちゃな刑事ものの基本を押さえつつ、SF的な設定や世界観が風変りで面白い。

なにより、刑事たちを監視官と執行官というものに分けて、執行官を犯罪者の同類と見做し、それが暴走しないよう監視官を置いているという設定が変わっている。暗黙の役割分担はよく見かけるけれど、犯罪性向を数値化する世界では紛れがなく、毒を制するのは毒、という点を明らかにしている。

その中に、犯罪的行為を重ねながら、精神はそれに影響されず、結果、数値化システムからは普通人に見えるという特異な人間を投げ込んで、様々な問いを発生させるという趣向。刑事側にもそのタイプの人間がいて、葛藤を描き出す。

その設定だけで半ば以上勝ったようなものだが、シリーズの後半1/3くらいは数値化システムの秘密に焦点を当てて、さらにお話を重層化している。凝ってますね。

見せ場としては、ドミネーターというガジェットが結構いい。犯罪者と睨み合ってるさなかに引き金を引こうとすると「落ち着いて照準を定め、対象を制圧して下さい」とか悠長にメッセージを流していて微笑ましい。最後通牒の恐ろしさがいや増している。のか?w

台詞が長くて、文系学問的な問答が多いのも特徴だが、それは好みで分かれるところか。ワタクシはさっぱりわかりませんでしたw

 

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2020.01.10

「ダウントン・アビー」

へー。これ面白かった。外国人の勝手な感想ですが。

撮影に使われた館はロンドンの西百キロほどのところに実在するもので、ハイクレア城というらしい。美しい田舎の中の城館であります。

時代設定は蒸気機関車の時代。産業革命のさなかで時代遅れになりつつある貴族の暮らしに、領主を取り巻く様々な人々の営みを重ねて、変わりゆくものと変わらないものを描く。といった趣。

TVシリーズを見たことは無いですが、公式ページにエピソードの紹介が載っています。
http://downtonabbey-tv.jp/
それを見ると、貴族の地位と財産の相続を巡る物語の骨子があり、変化の時代を背景に多彩な登場人物が交錯するドラマになっているようです。

映画では、TV編には無かった国王の1日滞在というイベントを取り入れ、館のの住人達へのアンコールになっています。

ここから、何かを読み取るということはあまりしたくない気もしますが、階上と階下の住人との間に当然のように存在する距離や、にも拘わらず、それぞれの世界で展開する愛憎劇の共通性などを見る作品なのかもしれません。

間の取り方が短い早口の会話は、気取った言い回しが多そうですが、発音は聞きやすくて、英語の勉強にはいいかもしれませんね。

 

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2020.01.05

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」

最初の公開時に見たときの感想はこれ。
http://hski.air-nifty.com/weblog/2016/12/post-0731.html

その時に感じたことはそのまま変わらないけれど、リファインされた本作はもっと優しさに満ちているように見える。元の作品をそれほど覚えているわけではないけれど、ディテールが以前よりずいぶん描き込まれている感じがして、その分リアリティが増している。

普通、リアリティというと過酷な現実のことを指す冷たく固めのニュアンスがあるけれど、この作品におけるリアリティとは、より柔らかく平和で優しい日常のことを指している。その正反対の感覚から、観客は今如何にギスギスした世界に生きているのか、そのことに気づかされてしまう。今の今までそんな風には全く思っていなかったのに。

もちろん、戦争の過酷な側面も本作は描いている。日常に入り込んできて新たな日常になるところも、その不可逆性も。ただ、起きてしまったことはそれとして、受け入れて日々生きていく普通の人々の温もりが過酷さを癒していくことが、本作では一層はっきり描かれているように見える。前作よりもさらに、希望や善意の存在を身近に感じさせてくれる。

心の健康にとてもよい作品でした。

私はこの作品の原風景を自分のものとして共有できるけれど、平成以降に生まれたくらいの若い人たちがどう感じるのかは、少し気になります。

 

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2020.01.04

「Game of thrones」

いい物語でしたねえ・・見終わった直後から早くもGoTロスです(笑)。

三が日を利用して、完結して間がないこのドラマを。年末年始に海外ドラマを一気見するのは、"Walking Dead" 以来ですが、満足しました。TVドラマは普段ほとんど見ないため、このジャンルがどういう作法で作られるのか知らずに書いてしまうので、的外れな感想かもしれないけれど簡単に。

* * *

全体を通して観てみると、不評だという結び方は私には少しの違和感もなく、ど真ん中の正統だと思えました。世間が求めそうな安っぽいハッピーエンドではなかったけれど。

デナーリスの問題意識は初めから、既存の権力構造をぶっ壊す(そして新しい構造をつくる)ところにあったので、その立場に立てば、旧い王都はそれを支える住民を含めて根こそぎにするのが正しい。漸進的な考えの閣僚達に度々譲歩してきたけれど、本丸は譲らないという王者の判断で実力行使に踏み切ったということだろうと思います。私怨や憎悪が理由とも受け取れる描かれ方ですが、流れで見てくるとそうではない。私怨の表出はむしろ軍団長の役割です。「獅子は羊の評判など意に介さん」はタイウィン・ラニスターの名言ですが、デナーリスもまた、ということでしょう。

日本の物語でいえばさしづめ、織田信長といったところでしょうか。仮に本能寺の変が起きず、最終的に京都を火の海にして天皇と公家を皆殺しにした信長が、灰燼に帰した御所の跡で光秀に刺されるのを想像してみると、こういう感じ(笑)。

