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October 2019

2019.10.27

「108~海馬五郎の復讐と冒険~」

松尾スズキという人をよく知らないのだけれど、wikipediaでこれまでの実績をずらり見ていると、本作はこの人の人生を本人以外の役柄に反映させながら映画に仕立てたような気がしてきた。もちろん、思い違いだとは思うけれど。

笑えるといえば笑える。最初の方は、定型の笑いを少しだけずらしたようなこそばゆさが面白い。でもだんだん笑いより哀切感が強まってきて、そのどの場面でも、本人がその場面にぴったりに演じているのが、ちょっとすごいなと思った。多芸多才な人という印象で、その積み上げを1本の映画に仕立ててしまいましたとでもいうか。エロ要素もふんだんにあるのだけれど、エロ一枚だけの薄さではなくて、複雑な気持ちが二枚三枚と重なっている感じがいい。

フリーパスがなかったらたぶんパスしていた作品だけれど、普段見ているものとちょっと毛色が違う面白さがあった。

【追記】

でもこれ女性が見たら噴飯ものだけど(汗

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2019.10.25

「ジェミニマン」

間違いなく一級品。アクションが凄いだけでなく、その背景の人間ドラマも今を掬い取っています。

* * *

何といってもまずアクション。スピード、切り返しの速さ巧みさ、武器の自在な活用、緩急の付け方、それだけでも大満足です。

逃避行に同行する女性との連携も自然で力強い。取ってつけた感がなくていいです。最初に彼女単独の力量を見せているのも効果的。

アクション映画は、金をかけたアクションをたっぷり見せたい意識が強すぎて冗漫になるところがあり、スピードやテンポを犠牲にして大見得を切るのが多いです。MIxとかね(^^;。そのため、現実味が薄くなりがち。

が、本作は違います。動きのキレがよい。大味なカーアクションを使わない。軽快なオフロードバイクを限界まで、しかも武器として使い切っている。削れるところを極力削ったことから生まれる、迫力、臨場感、小気味よさ。芸術といってもおかしくない。なかなか味わえない感覚を体験させてくれます。

クライマックスで破壊力の大きい火器の臨場感もたっぷり。ま、あの火線に当たらない主人公というのもちょっとなんですが、そこは軽くスルーしときましょう。

さて、それだけなら凄いアクション映画がまた一本ということで終わるのですが、本作は内容もいい。以下は少し穿った見方になります。ネタバレ注意。

* * *

いまどきの多くの米国人は、遠い戦地へ出かけて行って戦争することに疲れていて、続けることに疑問を感じ始めています。主人公たちのチームが何度も口にする「戦争のない世のために」という合言葉は、まことに象徴的です。

とはいえおいそれと止めさせてもらえない。それならいっそ危険な戦闘はクローンにやらせては。そういう筋書きには、うかとすると説得力があります。

現実には、クローンではないものの、ドローンの利用がオバマ時代に拡大したそうで、米国人の被害がないならいいかと思ってしまいがちです。本作の黒幕が恐るべき現実感を備えているのは、そういう実世界の背景があるからです。が、もちろんいいわけはない。それがこの作品の一貫した主張です。

本作ではその点を、オリジナルとクローンの和解の後の締めの一波乱に、隠し玉としてぶつけてきます。ドローンを是とするなら、これはどうなのか。見ている方は、いやでも現実との符号を感じ取ってしまいます。その兵器がヘルメットを脱いだ瞬間の驚きが、話に切なさと深みを加えます。

大義が怪しい戦争を、味方の人的被害がないのをよいことに、心の痛み、肉体の痛みが無い殺戮機械を使って続けてよいわけがない、という考えが鮮明に浮き出てきます。

* * *

そういう内容なので、本作の主役をウィル・スミスが務めたのはとてもよかったと思います。
クローンの方はCGだそうで、不気味の谷を感じる部分は少しあったものの、全体的には合格点でした。

 

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2019.10.20

「第三夫人と髪飾り」

チャンアンというベトナムの世界遺産の地を背景に描かれる、秘境の裕福な家族のお話。映像がもうそれは美しいです。近代の騒々しさとは無縁の、古き良き豊かな農村風景。

監督の曽祖母の体験に基づいているそうなので、それくらいの時代のお話です。その頃はまだ一夫多妻制が残っていたようで、家族といっても、家主と三人の婦人のもとに多くの使用人を抱え、養蚕業を営む大家族です。

