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August 2019

2019.08.31

「カーライル ニューヨークが恋したホテル」

セレブが大勢出演して、このホテルがどんなに素晴らしいかを口々に語る。
スタッフはセレブとのエピソードをちら見せしながら、自分たちのポリシーを語る。

このカテゴリの作品としてはいつもどおりのパターン。
ジョージクルーニーの語りが結構あって、それでもっている感じ。

とはいえ、くさす気は毛頭ない。このホテルが超一流である理由が垣間見えるからだ。

スタッフは何十年と勤めているベテランも多い。まだ7年くらいのスタッフも、一生ここで仕事をしたいと言う。たぶん、人を居心地よくさせ、かつ成長させる何かが、この環境にはあるのだろう。その環境をかたちづくっているのは、客、スタッフ、建築だ。それらが混ざり合って、独自の生態系を作っている。それを描き出すのが、この種の作品の値打ち、ということだ。

マリリンモンローが使ったという秘密の通路について聞かれた、勤務歴51年というコンシェルジュの受け答えがお見事。「そういう通路があるという話は聞いていますが、まだ見つけることができないんですよ。50年探し続けているんですがね。」そう言って、彼はちょっとウインクを交えて朗らかに笑うのだ。質問者とは格が違う。
西欧人がこういうスマートな受け答えを咄嗟にとれるのは、子供のころからそういう環境で育ってきているからだとは思うけれど、それ以上に、このカーライルという古き良き空間で涵養されたところも大きかろう。

私としては、ウェス・アンダーソンが、バーの壁いっぱいのファンタジックな絵について、あるいはアールデコの内装について、少し語ってくれたのがよかった。ウッディ・アレンは写真で出てくるだけだったが、公式サイトによると、ここカーライルでクラリネットを毎週月曜日に演奏していて、アカデミー賞の出席をその演奏のために断ったとのは有名な逸話、なのだそうだ。


やはり長くコンシェルジュを務め、多くの客に愛されてきた吃音の有名スタッフが辞めることになったのだが、その理由が重い。昔は人々はもっと上品だった、と彼は言うのだ。

服装や立ち居振る舞いは、時代と共に変わるものだから、それについては意見の相違があるだろう。ただ、彼らスタッフのウィットの利いた受け答えを聞いていると、そうした知性がだんだん失われてきたということが、口には出さない本当の理由なのではなかろうかと、見ている方には思えた。

願わくは、そうした品と格のある空間が、この先も永らえんことを。


でもね。日本でも歴史の古い町に、そういうところは、実はたくさんあったりしないのかな。

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2019.08.30

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン...ハリウッド」

これは、傑作という言葉とは少し違う気がするけど、とてもいい映画だ。それだけは間違いなく言える。
辛い境遇の中に、友情とか愛とか、温かい気持ちが満ちている。特に最後の方がそうだ。

タランティーノの作品は、もちろん全部見てはいないけど、いつも多少殺伐としたところがあるように思えた。映画の技法としてではなく、登場人物や作風が醸し出す空気が。

ところが、本作は・・・

描く対象を大切に慈しむような、この雰囲気はどうだ。タランティーノ、とうとう大成したのだろうか。

いや、もちろんこれまでのタランティーノの殺伐感は、本作においてもヒッピー達に色濃く表れてはいる。けれども、それは本筋を際立たせるために対置されるにすぎない。

シャロン・テートという人は実在の俳優さんだそうだ。カルトな事件に巻き込まれて悲惨な最期を遂げた。そういう背景を取り込みながら、事実とは違う、幸せな暮らしぶりを描き出している。

デジタル技術に席巻されつつある業界の中で、まだアナログが主流だった頃を、そのように描きたいと、彼は思ったのかもしれない。

デジタルネイティブな世代に、この作品がどう響くのかはわからないが、ウェットなもので世の中が満たされていた頃を、これほど印象深く掘り起こしてくれたことに、感謝したい気持ちでいっぱいです。

これはひょっとすると、私的な映画なのかもしれません。映画人タランティーノの心の裡を覗き込むような。。

 

