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April 2019

2019.04.29

「シャザム!」

普通、家族というものは生まれた時から当たり前にあるものだけれど、この子達にとってはそうじゃない。

多くの作品が、家族は大切というメッセージを作中に織り込むけれど、この作品はそれを中心に据えて強く打ち出している。

肉親には裏切られながらも、同じ想いを持つ子供たちが、互いの絆を確かめ合いながら本物の家族になっていく。

まさか、スーパーヒーローもので、こんな展開の仕方があるとは思いもよりませんでした。

心温まるいい作品じゃないですか。

この暖かさは、ちょっとMr.インクレディブルのシリーズにも似ているかも。暗さが売りのはずのDCエクステンデッド・ユニバース とは一線を画している感じ。

また、子供たちが変身して、スーパーパワーを手に入れるという図式は、魔法少女もののアニメでお馴染みだけれど、こうして実写で見せられるとリアリティが出てきて新鮮な感じもする。子供にはウケそう。

なかなか面白く陽気で個性的な作品に仕上がっているように見えました。

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2019.04.28

「ビリーブ 未来への大逆転」

これは素直に感動しました。見逃さなくてよかった。

法廷ものというと、弁論のテクニックや、論理の構成の妙などを楽しむことが多いけれど、この作品は、そうした技術論の面白さを越えて、法律というものが社会と共に変わっていく・・いや、人の強い意志で変えていく、その在り様を見せてくれます。

事実、本作においては、技術論で勝とうとする主人公たちの当初の目論見は、長く続く習慣の正当性という壁に阻まれ一蹴されてしまいます。

そこからの、ギンズバークの信念から生まれた言葉が、本作の見どころ。
率直に言って、たいへん感銘を受けます。

それを支えてきた、ギンズバーグの家族、依頼人の気骨、そして判事たちの、法曹としてのフェアネス、全てが共鳴して素晴らしい作品になっていると思います。

私的には、今年のBEST10くらいに入りそうな良作でした。

 

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2019.04.26

「アベンジャーズ/エンドゲーム」

いやもうね。エンタテイメント超大作という言葉はこの映画にためにあると言っても過言ではありませんね。何年かに一度はそう言いたくなるけどね。(*1)

もちろん、これまでいろいろMCUの作品を観てきたという下地も効いてるとは思うけれど。

我々はこの締めくくりの作品に登場するいろいろなキャラクタの背景や来し方行く末を知っていて、それなりに思い入れもある。その思いをきちんと受け止めて、昇華させてくれました。

ただでさえ個性的な面々を、世界の中に過不足なく位置づけて、それでいて全体の骨組みは微動だにせず山あり谷ありを経て完結ーまさに完結ーに持っていく、この技量に感動します。凄い人たちが世の中にはいるもんですな。

加えて、アメリカとか現代の先進国とかの今日ただいまの課題も取り入れて、時代にも応えています。定番のストーリーやドラマのパターンをなぞっただけの焼き直しではないのね。今というものを取り入れて、新しく構成し直している。とりわけ、あのときああして(しないで)いれば、という後悔と失敗を認めることを、逃げずに取り入れている。

そして、遊び感覚も大いに発揮して、硬直しないようにもしている。深刻に考えてみたからと言って、必ずしも適切な対応が生まれるというものでもない。遊びのないところに真の解決はないのよ。


いやよかったわー。
さて、お仕事に戻りますかね。


*1) ちなみに、この前そう言いたくなったのは、アバターのとき。異論はもちろんあると思うけどw

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2019.04.21

「ハイ・ライフ」

中心人物である憂いのある男モンティは、言ってみれば修行僧。実際、作中でモンクと呼ばれたりします。天野喜孝の絵がそのまま形になったようなストイックなイケメンですな。

一方、ジュリエット・ビノスさん(55歳)演じる女性医師ディプスが見せる濃ゆいエロスが、作中の端々で振りまかれます。いやーフランスの女優さんて、マリーヌ・ヴァクトさんといい、このビノスさんといい、やっぱりすごいエロいです。

そのエロスは、下心ある観客の集客のためではなく、この作品の中心テーマでもあるようです。真面目なのです。

始めの方は、ちょっと我慢が要ります。この作品はいったい何を言いたいんだろう。。相当長く疑問が続きます。なにしろ始まってしばらくは、シングルファザーの子育て日記が延々続くのですから。