お話は穏やかに流れていきます。第三夫人として嫁いできた少女が、気品、気骨を兼ね備えた第一夫人のもとで、家内のあれこれを経験していく様子を描いていきます。

穏やかなりに波乱や秘密もあり、なだらかな起伏があります。が、この作品のいい点でもあるのですが、黒い感情はありません。いや、あるいは、第三夫人の中に芽生え始めていたかもしれませんが、それは誰か人に向けられたものではなく、女を柔らかく束縛する目に見えないものに向けたものです。。

その感情は、家主の息子に嫁いできた少女の悲しい運命に触れて膨らんでいき、自分が生んだばかりの幼子への哀しい想いになっていきます。

女性監督らしいというと失礼かもしれませんが、こういう作風は男の監督には作れないかもしれません。第三夫人と対照的に、活発な第二夫人の女の子が、長い髪を自分で切って朗らかな笑顔を見せていたのが救いといえばそうでしょうか。

男が振るう暴力は人の生死を左右しますが、女は異なる方法で,日常的に生死を司っている、という観念が浮かびました。

 

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2019.10.19

「楽園」

吉田修一という人の小説は、結構映画化されている。映画化に向いているかというと、よくわからない。「悪人」はまあ悪くなかったか・・「怒り」は難解だった。本作「楽園」も、わかりにくいと言えばそう。

確かに、登場人物それぞれが思い描く楽園というものがあるのだろう。けれども作中では、楽園「ではない」ものが繰り返し描き出される。そのことで、楽園とは何か、それが具体化することなど果たしてあるのだろうか、と考えさせたいかのようだ。

本作では、日本の田舎のえげつなさと閉鎖性が、しつこく繰り返される。個々のケースで見れば、まあそういうものだろうし、関わらなければいい程度のものだが、それらを少し長めの時間軸や登場人物の重なりでつなぎ合わせて、全体を貫くテーマを持たせようとしている。オムニバスというほど個々の件がばらばらではないけれど、だいたいそんな感じ。

それにしても、これを見る限りでは、田舎というものが自壊していくのは必然のようにも見える。もちろん、田舎の全てがそうではないだろうけれども、多くの田舎が末端から消えていくのは避けられなさそうだ。若者は都会へ出たいし、外から来る人が入れなければ先は見えている。当たり前すぎる結果。

私には田舎というものがないのだが、あちこちツーリングをする中で土地の人と多少言葉を交わすこともあって、映画で描かれているような閉鎖性を感じることがしばしばあった。旅行者の私に対してではなく、その地へ引っ越してきた地域経済の担い手に対する姿勢が、そのようなのだ。

そういう残念なところが、田舎には確かにある。人口減の中でどうなっていくのか、気にかけたところでどうしようもない。

* * *

そうはいっても、もう少しましな感想が浮かばないものですかね。暗い結論になるのは原作のせいですからね。たぶん。(笑

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「翔んで埼玉」

4連休ということで HIBIYA CINEMA FESTIVAL というものがミッドタウン日比谷の屋外で開かれてまして。たまたま別の映画を見に行ってみたら、プログラムの中に未見の本作があったわけです。ただと言われて見ないわけにもいかず。鑑賞しましたのです。

もうね。魔夜峰央原作ですからね。容赦ありません。へそで茶を沸かしながら腹の皮がよじれて折り紙ができるまで笑かしてくれます。wikipediaを見ると、本人は殊勝なことを言っているらしいのですが・・・

もちろん埼玉県民千葉県民その他のために、ちょっと斜に構えて、あー酷いこと言うなあくらいに良識を見せつつ見ているわけですが、内心爆笑であります。んで、この作品のよいところは、当の埼玉の人たちが何よりも楽しんでくれた(らしい)という点です。というか埼玉県人でないと本当の面白さはわからない(らしい)のです。くやしい。

てことでなんか得した気分です。

ワタクシ的には、麻生久美子が出ていて、もうキレッキレの演技を見せているだけでもう十分満足。
てか麻生久美子チバラギ人だったのかああ。

 