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2019.08.24

「二ノ国」

異世界もののファンタジー。対象年齢層は少し低目かと思ったけれど、観客は10代後半より上でした。もっと小さい子供連れが見に来てもいい仕上がりです。作り手もその想定で、台詞や展開を組み立てている感じ。お話の筋はさほど悪くなくて、まあシネコンのレパートリーに入っていてもおかしくはない。

最初からずっと、落ち着かない設定が一点ありますが、締めくくりで綺麗に回収して、腹に落ちました。この後味はなかなかいい。

声優さんは全体にもう少し情感を込めてもよかった。過剰にデフォルメするいわゆるアニメ声は嫌いだけれど、かといって平板なのがいいというわけでもなく。子供向けといっても、ちょっとそこは惜しかった。

暇を持て余しているなら、見てもいい感じでしょうか。

音楽は久石譲です。
餃子の王将とコラボしてます。
何考えてんねんw

 

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「ドッグマン」

貧乏くじを引いてしまう男の話。

人はよいのだが、自我というものが弱く、日常と堕落との境目が曖昧で、いつのまにか不条理の罠に落ちてしまう、そういう男。根っからの悪人には利用しやすい奴と映る。

悪人の中の善人風の面を見て、仲間だと錯覚する。気付いた時にはもう手遅れ。犯罪に巻きこまれ、それでもなお仲間と思い違いした悪人を庇う。少し、欲もあったかもしれない。結局、罪を被って刑務所で過ごした後、戻ってからが・・凄惨だ。

人が悪の道に入ってしまうのは、案外ちょっとしたことからなのだろう。そうなってからも、意識せずに惰性や成り行きで、次第により大きな悪を為してしまうのは、もともとの自我の弱さゆえなのだろうか。

気を付けないとね。
くわばらくわばら。

主演のマルチェロ・フォンテさん、全くの無名俳優だそうだけれど、とてもそうは思えない。温厚で小心な人の中に潜む鬼を、見事に演じてくれます。ひょっとすると、監督と脚本が役者に大きな影響を及ぼしているのかもしれないけれど。

そして、監督のマッテオ・ガローネ。この名前は憶えておかなければ。

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2019.08.22

「五日物語 -3つの王国と3人の女」

原題は "Tale of Tales"。 2015年に制作された寓話に基づく映画。ルネサンス期の物語が原作の由。
原題は原作の正式名称だが、邦題は原作の俗称「ペンタメローネ」から採っている。

wikipediaを見ると、ペンタメローネは51の物語から成る、ヨーロッパで最初の本格的な民話集とされている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%8D
本作は、このなかのエピソードを元に作られた。

渋谷ヒューマントラストで夜1回限りの上映だったが、タイミングよく見ることができた。
直截的なものより寓話的な作品がもともと好きだという点を差し引いても、本作が極上のストーリーと緻密な映像を備えていることは間違いない。

女の生涯の中の3つの執念を、3人の女それぞれに映し出しながら、じっくりとした展開で見せてくれる。男の目から見れば、愚かで哀れな話なのだが、ふと、女の傍らに居る男達のありさまに気付けば、似たり寄ったり、いやむしろより哀れなものだと気付いてしまう。

そして、執念を描きながらも、それぞれの物語の結末を通じて、因果応報の理も顕している。

最後の場面。見上げた空を背にした鮮やかな絵柄は、限られた時間の中で危ういバランスをかろうじて保ったまま、次の因果が回りだしていることを暗示してはいなかっただろうか。

民話が備える魅力を存分に再現して余韻を残してくれる、記憶に残る作品でした。

 

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2019.08.17

「アートのお値段」

扇情的なタイトルだけれど、アートって何だろうという素朴な疑問に絡めて、頭の体操をさせてくれる作品、くらいに思っておけばいいだろうか。

アートは投資だというコレクターがいて、この意見はわかりやすい。それ意外の意見は・・あんまり目立たなかった。みんな、これこそがアートの本質だ、みたいな明言は避けていたように見えた。手掛かりになりそうなことは言っているのだけど。