そのうちだんだん熟女のエロスが見られるようになって持ち直します。おお!という感じ。実はそこがこの作品のひとつの重要なポイントです。真面目なのです。

なんだかんだ言っているうちに赤ん坊が生まれては死んで、とうとうある一人の女の子の赤ちゃんが、放射線飛び交う宇宙空間で生き延びるところまで漕ぎつけます。それがウィロー。柳という意味ですが、ファンタジーの世界では概ね、魔法使いの名前ですね。Will-o'-The-Wispといったら人魂。まあそんな感じです。

他のクルーが全てこの世を去ったあとの廃船に近い宇宙船で、このストイックな父親と、無垢な赤ん坊は、二人だけの時を過ごします。

やがて、赤ん坊が成長し、若々しい娘に育ったころ、宇宙船は目的地のブラックホールに到着します。

そして、娘は屈託なく、あそこに飛び込んでみようというのです。密度は薄そうだし、きっとうまくいくと。父は苦笑い。

でも、この修行増のような父も、少し人生に疲れたのかもしれません。あるいは娘の屈託のなさに、神の恩寵を見たのかもしれません。娘の案に同意して、二人で小型艇を駆り、次の旅路へと赴きます。映画はそこでおしまい。

* * *

さて、これを見て何を想えと。

たいした意味もないようにも見えるし、人の一生のエッセンスが詰まった、とてもいい映画にも見える。

突き詰めていえば、子を産み、育て、死んでいくことだけが人の一生というものなのでしょう。そこに付加的な悲喜こもごもを見るのは人の勝手です。

映画が終わる少し前、娘が「祈り」という言葉を口にします。
それまでの話の延長には無いはずの何かです。
エロスと死が循環していく永劫の中で、そこから脱却する鍵となる想いです。

その後、父娘は、ブラックホールの向こうの何かに向けて旅立っていくのです。
なかなかの後味です。いい作品を観たなという感じでした。

 

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「アガサ・クリスティー ねじれた家」

有名な推理小説が原作。実は読んだことがなかったので、結末を楽しめた。

とはいえ、物語としてはあまり面白くない。昔の推理小説だから、それは仕方がないのだろうか。推理に焦点を当てたエンタテイメントで、物語の味わいにはあまり関心が払われていないように見える。

登場人物たちはそれぞれの複雑な事情を抱えてはいるものの、とってつけたようにステレオタイプで、相互に関係があるわけでもなく、エキセントリックだが退屈だ。

映画としては、古い屋敷の暗い場面が多いので、目を瞠るようなシーンはない。
俳優さんたちは、それぞれによかった。グレン・クローズが出ていると、画面が引き締まります。「ディストピア パンドラの少女」ではずいぶん若く見えたけど、実年齢は72歳・・・。パンドラの少女のときはすごい若作りしてたのか。。信じられませんわ。

 

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2019.04.20

「幸福なラザロ」

どう受け止めたらいいのか、考えてしまいます。

実際にあった労働搾取事件にヒントを得たそうです。持たざるものは持てるものをも奪わるを地で行くような話。

ここでいう「持たざる」は、普通は資本などを指すと思うのですが、むしろ知識・反抗心・向上心などを考える方が、本作ではしっくりきます。

実際の事件は、貴族が小作人を搾取する構造ですが、映画ではさらに、小作人がラザロを搾取する入れ子構造を持ち込んでいます。さらに後半では、銀行などの資本が没落貴族を搾取するという構造も示されて、上にも下にも搾取の構図が拡張されています。世はまさに弱肉強食。

そんな中で、一番割を食うラザロは、しかしまるで気にしていないように見えます。あまりにも無垢です。

ほとんどの人は、そんなラザロに感化されるかというと、決してそんなことはなく、都合よく使い捨てます。また、最後になるともっと酷くて、暴力に訴えて排除しようとします。自分たちのルールとあまりにかけ離れたその純粋無垢を理解できず、まるで怖いものを叩くように。

ここで彼らは、自分たちが知っている世俗のルールを当てはめることで、自分の正義を納得させてもいます。まるで共通点のない、完全なすれ違い。


ただ、再会したアントニアは、確かにラザロに感化されています。無垢はあまりに無力なのですが、直接的な力はなくても、周囲に何かを伝え広めていくようです。ミームという言葉をこういうとき持ち出していいのかどうかわかりませんが、そういう広がり方、伝わり方です。