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2019.10.18

「マレフィセント2」

素直に言うと、すごくいい出来です。話の流れに感動します。悲劇、かと思わせてからの大逆転。このマレフィセント役はアンジェリーナ・ジョリー以外考えられないっていうくらい似合ってて、実生活でもああいう人だから説得力あるし、エル・ファニングちゃん超可愛いですし。最後にマレフィセントのドヤってる気取ったポーズと、オーロラ姫のおやおやあというニヤけなんか最高にウケます。最高の大団円です。

んで、以下は激しくネタバレです。それも悪い方の。
観る前は読まないのが吉です。


* * *


本作のハイレベルな完成度は認めたうえで、あえて、違和感を感じた点を書き留めておこうと思います。

例の呪いの針のことです。

そもそもの諍いの発端は、この針であり、それを仕掛けたのはマレフィセント自身です。前作で彼女は、自分がかけた呪いを悔やみましたが、針自体はそのままになっていた。それが、今作では人間に悪用され、両種族の決定的な対立を引き起こす道具に使われます。悪用した人間は、最後に罰せられるのですが、作り出したマレフィセントは、進化した自らの力で、さりげなく針そのものを解呪します。まるで、無かったことのように。

この、無かったことに、という感触に、ワタクシとしては引っ掛かるわけです。へそ曲がりですから。

異なる種族、社会の間の無益な対立を解消したいというのは大多数の人の願いです。それは反論のしようがありません。けれども、直近の対立を引き起こした本人が、あれは無かったことに、という立場を取るのはどうなのかと思うわけです。おまゆう問題なのです。

本作はそこのところを、実は対立の歴史は、針が作り出される遥か以前から続いているとして、マレフィセントの直近の過ちを、大きな流れの中の些細な一つとして埋没させるかのように処理しています。また、確かにマレフィセントに過ちはあったけれども、同様に、人間の王妃の業や政治姿勢が災いを招いたともしています。むしろ話の流れでは、王妃の罪の方がはるかに重いように見えます。

まあ、そうなのかもしれません。それにしても、最後に針を消滅させるときの軽すぎる態度に、ちょっと引っ掛かるものを感じるわけです。対立と恐怖の歴史は簡単には解呪されないということに、もう少しだけ注意を払って慎重に扱った方がよかった気がするのです。

この軽率さはエピローグではっきり表れます。最後にマレフィセントが別れ際に新婚の二人をからかうジョークは、内容は微笑ましいのですが、それを言うために、キリスト教圏、それもカソリックにしか通じないことを言います。世界中のディズニーファンは、どう受け止めるでしょうか。

ひょっとすると、実はさほど気にする人はいないかもしれません。そうであれば、世界は思ったより寛容で、喜ばしいことです。

それに、こうした難しいテーマにチャレンジして世に問うディズニーの姿勢には、惜しみなく敬意を払いたいと思います。

それにしてもエル・ファニング、可愛いよなあああ。

 

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「フッド:ザ・ビギニング」

いわゆる義賊の映画化。義賊というものがいいとか悪いとかにはあまり触れずに言うと、アクションは結構よいけれど、現状の世の中を一面的に写そうとし過ぎた感じ。

中東で戦う十字軍の描写も、帰郷してからのあれこれも、現在の格差を意識させ過ぎている。それが意図なのだろうけれども、少々あざとさが目立つ。

フッドの正体が割れて捉えられ、行政長官の前に引き出されたときに、国王に告発するとフッドが言い放つ場面がある。ここでの映画としての間合いの取り方は微妙だった。少し長目の沈黙を置いているのだが、その間に、見ている側はいろいろな想像を掻き立てられる。例えば、国王は黙認か場合によっては積極的に加担してるのでは、といったような想像だ。

映画では、さすがに国王に告げ口されては困るかのような流れにしていて、まあ国王も悪人にしてしまっては現代のイギリス人から相当な反発を食うリスクがあるという自重は感じられました。

穏健な手法で世の中を変えていけるのか、それとも過激で暴力的な手段が必要なのか、その辺りをかなり意識した作品に見えましたですはい。

 

【追記】
公式サイトのプロダクションノート見たら、もろにそういう意図で作りました的なことを大っぴらに書いてる。監督はCMやTVから来た人で、レオナルド・ディカプリオがプロデューサーなんだ・・・
なるほど、制作現場は、意図に極めて忠実に動いたんだなあ。