まあ、人を人たらしめている活動のひとつ、くらいに漠然と思っておけばいいのかな。


過去の巨匠の作品が、徐々にオークションに出てこなくなって、アートを取引する市場は一時期、衰退に向かっていたそうな。ところが、現代アートというものが脚光を浴びるようになり、富裕層が世界的に増えて、アートを株や不動産と同列に扱うように世の中が変わってきたという。特に、銀行がアートを分散投資先のひとつとして薦めるようになったという話には驚いた。子供のころ学校の美術の時間に習った素朴なものとは、いまや全く異なるものに変貌しているようだ。かなり作為的な感じがしなくもないが、金持ちが金の使いどころを求めてということなら、まあいいのじゃないか。チューリップの球根と同じだろう。

ところで、投資家が作品を私有してしまうと、多くの人の目には触れなくなる。美術館に置けば金持ちも貧乏人も等しくアートに触れることができるのに。

それについて、アートを創る側の人たちには忸怩たる思いもあるようだ。精魂傾けた作品が、誰にも見られず、市況によって価値が上下する株と同じなんて、簡単には受け入れられないだろう。

もちろん、中にはこの状況を活用する人も出てくる。ジェフ・クーンズという人は、工房を構えて多くの職人を雇い、大作を計画的に生み出していく。ルネッサンスの芸術家が棟梁として同じ手法をとっていたそうだから、あながちおかしなやり方でもない。クーンズの場合は更に、ラグジュアリープランドの形成を明確に意識しているように見える。村上隆もそんな感じだろうか。世評は二つに割れているらしい。
もっとも、クーンズの場合、公共の場に置かれる巨大なオブジェも多いようだから、必ずしも投資家向けの作品ばかり作っているわけでもなさそうだ。

他の芸術家たちは、いかにも芸術家というスタイル。一人で制作し、金にはあまり縁がなく、何かに問題意識を持っているか、自分の感性を迸らせるか、手練の技を極めるか、それぞれのやり方で、人の人たる何かを表現しようとしている。

映画を見終わって思うのは、アートのすそ野が広がるのは、いいことだなという印象だ。人の活動を純化したものがアートなのだとすれば、そして、人が最低限生きるための生産活動に使う時間が徐々に少なくて済むようになっていくならば、アートの言葉で括られる分野はもっと広がっていくのだろう。

なんだか、わかったようなわからないような、いつもそういう気分になります。アートというものを考えるとね。

 

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2019.08.16

「イソップの思うツボ」

”カメ止め”の監督と仲間たちによる云々というだけで、同じ手法なのかなあと思いつつ、見てみました。

コンセプトは前作と同じ感じ。本作では、カメ止めで驚かせてくれた中盤での視点切替えの大技に加えて、登場人物の意外な繋がりが進行とともに明かされていく面白さが追加されています。
手作り感はここでも生かされていて、この感じが、続くといいですね。

まあ、それだけと言ってしまうと、そうなのですが・・

この作品では、エンターテインメントというものの一部が、それを享受する側の悪徳に支えられていることを、遠景に描いています。
最後に裁かれるのは、見る側と見られる側をつなぐことを生業にしている人たちで、暗黙のメディア批判と言えそうです。一般受けしそうですね。

でも、見る側としては、もう少し想像を膨らませてもいいかもしれません。モニターの向こうで仮面を着けて一部始終を楽しんでいた人々は、趣味の悪い金持ちという設定でした。

本当にそうでしょうか。

あれは実は、無料メディアを通じて質の悪いコンテンツにしか繋がりを持てない、そして、それが世界の全てだと勘違いしかねない、我々普通の”匿名の”人々の在り様ではないかとも見えました。

どうも落ち着かない後味です。
ひとごとでは、ありません。

 

[追記]
まあ、そうはいっても、世の中暇と金を持て余して不善を成す人も、たしかに一定数いるみたいなんですけどね。
事例:ttps://twitter.com/harukazechan/status/1162216655016960000