旧い権力構造の上位にいた者たちが全員排除された結果、エピローグでの新評議会メンバーが、かつての底辺層のうち豊富な実務経験(笑)を積んだ者だけで構成されている事実は、彼らがかつて望んだ穏やかな変化では、存命中に決してその地位を得ることはなかっただろうことを考えると、まことに皮肉です。そのことはティリオン自身が劇中で言っているとおりで、本来この種の改革は何世代もかかるはず。デナーリスは自分と同等の能力の者が何世代も続いてくれるとは思っていないので、性急に事を進めるのは致し方なかったのでしょう。

結果、彼女は道半ばで狂王の汚名と引き換えに新しい世の中の土壌を残したわけです。自分自身も含めた旧支配者が全て取り除かれた、真に自由な環境を。それを生かせるかどうかは、残された者たちの課題ですが、評議会の議論を聞くとかなり後退しそうです。3歩進んで2歩下がる感じでしょうか。差し引きの1歩に当たるのは奴隷制の廃止。でもこれは、デナーリスにすれば本望だろうと思います。彼女の苦難の道のりを考えれば、絶対に譲れないのはその点でしょうから。

物語の大筋については、まだまだ書きたいことがある気がしていますが、思い出したらまた追加するとします。

* * *

広範な舞台に散らばったそれぞれの物語は、英雄譚とか悲恋とか二人旅とか、よくある類型が盛りだくさんです。この辺りは、2時間一本勝負の映画とはまるで違って、TVドラマならでは。いまやそれもオンラインドラマと呼ぶべき時代に変わりつつあるようですが。

* * *

それにしても裸の多さよ。毎週定時の連続ドラマで視聴率維持の方策なのでしょうけれど、アメリカの普通のご家庭では、これ見るのに抵抗ないのでしょうか。よくわかりません。とりあえず俳優の皆さんいい脱ぎっぷりでした。時代考証的にはどうなんだろうかなあ。厚い上っ張りを脱ぐとその下は薄物1枚で下着なし、みたいなのはどうも違うような気がしますが、そもそも架空の世界のお話だからいいのか(笑)。

* * *

印象に残った登場人物は、何といってもティリオン。演じているのはピーター・ディンクレイジさん。彼は物語のナレーター兼進行係のような役回りも務めています。本作は基本的に科白劇、というか会話劇ですが、その中核を成す人物がこの人。まことに雄弁でした。単に口数が多いだけでなく、仕草、表情、視線、いずれも雄弁に物語を形成します。その彼が最終話で、誰を王に選ぶか意見を求められたとき、噛みしめるようにこんなことを言います。(言い回しは少し違うかもしれませんが)

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I had nothing to do but think in past weeks.
About our bloody history.
That mistakes we made.


What unites people?
Armies?
Gold?
Flags?
...
Stories.

There is nothing no well powerful than a good story.
Nothing can stop it.
No enemy can defeat this.

Who wears a better story
Is Brandon 'broken'.
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痺れます。長い長い物語を、この短いスピーチの中に見事にまとめています。ああ、見続けてよかったなと思わせます。こういうのを、かっこいいと言うのだと思います。

その彼が、続く新評議会の場面で披露された劇中本 "A Song of Ice and Fire" の中に、自分に関する記述が無いと言われて戸惑うところでは思わずニヤリとさせられます。ウィットと言いますか。あと味のいい終わらせ方です。


次点はアリア(アイヤ)・スターク。栄達に無関心で、いろいろ悩みながらも我が道を行くコンセプトが揺るがないのがいいです。このドラマはスターク家の子供たちの成長物語でもありますが、サンサの成長が、権力の泥仕合の中で陰鬱に進行し、それを糧としてある種の冷酷さを育むのに対して、アリアの成長は、町場の街道を旅する中で進みます。死の影を纏っているはずなのに、それに決して毒されない生の息吹が常にあります。

それこそが、彼女が死者たちとの対決の場面で決定的な役割を果たす理由にも思えます。物語の帰趨を決する人という意味では、デナーリスよりも、ある意味不可欠な存在。ディテールもとてもよくて、ブライエニーとの手合わせでの動きっぷりなど、かっこよいですね。演じているのはメイジー・ウィリアムズさん。


サーセイ・バラシオンは、複雑な人物です。この人は生粋の悪役には違いないのですが、子供に対する愛情は純粋です。彼女が成す悪はその愛情が起源になっています。過酷な闘争が避けられない環境の中で子への愛を貫く彼女なりの方法論が、悪を生み出すのかもしれません。近親相姦の子でなければ、もっと良い方法があったはずなので同情の余地は少ないとはいえ、自分ではどうにもならないのが愛というものなのでしょう。


そのほかにも、イグリットの悲恋とか、泣かせますね。ど定番なのに泣いてしまいます。「ぶっ殺してやる」を口癖のように言っていたのが不器用な愛情表現だなんて、もう最後に泣いてくださいと言わんばかり。ちなみにこのお二人、ローズ・レスリーさんとキット・ハリントンさんはいまではご夫婦だとか。これ以上何を言えと(笑)。
モーモント公の愛と忠誠もよい味わいです。シオンの不甲斐なさと償いとかもよい。ダメっぷりが徹底しています。ジョフリー王やラムジーの残虐ぶりとか凄まじいですね。特にラムジーは戦闘でも統治でも際立って有能なので、もし彼が勝っていたらと思うと背筋が寒くなります。それからタイウィンの深慮遠謀果断とか、ハイ・スパローの危険性とか、オベリン、ダーリオ、ブロン達の伊達男ぶりとか、ユーロンの無頼とか、ベイリッシュの陰謀家ぶり、ドロゴンの強大さ、見どころが数えきれないほどあって、キャラがあちこちで立ちまくっています。
作品の長さが違うので比較はできませんが、これだけの充実ぶりは単発の映画では不可能でしょう。

* * *

長くて、様々な要素が満載で、締めるところはぎゅっと締まっていて退屈させない、子役たちの成長が楽しみな、とてもよい物語でした。

 

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