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2019.10.17

「シネマ歌舞伎 幽玄」

この種の抽象度の高い作品は、舞台に没入できる環境が必須。なので、映画館で見るのにはあまり向いていなかったかもしれない。むしろ、この後上映されるスーパー歌舞伎のようなものの方が向いていそう。

また、そもそもが舞台向けに演出されているので、カメラの活かし方が難しそう。
例えば、天の羽衣で、漁師が退いて舞台中央に空白ができ、さあこれから何が始まるのか、という不安と期待が高まる場面。カメラはその空白の緊張を写さずに、舞台中央に進んでくる天女をずっと映してしまう。編集する側とすれば致し方ないのだろう。空白を映すということに、そうは耐えられないだろうから。でも観客から見ると、ここは間をとってほしいところだった。

ほかにも、舞台を観客席から見るのとは違う、2カメ、3カメからの映像が入って、本来なら斜めを向いた役者の仕草を見るところを、正面から見せられたりして、面食らう。

というわけで、ちょっと幽玄を感じ取る環境ではなかったかもしれない。

太鼓や笛、琴などの演奏はよかったので、何か映画館のスクリーンというメディアに向いた工夫の余地はありそうに思いました。

観客は、私以外は全員リタイア組と思しき高齢者。演目を考えると、若者はさすがに見に来ないですかね。

 

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2019.10.15

「魔界探偵ゴーゴリ 暗黒の騎士と生け贄の美女たち」

詩的で病的で魔的な中世風の探偵もの。主人公はロシアのエドガー・アラン・ポーという形容がぴったり。宣伝では一応ゴシックと言っているけれど、舞台はウクライナの片田舎なので、荘厳さはありません。むしろ土着の魔術っぽい雰囲気。そのただ中に、病弱だが貴族的な風貌の不思議な力を纏った男が降り立つ、という趣。

こういうの久しく見てなかったけど、やっぱりなかなかいいです。

三部作のうちの1ということで、2,3もWOWOWのコレクションにあるらしい。1だけでもかなり面白いけれど、続きを映画館でぜひ見たいです。

 

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2019.10.14

「空の青さを知る人よ」

「井の中の蛙大海を知らず」に続きがあるとは知りませんでした。検索してみると、例えばこんなまとめがあります。
https://biz.trans-suite.jp/20675

それによると、中国から日本に渡ってきたあと付け加えられたフレーズだそうで。何事にもバランスを取ったり視点や切り口を変えてみる、我々の得意なスタイル。一面の真理でもあります。大望を抱いて誰もがそれを達成できるはずもない現実に、向き合う処世の言葉でもあるかもしれません。

映画はその辺りを匙加減よくまとめています。SF的な小道具を使って、10代後半と30代とを出会わせ、理想と現実を向き合わせることで物語を生んでいる。そのファンタジーを使うのは一人だけで、他の人々は、親子、姉妹のように、ごく普通の世代間のつながりにして、現実にリンクさせているあたり、上手いです。

キャッチコピーで“二度目の初恋”物語と言っていて、もちろんそれがお話の軸なのですが、関わる人々の別の意味での成長物語が同時進行していて、厚みを感じさせます。むしろ、姉と妹の物語の方が、中心にあるようにも見えます。そういう多義的なつくりが、作品の質を上げています。

背景画も力が入っている。日本の地方の風景を克明に描いていて、これくらいが今の時代の標準になってきているとしたら、なかなか凄い。ハードルが上がっている感じです。

アニメをたくさん見る人にとっては、ある種のパターンかもしれませんが、たまに見る立場からすると、結構いい作品に思えました。映画は一発芸ではもたない長尺の世界なので、作品のレベルが高いのはむしろ当然なのかもしれません。

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2019.10.13

「パリに見出されたピアニスト」

パリの駅舎には、ストリートピアノなんてものがあるのねえ・・というのがまず驚き。日本でそういうことはまず考えられない。楽器店の店頭で、自由に弾けるのはあるかもしれないが。文化の違いですかねえ。。

このツイートとかにも、「駅ピアノ」というのが出てくるから、割と一般的なことなんだろうか。
https://twitter.com/phootahh/status/1179707830292451328
うらやましいし、かっこよすぎます。