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2019.08.15

「アルキメデスの大戦」

これは力作。
原作のアイデアだろうと思うけれど、見てよかった。

戦争が負けで終わった記念の日だし、何かそれ関連の映画を見ようと思ったけど、悲愴で重々しい作品は見当たらず、代わりにこの軽そうなのがあった。

正直なところ、あまり期待していなかったのだが、若者が見出すファクトが老人の妄想を打ち砕くようなストーリーなら見てもいいかなくらいの気持ちで行った。

そうしたらものの見事に、いい方に裏切られました。

たしかに9割方は、ほぼ予想どおりの展開。戦艦か空母か、新造艦をどちらにするか二派に分かれての攻防は、適度に山あり谷ありで面白かった。

それだけなら普通、ということで終わっていたのだが・・

最後の1割は息が詰まる。

空母派がいったんは勝利するのだが、若者の純粋な思いも天才級の才能も、結局、老人の深い読みの前に首を垂れることになるのだ。年寄を舐めたらいかん。

しかもその読みは、まさに若者の思いと同じ方向を指し示しているのだから、文句の付けようがない。

もちろん、史実から逆算して組み立てたフィクションだろうけれど、こうも上手く組み上げられると、もう脱帽です。

それに、主戦派にしろ反戦派にしろ、表向きはともあれ、それぞれに内心複雑な考えがあっただろうことは想像に難くないのだから、こういう話も十分あり得たかもしれない。

そう思わせるのに成功している点で、この作品は力作です。

山本五十六は反戦派だったとされているけれど、軍略に長けた者がその才能を発揮する場を得られるならば、思わず熱くなるのは当然だ。

「いや、お前は反戦派だと思っていたけれど・・・」のあとに、空母派の親玉がぽつりと言った台詞。そして戦艦派の技師長の透徹した未来予測。この対比が本作の白眉だろう。

戦艦=主戦派、空母=反戦派の図式が、鮮やかに崩されます。

たいへん満足しました。


そうそう、イアン・マッケランがなぜここに、と思ったら田中泯。とてもよかったです。

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2019.08.14

「ワイルド・スピード/スーパーコンボ」

シリーズ9作目、2001年からというから息が長い。私は見るのは本作がはじめて・・だと思います。本作は、シリーズのスピンオフという位置づけでしょうか。

ヴィン・ディーゼルが出ると、どうしてもクライムムービーの感じになるので敬遠していたというのはあります。嫌いじゃないんだけど、いつ騙して引き金ほんとに引いちゃうかわからない怖さ、みたいなところがあって(汗。

けど、ドウェイン・ジョンソンとジェイソン・ステイサムとなれば、全然別もの。ご家庭向けと言ってもいいくらいです。この二人、口ではいろいろ汚いことも言うけど、基本は品行方正で安心して見ていられます。

この2人を中心に、スピードとパワーあふれるアクションの連続。特に意外性や逸脱はないけど、これだけのアクションを見せてくれれば十分満足です。

前作の ICE BREAK などは、予告編を見る限りでは、潜水艦が絡む大立ち回りが見どころ、みたいに見せ場がわかってしまっていたけど、本作はその点、見るまではわからない楽しみがあります。

基本は車の映画だから、あまり大仰なものが出てきても却って嘘っぽさが目立つので、本作くらいがちょうどいい具合かな。

ヒーロー効果が少し目立ってしまうのは、まあ仕方がない。それはお約束ということで、様式美のアクションを楽しみましょう。

 

 

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2019.08.12

「ライオン・キング 」

えーっと・・・
つまりこれはミュージカルなわけね?

映像だけは超リアルなライオンやハイエナやイボイノシシとかが、突然歌って踊りだすんですよ。なんという異世界。恐るべき違和感。

それに、個々のライオンが人間のような表情を作ろうとしているんですよ。なんという不気味の谷。

ジョン・ファブローらしく、陽気な感じになっているのは評価するにしても・・そもそも無理な企てだと思います。


まあ、それはいいんです。

私が困惑した一番の理由は、人間のストーリーに寄せ過ぎていることなんです。演じているのが人間なら、受容できます。なんとなくシェークスピアのお話みたいだなくらいで許せます。

でもねー。
四つ足の獣たちなんですよ。演じているのが。2Dアニメなら頭の中で咀嚼できるのですが、なにしろ精緻でリアルな3D映像です。そいつらが、人間臭いストーリーに沿って動くんですよ。

無理あるでしょう。ありませんかね。

だいたい、ライオンが王様って、さすがに古いです。動物たちの共生関係はもっと複雑でしょう。単純な上下関係、支配と被支配の関係に落とし込んでしまうなんて、何十年前ならともかく、いまどきどうかと思います。

