「カーライル ニューヨークが恋したホテル」
セレブが大勢出演して、このホテルがどんなに素晴らしいかを口々に語る。
スタッフはセレブとのエピソードをちら見せしながら、自分たちのポリシーを語る。
このカテゴリの作品としてはいつもどおりのパターン。
ジョージクルーニーの語りが結構あって、それでもっている感じ。
とはいえ、くさす気は毛頭ない。このホテルが超一流である理由が垣間見えるからだ。
スタッフは何十年と勤めているベテランも多い。まだ7年くらいのスタッフも、一生ここで仕事をしたいと言う。たぶん、人を居心地よくさせ、かつ成長させる何かが、この環境にはあるのだろう。その環境をかたちづくっているのは、客、スタッフ、建築だ。それらが混ざり合って、独自の生態系を作っている。それを描き出すのが、この種の作品の値打ち、ということだ。
マリリンモンローが使ったという秘密の通路について聞かれた、勤務歴51年というコンシェルジュの受け答えがお見事。「そういう通路があるという話は聞いていますが、まだ見つけることができないんですよ。50年探し続けているんですがね。」そう言って、彼はちょっとウインクを交えて朗らかに笑うのだ。質問者とは格が違う。
西欧人がこういうスマートな受け答えを咄嗟にとれるのは、子供のころからそういう環境で育ってきているからだとは思うけれど、それ以上に、このカーライルという古き良き空間で涵養されたところも大きかろう。
私としては、ウェス・アンダーソンが、バーの壁いっぱいのファンタジックな絵について、あるいはアールデコの内装について、少し語ってくれたのがよかった。ウッディ・アレンは写真で出てくるだけだったが、公式サイトによると、ここカーライルでクラリネットを毎週月曜日に演奏していて、アカデミー賞の出席をその演奏のために断ったとのは有名な逸話、なのだそうだ。
やはり長くコンシェルジュを務め、多くの客に愛されてきた吃音の有名スタッフが辞めることになったのだが、その理由が重い。昔は人々はもっと上品だった、と彼は言うのだ。
服装や立ち居振る舞いは、時代と共に変わるものだから、それについては意見の相違があるだろう。ただ、彼らスタッフのウィットの利いた受け答えを聞いていると、そうした知性がだんだん失われてきたということが、口には出さない本当の理由なのではなかろうかと、見ている方には思えた。
願わくは、そうした品と格のある空間が、この先も永らえんことを。
でもね。日本でも歴史の古い町に、そういうところは、実はたくさんあったりしないのかな。