さて、映画の方のお話は、少し作られ過ぎている感はある。偏見や格差、自己嫌悪など各種取り揃えて、格差解消理念を掲げてまとめましたというつくり。まあ、そうはいっても主人公のおじいさんは、たぶんそれなりに文化資産のありそうな人で、種を撒いてくれたからなんとか成立している。少し醒めた目で見ればそういうところ。

音は、映画館によってかなり違いがあるのだろうけれど、「蜜蜂と遠雷」のときほど良くはなかった。小さい劇場だから、それはまあ仕方がないか。

主人公の彼女に、coloredな人をもってきているのも不自然な気がする。それとも、これで自然なんだろうか。フランスも表面の理念とは別に、実際には差別がひどい国らしいから、こういうところに作り手の苦衷も感じられたりする。

エピローグで、晴れ舞台がニューヨークだけど、なんだかパリより上みたいで、まあ実際にそうだとしても、もう少し何か工夫はなかっただろうか、とは思います。

中心になる三人の俳優さんは、なかなかよかった。
特に、クリスティン・スコット・トーマスさん。割と好みかも。

そんなところですか。

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「ボーダー 二つの世界」

二つの種族がある。わけあって違う種族の中で育てられた者が、自分のルーツに目覚める。その際、同じ種族のはぐれ者と最初に出会い惹かれるが、その憎悪に巻き込まれる不幸がある。道を誤るかに見えたが、育ての親から教えられた善良さに救われ、はぐれ者を退けるものの、深く傷つく。

同族の絆と、己が善と信じる生き方との間で選択を迫られるのが、お話の肝。

割とありがちな筋書きだが、種族の設定が面白く、それに付随してファンタジー色の強い脚色がある。

例えばこれがアバターのような見目麗しいと言えなくもない異星人だと、また違った印象になるだろう。そこをあえて、この種族を持ってきたところに、少しキワモノ感を覚えなくもない。好き嫌いはその印象によって分かれるのでしょう。

お話自体はしっかりした骨組みで、悪くないです。
巷ではダイバーシティが持て囃されるけれど、どの程度までなら受け入れ可能なのか、暗に問いかけてきているような気もします。どうでしょうね。

公式サイトに載っている著名人たちのコメントが、様々な切り口を示して、この作品の奥深さを物語っています。

エピローグで主人公は、僻地に隠れ住む善良な仲間の誘いを受け取るわけですが、北欧人の間では、あの国ってそういう神秘を湛えているという位置づけなんだろうか、というあたりに微笑ましさを感じましたです。我々にとっての、遠野物語みたいなものなんでしょうか。

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2019.10.11

「真実」

この種のことを日本でまじめにやると、なぜか重苦しく湿っぽくなる印象がある。
我々は真実に向き合うのが苦手だ。演じることもまた真実だと信じられない。

だから、海外でこれをやってくれてとてもよかった。
軽やかで、諧謔があって、真実というものと戯れながら素直に向きあいやすい。

劇的な趣向は無い。
たしかに母娘が鋭く衝突する場面はあるが、大人の物腰で制御している。こういうところはハリウッド映画ではやれない良さだ。長い間に観客の違いが積もって、これを生んでいるのだろう。

代わりに、はっとさせる一瞬がたくさんちりばめられている。
上質な、という言葉をなんの含みもなく贈ることができる。

何度も見返して真似したくなる、とても良い作品でした。

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2019.10.09

「メタリカ&サンフランシスコ交響楽団:S&M²」

20年前にこの組み合わせでグラミー賞をとったとかで、その20周年記念かつ新しいアリーナのこけら落としということで公演があったそうで。音楽はさっぱりわからないけれど、先日「蜜蜂と遠雷」で味をしめたので、これはどうかなと行ってみた。

正直な感想としては、あまりうまい組み合わせとは思えなかった。3時間弱の途中で飽きました。ひょっとすると、ロックだけでも飽きたかもしれない。

ロックというのは、よく知らないけれど、例えば「春」を表現してみて、と言ったら、たぶん出来ないのではないか。「怒り」を演奏して、と言われれば、たぶん得意だろう。一方、オーケストラは、どちらもできるけれど、怒りの表現はロックより弱くなりそうだ。そう考えると、表現する対象に得手不得手がありそう。まあ当然と言えば当然だけど。