そうまでして作ったストーリーも、残念ながらやや深みに欠けます。動物にやらせているから誤魔化せていますけどね。


というわけで、これはかなり辛口にならざるを得ません。
企画に無理がありました。

 

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2019.08.09

「メランコリック」

これ、ちょー面白いです。

営業終了後の深夜の銭湯を、殺人の場貸しに、という奇想天外な設定だけれど、実際に見せられてみると、あつらえたように合ってるなと、つい思ってしまいます。

そんな奇抜さにもかかわらず、登場人物たちの魅力、とりわけ主役の茫洋としたキャラクタに引き込まれ、まるでこれが日常のひとこまに過ぎないような錯覚に陥ります。

殺人業という奇抜な要素を組み込みつつ、日常の悲喜こもごもを丁寧に描く。なんてユニークな着想でしょう。

以下ネタバレです。

* * *

初めてもらうボーナスの喜びがあり(死体処理の報酬です)。
仕事では自分より下だと思っていた同僚がなぜか上司に打ち合わせに呼ばれて妬ましさを感じたり(誘拐と殺しの相談です)。

仕事が仕事だけに、それ嬉しいの? とか、それうらやましいの? とか、反対の感情とせめぎ合って、腹の皮がよじれそうです。

高校の同級生の彼女が、また可愛いのです。頭はいいのに奥手な主人公との取り合わせは、定番中の定番ですが、そう思わせないくらい自然です。ディテールがいいんでしょうか。

そんな風に、仕事に恋に打ち込んで過ごしているうちに、波乱が起きます。殺しのプロの先輩の死。

そこから事態は大きく動いていき、今度は若者たちの純情に対する大人たちの裏切りがあります。物事を変えようとする若い力と、変えるなんてとんでもないという既得権がぶつかります。チャレンジングな人なら、結構身につまされるかもしれません。

結局なんだかいい塩梅のところにとりあえず落ち着いて、永遠の一瞬の輝きみたいなものを映して映画は終わります。 

* * *

この作品は、空想的な設定の上に、自在に変化していく筋書と、リアリティのあるディテールがしっかり乗って、稀有な面白さを生み出していると思います。

無名な作り手たちのユニークな経歴も、たぶんたっぷり注入されているのでしょう。

上映館がまだ少ないのですが、必見の一本としたいです。

 

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「隣の影」

恐ろしいね。そして醜い。

これを見て、何か感じない人は、たぶん善人だ。
私は残念ながら、そうではなさそうだ。

はじめはちょっとした諍いだった。
誰かが冷静に一歩引けば、それで納まった。
あるいは、まずいタイミングで嫌なことが起きなければ、時間が解決したかもしれない。

だが、間が悪いということはあるものだ。
小さな打撃の応酬が続くうちに、少しづつエスカレートして、最後には大きなうねりとなって彼らを巻き込み呑み込んだ。

当事者2人だけの対立なら、あるいはこうはならなかったかもしれない。しかし、打撃は当人同士ではなく、むしろ斜めに打ち込まれた。家族への侮辱は本人自身よりも近親者を激昂させる。

加えて、コミュニケーション不在がある。人形を家の机に置いたことが、家族の中で一言でも話題になれば、誤解がわかり、熱は醒めたかもしれない。あるいは猫に至っては、ちょっと遠出するなどと言葉で言わないのだから、人の側で了解していなければならなかった。犬をどうするか、ちょっとでも家族に相談していれば、止める者もいただろう。

しかし、様々な背景を抱えて余裕を失っていたこの家族には、それが出来なかった。


この作品は、隣り合う家族間のトラブルを描いているのだが、もっと普遍的に、隣人どうしの間の揉め事についても多くの示唆を与えてくれる。

行き過ぎた自尊感情、排外的な姿勢、勝手な憶測、要するに自分中心すぎるものの見方。そうしたものは、今日ただいまの我々が、制御しなければならないものでもあるだろう。

もし制御に失敗したら?
映画の結末のとおりの笑えない未来を招きかねない。

 

