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2019.11.08

「ターミネーター:ニュー・フェイト」

いやーこれは凄い。T2の正統的続編という看板に偽りありません。

冒頭から一気に緊迫するシーンの連続投入、一段落して“観客を”落ち着かせて背景などをちら見せしながら、、再びヒートアップして手を緩めずにエスカレートさせていく。それが嘘っぽく見えないのは、テーマをしっかり捉えているのが要所要所で見えるから。これはファン必見です。

最初のTは機械と人間の死闘だった。そこで機械は本質的に恐ろしいもの、人間の敵とされていた。

T2は、旧式ゆえに不完全な機械の中に芽生えた何かが、人の側に味方して自己犠牲の崇高さを示しながら最新鋭の機械に打ち克つというグッとくる内容だった。その点、TとT2はかなり違う。

(一応プログラムし直したと説明されてるけど、それだけだと最後のサムアップは説明がつかないよね)

 

そして本作は。

基本的に人間だが少し強い存在が現れて一層人間性が強調される。旧式機械も助太刀して力を合わせて最先端の機械を倒す。言うことありません。

基本的に"Humanity"が"Machine"に対峙するという大きなテーマは不動不変なところが、このフランチャイズ(っていうのかな最近は)の良さ。本作はそれを忠実になぞって正統の名に恥じません。

ただ、本作では重要な変化がひとつあります。

この作品では、人間の敵である最新鋭機械が己の心情を語る場面がある。いままでこういうことはなかったはず。ひたすら指令どおりに動く不死身で不気味な自動機械だったはずが、自分の意志のようなものを持っているかのように描かれている。

TやT2が劇場公開された頃と違って、機械の現実への浸透に対する感じ方には温度差がある。そういう今現在の状況でこれをどう見たらよいのか。考えどころです。

例えば、こんな話。
「オンラインゲーム「18歳以下 平日は1日90分まで」中国政府」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191107/k10012167921000.html

まあ、気持ちはわかります。一日中ゲームばっかりやっていていいとは思いません。
でもそれが例えば、特定の宗教を信じることは禁止、とか、特定の集団を批判することは禁止、異論は認めない、とかになってくると、どうでしょうか。遊びや信仰心や批評精神は人間性と深く結びついていると思うのですが、それが禁止されるとなったら。

程度問題だけれど、知らぬうちに人間性を抑圧するような仕組みが、もし出来上がりつつあるとしたら、それはまさに"Humanity"と"Machine"の闘いの予兆と言えるでしょう。本作で敵の機械たちを「リージョン」と呼んでいるのは偶然でしょうか。

考えすぎというのは簡単です。でもお隣のあの国が着々と構築しつつあるものは、スカイネットなんてものの比じゃなく怖いです。その向こう側にいるのは、正義を気取った人間であり、便利さや効率や道徳の教化という砂糖衣を被っているので始末が悪い。

スカイネットの脅威は核戦争の形で表現されていたのが、本作では糧食の供給断とされていたのも、現実味が増しています。

本作の登場人物たちが、警察などの組織力を頼らず、あくまでも自衛を旨として武器の蓄えを怠らないのも、底流にある作り手の考えが反映していそうです。現実世界の趨勢と違っていても、頭ごなしにああいう暮らし方を否定はできないという気にはなります。テキサスだし、しょうがないよね(笑

シュワルツネッガーは今回、"I won't be back."とさりげなく言って別れを告げましたが、このフランチャイズ、タイムリープものの嚆矢だけあって、いくらでも続編を作れる構造を内包しているんですよね。今回と同様に。

何年か後に、もっと世の中の状況が進展したところで、また新たな装いで作られたTを見てみたいと、強く思いましたですはい。

 

【追記】
あーでもいろいろ思い返してみると、T4あたりで人だか機械だかよくわからんのも出てきてました・・すっかり忘れてたw

 

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