それで、この収録映像はどちらかというと、ロックの単調な力強さの方に寄っていて、オーケストラの繊細でふくよかな厚みは出ていなかった。仕方がありませんね。電子楽器の耳障りな音は大き過ぎて、劇場の音響も含めた環境で聞かせる管弦楽器の音を簡単に殺してしまう。

それに、ロックの方は音楽というより、ショー、あるいはパフォーマンスに近い。実際、ボーカルの人も、パート1が終わったところのトークで、自分たちの演奏を「ショー」と呼んでいた。まあ、そうなんだろう。

ということで、ちとはずれでした。
これに懲りずに、音楽ものも時々聞きに行くようにしたい。

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2019.10.07

「エンテベ空港の7日間」

1967年の事件というから、東京オリンピックの3年後。
当時は大成功した人質救出劇ということで、盛んに映画化されたらしい。
それが、なぜ今また。というのが初めに浮かぶ疑問だ。

映画作品としては、取り立てていうほどのものはない。少し脚色があるというのは、平行して映されるダンスシーンだろうけれど、それが特に必要とも思えない。あの一人だけ他と違う動きをするのは、殉死した中佐のことなのだろうか。

どうも、いまひとつ意図がわからない作品でした。

まあ、民間人を人質にとって何か要求を通そうとする時代ではなくなって、多少はましな世の中になったのかどうか。現地では相変わらずときどき実弾が飛び交ったりしているそうだから、あんまり進歩もしていないのか。

 

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2019.10.06

「蜜蜂と遠雷」

音楽はさっぱりわからないけれど、劇場に響き渡るピアノの音は素晴らしいと思いました。小学生の感想文のようですが。

それもそのはずで、実際に演奏しているのは、日本でも指折りのピアニストたちだそうです。もうね。それだけでおなか一杯。見てよかったわー。もちろん、生の音楽が持つ一回性は映画にはないけれど、そこはまあ少し目を瞑りましょう。

で、感想おしまいでもいいのだけど。


ピアニストという職業を人との争いの場としては描かずに、むしろ、音楽に魅せられた人々の共鳴する様を描いているのがとてもよいです。

この種の題材で、音楽とは関係ない黒い感情を絡めて描いてしまう作品も多いけれど、本作にはそうした嫌なところは全くありません。見ていてとても清々しい気持ちになれます。集中感、没入感、浮遊感、そして共鳴。

音楽の良さって、何かを洗い流して純化してくれるところにあるんだなあと、この作品を見ていると思えてきます。

ほんの少しだけ欲を言うと、演奏中のシーンは役者の上半身と鍵盤を踊る手とを交互に切り替えてつないでいくのですが、役者が映っているときの腕の動きが曲とシンクロしていない感じが微妙に目立って、そこだけ気になりました。でも些細なことです。

映画はいろいろな芸術を取り込んで見せてくれますが、本作はその種の作品の中でも出色の出来と言えると思います。

 

(そうそう、こういう感じ)

https://natalie.mu/eiga/pp/mitsubachi-enrai

 

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2019.10.05

「東京ワイン会ピープル」

この時期、日本のピアニストの卵たちを描いた映画も公開されていて、それを見ると、ピアノというものが、随分日本に根付いている印象を受ける。天才であると同時に職人であることも求められる技芸の世界だからなのだろうか。それは日本人の気質と会うのかもしれない。

翻って、ワイン会についてはどうか。この映画を見る限りでは、残念ながら根付いているとは言いづらい。カタログスペックやら印象やら、それっぽいことを語るだけで、鍛錬の要素がないからなのかどうか。

もちろん、生産者は日々研鑽を積んでいるだろうとは思う。日本の農家は真面目な努力家が多いだろう。けれども、出来上がったワインを飲む側はどうかといえば。。

もちろん、比較の対象を間違えているとは思う。ピアニストと比較するなら、ワイン醸造家をもってこなければならない。だから、トスカーナやブルゴーニュの生産者達を描いた作品は定期的に作られるし、映画としての質が備わってもいる。

ただ飲むだけの一般の我々は、飲み食いのことにそこまで命を懸けていないし、それでいい。そして、その程度の対象では、映画として成立させるだけのテーマにはなり得なかったのかもしれない。