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2019.08.05

米国の図書館のいま

先日、「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」を見て、図書館というより福祉施設かコミュニティセンターのようだと思ったのですが、まさにそういう記事がありました。

https://jp.techcrunch.com/2019/08/04/2019-07-31-as-tech-changes-homelessness-libraries-roll-with-the-punches/

暖かくて拒まれない場所として、以前からホームレスに利用されてきた図書館が、近年、行政サービスのデジタル化に伴って、無料でネットにアクセスできる施設に変貌しているようです。スマホで行政サービスに接続できることが、彼らの命綱になっているとか。

 

 

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2019.08.04

「北の果ての小さな村で」

グリーンランドの自然が美しい紀行もの。

農場育ちのデンマーク人が、教師として赴任し、極寒の漁村の暮らしのなかに自分の居場所を見つけていく。

登場人物が全部実在の人。主人公の教師も本人で、いまでもこの村で教師を務めているとか。


たいへんな暮らしだなとは思うものの、一方で、魚を釣り、アザラシを狩り、悠然と暮らす時間の流れに、うらやましさも感じる。

白熊を狩りに出て、足跡を見つけ、吹雪をイグルーを作ってやり過ごし、とうとう滅多に拝めない獲物を発見するものの、見れば子連れの母熊。当然のように「撃つなよ」と言い交す。

何日もの時間と食料を使って来ていても意に介さない。今回はちょっと残念だったな、しょうがない帰ろう、くらいの気持ち。

何を優先すべきか誰もが心得て、共有している。

清々しい感じのする一本でした。

* * *

ところで、グリーンランドってどんなところ?ということで、例によってwikipediaなどざっと眺めてみました。

日本の6倍弱の面積、インドの2/3くらいの島。そこに人口はたったの5万6千人。デンマークとは違う地理・文化圏なので、独立の意向が強いとか。

全島の約80%以上は氷床と万年雪に覆われているものの、地球温暖化が進むと、ひょっとして使える陸地が増えるのではないか。

もしそうなったら、氷の重みで海面下300Mくらいに沈んでいるという陸地が、一体どういう形になるのか興味がある。巨大な内海になるんだろうか。まあ、全部の氷が解けるまで千年くらいはかかるそうだけど。

そこまでいかなくても、ある程度氷が溶けたところで、地下資源、特に石油が採れるようになれば、フィンランド同様、トップクラスの豊かな国になるかもしれない。なにしろたった5万6千人で所有するわけですからね。

地球温暖化で水没が懸念される国がある一方で、氷雪から解放されて飛躍が期待できる広大な土地もある。

温暖化の話には、そういう面もあるてことで。

https://tabi-labo.com/291635/wt-greenland-ice

https://ikouyo-greenland.com/spot/tasiilaq/
を見ると、実際にはツーリズム産業が盛んになっているようだ。
この映画の舞台、チニツキラークの地名も見える。

 

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『世界の涯ての鼓動』ヴィム・ヴェンダース監督が「映画の責務」を語った

https://globe.asahi.com/article/12572373

 

「世界の涯ての鼓動」があまりにも名作だと思うので、あれこれ読んでみています。

日本語で語られる感想の大部分が、ロマンスの方を向いている感じですが、監督はそれとは違うことを考えています。実際、その部分にかなりの尺を使っていることから、それがわかります。

欧州の爆弾テロは日本人にとっては縁遠いですが、映画を通してそれを感じ取ることは大切だと思います。

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2019.08.03

「世界の涯ての鼓動」

素晴らしい。

まるでヴィム・ヴェンダースみたいだと思って公式サイトを見たら、ヴィム・ヴェンダースでした。

「アランフェスの麗しき日々」以来の際立った感じです。

この空気に、アリシア・ヴィキャンデルの顔立ちとジェームズ・マカヴォイの表情がぴったりはまって、言うことありません。

たぶん、こうした知的で瞑想的でありながら静かに燃えさかる情熱というものを、嫌う人も少なくないだろうと思います。

単純なアクションを楽しむ人も、辛辣な分析を揮う人も、この作品には向きません。観客を選ぶ映画です。

* * *

前半は、知的な会話と愛の賛歌。
後半は、哲学と宗教と焦がれる想い。

離ればなれの二人が、こんなにも違う二つの世界の併存に重なって、引き裂かれた現代の不条理と、相手を想う気持ちの強さを際立たせます。

一体どう思惟を凝らせばこんな筋書に思い至るのか。


それぞれに信念をもって、違う世界で生きてきた人々の、折り合えない限界点で、改宗を迫られた囚われの男がアラビア語でつぶやいた一言に、我々は愁眉を開かれます。

こんな作品、そうはないです。

 