というわけで、本作は、ちょっとこれはどうかなという作品でした。作りも素人っぽいし、映画館の他の通常のラインアップからは完全に浮いている。

そもそも、ワインなのになぜ東京? まあ、いいんじゃないですか。

 

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2019.10.04

「ジョン・ウィック:パラベラム」

第1章は見て、2章は見なかった。この3章は2章の続きで、4章に続く。
きりがありませんw。

まあ殺すわ殺すわ。荒木又右エ門36人切りどころではありません。100人くらいは軽く殺している。
お話はまあ適当で結構。これは殺して殺して殺しまくる合間に、任侠風の貸し借りを見る映画なのです。

本作の中でよかったのは、ひとつは、出だしのナイフ投げ合戦。逃げ込んだ博物館には、旧式の銃ばかりで役に立たず、代わりに大量にあるナイフは実戦に使えるものばかり。もう手当たり次第にびゅんびゅん投げまくります。あー爽快。

もうひとつよかったのは、モロッコへ移動して、ハル・ベリー演じる旧友とその飼い犬たちと一緒に、刺客を殺しまくるシーン。人と犬の動きが、計算されたとおりに連動していて、おっと思います。犬は相当訓練されているんだろうな。

その他は、寿司屋のおやじが自意識過剰でやばいのと、裁定人が無慈悲な美女でワタクシの好み。痺れます。

そんなところですかね。
第4章はさらにエスカレートしそう。

【追記】
裁定人を演じているエイジア・ケイト・ディロンさん、なんとノンバイナリーというジェンダーだそう。そういう人がいること自体、初めて知りました。わからんのー。

 

【追記2】

https://wired.jp/2019/10/05/jonwick3-ikeda-review/

しまった、こういう風に語ればよかったか。できないけど(笑

wiredの映画評は、たいがいピントがずれている感じがしてたけど、この文章はどんぴしゃり。

実際に、裁定人が「我々はハイテーブル」と威圧するのに対してウィンストンが「我々はニューヨークシティ」と拮抗するかのような発言をするのが、本作の頂点だったわけだから。

んー痺れる。

すると、「パラベラム」の意味は、本作3が次作4への助走であると考えると、すんなり腑に落ちる。ウインストンどう動いて、どう語るのか。

いやー。すげー。次はもうちょっと真面目に見よう。

裁定人にああいう名前、ああいう属性の俳優をあてた意味も、ひょっとすると深読みできるのかどうか・・・

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「ジョーカー」

いやー。感想を書きづらい作品というのが世の中にはありますが。
やばいものをやばいタイミングで見ちゃったですよ。
どうやばいか。

一応、前宣伝ではJOKERは悪だよーんという建前を言っています。確かに、彼の考えと行動は、妄想に基づくことが明かされて、同情するのは難しい。また、現在の秩序を破壊するものだから、変化を嫌う立場から見れば問答無用で悪だともなるのでしょう。イノベーション?それ悪だよねw というのと同じです。

けれども、そのことの是非とは別に、持てる者はますます持ち、持たざる者は持てるものをも奪わる傾向があからさまであることも否定できません。ジョン・ウエインとアーサー・フレックでは、およそ出発点からして天地の違いがあり、同じ努力をしても報われ方には雲泥の差が出てしまうことは避けられない。かといって、フレックのような人間すべてに十分な機会を用意することもまた不可能です。これを理不尽と言わずしてなんとする、といったところです。

斯くの如く、私のような人畜無害な一般人でさえ、つい力んでしまう魔力が、この作品にはあるわけです。そこがやばい。

まあワタクシとしては、もう一人の自分が、他人を羨まずに、マイペースで行くところまで行けばいいじゃないと囁いてくれるので、受け流せるわけですが。


本作は、アカデミー賞間違いなしという評判だそうだけれど、違うと思うなあ。これにはもっと別の、今は存在しない種類の賞が必要だと思いますけどね。この呪いを解くためには。

ホアキン・フェニックス、いままでのジョーカーと違って、主役という立場の違いがあるとはいえ、誰よりもジョーカーらしい、素晴らしい仕事をしてくれました。

【追記】
https://twitter.com/shintak400/status/1185365273806696448
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67821