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2019.08.02

「Girl ガール」

トランスジェンダーというものについて、少なくとも映画の世界では、前置きや説明は不要な時代になっている。だからお話は、その先に集中できる。

体は男性で心は女性の主人公ララは、バレリーナになる夢を持っている。そのためには、女性の体になること、バレーのレッスンについていくこと、の2つを同時に満たさなければならない。

女性の体になるためには、医者の勧めに従えば、体力を付けて手術をする必要がある。

けれども、バレーのレッスンは体力を消耗する。バレーに取り組み始めた時期が人より遅いララは、人一倍練習が必要だ。

2つの相反する要求の間で、ララの心は乱れ、体は弱っていき、念願の初舞台を目前に倒れてしまう。

そこでララが選んだ道は。。

* * *

トランスジェンダーの対語は、シスジェンダーと言うそうだが、ララの悩みの深さや、倒れた後の選択には、シスジェンダーにはなかなか理解の難しいものが含まれている。

身体的違いは、周囲の奇異の目を生む。ときにはいじめに近いことも起きる。シスジェンダーどうしの間でもあることだから、大袈裟に考えても仕方がないのだが、細かい疎外感が積み重なってくると、やはり心の負担は大きい。

救いは、周囲の気遣いの温かさだ。家族も、医者も、バレー仲間も、教師も、彼女を変に遠ざけたり特別扱いはせず、普通に、いや普通以上に温かいまなざしで接している。

起こりがちな偏見や差別のドラマを、この作品は慎重に取り除いて、伝えたいことが純粋に観客に届くように配慮している。

シスジェンダーにはわかりにくい部分が、それなりに伝わってくる作品でした。

それにしても、主演のビクトール・ポルスターさん、現役ダンサーだそうですが、性別不明の美しさですね。

 

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2019.08.01

「さらば愛しきアウトロー」

「さらば愛しきアウトロー」
https://longride.jp/saraba/

ロバート・レッドフォード引退作。きっと過去の出演作の様々なシーンがさりげなく散りばめられているのでしょう。よくわかりませんが。

俳優さんの引退作というと、やはりその人の役柄を表したようなものになるのでしょうね。樹木希林の引退作は一体どれなのか悩ましいけれど、例えばハリー・ディーン・スタントンの引退作「ラッキー」は、その人柄役柄をよく反映したものだったかと思います。

本作はなんといっても、二枚目俳優のかっこよさが、年輪というフィルターを通して醸し出されるのを見せてくれるのがよいです。過激なアクションではなく、経験を積んだ人間の穏やかさとスタイル、礼儀正しさと茶目っ気。

いくつもちりばめられたパトカーとの追跡シーンの、なんと牧歌的で楽しげなこと。

人生も晩年を迎えた女性との淡いロマンスも、二枚目俳優には欠かせない彩です。ここでも穏やかなペースが支配していて、安心していられます。

その彼女との会話に中に、晩秋を迎えた人間にとって大切な言葉が含まれています。子供のころの理想に向けて近づいていくこととか、あるいは、幸せであること、とか。

17回目の刑務所暮らしに訪れた彼女に、今度は最後まで居たら?と言われて、脱獄は諦めおとなしく従うところも、この主人公の本質的な穏やかさが見て取れます。そういう人物なら、確かに銀行強盗も人生の楽しみという主張に頷けてしまいます。

原題は"The old man & The Gun"ですが、この銃というものが、本作では裏のテーマなのかもしれません。銀行強盗でさえ、銃に頼らず、しかし銃を意識させることで事を思い通りに運ぶ。

戦わずして目的を達する。その人間らしい知性と楽天主義を、レッドフォードの皺深い顔を見ながら思いました。

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