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2019.10.03

「SHADOW/影武者」

誰もが善人であり、誰もが悪人である。ということを、太極図に象徴させながら、水墨画のような渋い色調と、かっちりした構図で描き切っている。画面にダレや緩みがない。

妙な武器が出てくる武闘シーンはエンタテイメント性を盛り上げるし、端正な妻が今生の別れで見せる乱れ姿はほどよく背徳の色香があるし、最後の宮殿の晴れやかなシーンで目出度くエンディングかと思えば、突然、映画全体を締めくくる陰謀の修羅場に突入。虚実が交錯する二段、三段の 劇的な変化で、決着まで一気にもっていく。

チャン・イーモウ、やっぱり凄いです。

これ、傑作と言っていいと思います。

クレジットを見ると、オール中国な作品で、きっと厳しい検閲があるのだろうけれど、時代劇ならさほど影響は受けないのかもしれません。そういう分野にシフトした監督は、大正解というべきでしょうか。

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「ヘルボーイ」

ギレルモ・デル・トロのヘルボーイは、割とよかった記憶があって。今年のはそのリブートだそう。お話は以前のとは違うかも。

ストーリーほかは、まあ、アメコミ系ですからね。こんなもんでしょう。巨人とか魔物とか魔女とかの造形は、伝統的にこのシリーズはよいです。原作から写してきてるんでしょうか。よく知りませんが。

といっても、ゴールデンアーミーに登場した死神にはちょっと及びません。造形だけで人の情動を揺り動かせるのなら、熊とか鮫でもいいわけで、より高次元のものは、造形とさりげない仕草に加えて、知性を揺さぶる恐怖を備えなければ。

ともあれ、本作でよかったのは、ミラ・ジョヴォビッチ演じる魔女ニムエ。ミラ様、演技派ではないと思うんだけど、長くやってるうちに顔をつくるのはうまくなった。たっぷり拝めます。

それと、ヘルボーイが例の伝説の剣を握って現出した地獄の王。それまでのニムエとの立場が一気に逆転して、今度はニムエが恐怖に震えることになります。それまでニムエの強大な魔力を描いてきてこれですから、うまいこと強調されてます。

という具合で、部分々々でいいところはありました。
それでよしとしたいところ。

 

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2019.10.01

「サラブレッド」

2017年と少し前の映画。こういうの、ロマンシスというらしい。男どうしだとブロマンス。いつもつるんでるというくらいの意味なんだろうか。そのロマンシスな感じと、そこそこ上流階級子弟のスノッブな感じが混ざり合った舞台設定の上で、シャレで殺人計画が展開される。

いやー。わたくしには縁遠い世界です。太鼓の音がとても効果的で、現実離れした空気を醸し出していて、アニャ・テイラー=ジョイの雰囲気とよく似合う。じっくりじわじわ面白かった。

そもそもアニャ・テイラー=ジョイを見るという目的もたっぷり果たせましたし。この人は特徴的な顔の造作のおかげで、居るだけで他と違う存在感があって、使いどころはいろいろあるはず。まあ、目力の活かし方次第ですかね。
「スプリット」のエンディングをきっちり締めてくれたし、本作の最後でも、誤またずにこの映画の本質を瞬間で見せてくれました。まだまだ磨く余地があると思うけれど、普通の感情とか人間味とかを超越した、それでいて無感覚ではない、我々凡百の民とは違う何かを、これからも演じ続けてほしいです。因みに彼女は、お父さんが国際銀行家だそうだから、そういう世界を多少知っているのだろうと思われ。

 

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「カーマイン・ストリート・ギター」

ギターづくり職人を描いた小品。

ギターの胴を、ニューヨークの古い建築の廃材でつくるという、一風変わったコンセプトの店を取り上げる。

一応、建築屋でもあった者として言っておくと、その一枚ものの古材、今ではすんごい値打ちものなんだが。

映画はひたすら、職人のおやじと音楽家たちの会話、彼らの試し弾きを次々に映していく。はじめから終わりまでただそれだけ。

音楽に詳しい人なたきっと垂涎ものなのかもしれない。

さりながら音楽オンチな私にも、試し弾きされる音が一流のものらしいことは、なんとなくわかる。スムースという表現が作中にもあったけど、実にさりげなく、滑らかで、ふくよか。

目で見るなら眼福というところを、耳でいうと何というか知らないが、そんな感じでした。

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