その先、広く永くこれが伝わっていくのかどうかは、全くわかりません。あちこちで、死に絶えたり生き延びたりの闘いがあるのでしょう。

ラザロ。無垢なあまり生きることができなかった魂。でもその魂は、生きるのではなく、”生かされて”いるのかもしれません。

なんか宗教っぽい感想になってしまいますが、まあそんな感じ。

ちなみに、「ラザロ」はキリスト教の聖人の一人で、蘇生・復活に関わるとされています。「ラザロ、出てきなさい」で死から復活した人ですね。すっかり忘れていました。

どこかで読んだ感想文で、イタリアの北南格差のことを書いていましたが、そういう取り方もあるのかもしれません。

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2019.04.14

「魂のゆくえ」

イーサン・ホークが深刻な顔でにらみつけてくるほどに胃がきりきり痛む。
そういう問題作。
見終わったあと昼飯にパスタ大盛食べたら胃は落ち着きましたが。

環境問題は、割と典型的な程度問題だと思うので、環境活動家さんたちの中の過激な要素にはあまり同調したくない。私が着ている服とか食べものとかは、ものすごい環境負荷をかけて生み出されているのですから。先進国の人間なら猶更です。

さりとて、この問題で真剣に悩む牧師に向かって、神がそう言ったのか?などと詰問する傲慢な企業経営者のようにもなりたくない。みんな環境負荷の罪には気付いているけれど、世の中の仕組みの中で生きている以上は、簡単に軌道修正できるものでないことを知っているからです。かの経営者のような狡猾な開き直りは卑しいと言うしかありません。

悩ましいです。

イーサン・ホーク演じるこの生真面目な牧師も、同じように悩んでいて、そこがまあ刺さるわけです。ちょっと過激すぎる行動に出ようとして見る方をはらはらさせるわけです。あるいは、ギョロ目のアマンダ演じる若い寡婦と不思議な体験をしたりうらやましいわけです。

といろいろ見せ場があって、結局、結論は出ないままで終わります。それでよかったと思います。

* * *

この作品の中で、これは!と思う点がひとつあります。

牧師の体調や身の回りを心配する女性が出てきて、たぶん離婚した元妻だろうと思うのですが、この人が、寡婦と対置されているのです。

牧師は、彼の体調を案じる元妻に向かって、「躓きの石」という酷い言葉を投げつけます。彼はこの女性を、世の中の欺瞞の象徴と捉えている。普通に元夫を心配しているだけなのに。可哀そうな元妻。でも彼の信仰から来る嗅覚はおそらく正しいでしょう。

それに対して、自死した若者が縁を取り持った若い寡婦は、彼にとって真の救いです。彼女は彼を心配するのではなく、彼に助力を求めている。そしてただ一緒に居たいと言っている。

まるで、地球という環境と、そこで生きる我々人類との関係を暗示しているかのようです。環境は、ほんの少しの助力を求めている。そして、ただ一緒に居たいと言っている。いやもちろん、それは人類の側の勝手な擬人化にすぎないのですが、でもそういう風に読み取ると、環境問題への向き合い方が少しわかるような気がしてきます。

イーサン・ホーク、相変わらずの渋い演技で、いい映画でした。

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2019.04.12

「ハンターキラー 潜航せよ」

水の下の暗く冷たく澄んだ世界で、男たちの熱いハートが燃えます。潜水艦がどう戦うかということよりも、同じ苦楽を知っている水兵どうしの信頼が、政治的な敵味方の区別を乗り越えるところが熱い。ま、定番ではありますが。
(本当にそんなことがあったら、軍の規律もなにもないので、まあそこは映画ということで軽くスルー。)

ほかにも、スルーするところはたくさんあって、ロシア大統領あまりに無防備とか、飛んでくるミサイルを機銃みたいなので撃ち落とすのやっぱり無理なんじゃとか、(と思ったらファランクスという兵器が一応あるのね)、火器よりも空母打撃群よりも映像情報を世界中に中継する方がこういう件に対する抑止力はあるんじゃ、とか、まあいろいろです。

でもでも、そういうこと一切を振り切って、結構楽しめました。
潜水艦、駆逐艦の戦いだけではなく、陸との絡みもあったのが、目先の切り替えにもなって新鮮でしたね。

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2019.04.10

「記者たち~衝撃と畏怖の真実~」

私が子供のころは、新聞を中心としたマスメディアは世間から一定の信頼を得ていたと思います。多少の忖度はあったにしても、自分たちは権力の監視と批判のために活動しているという意識はあったでしょう。

昨今はどうかというと、残念というしかありません。ひょっとすると元からそうだったのが最近は簡単に見透かされるようになったというだけのことかもしれないですけどね。

で、我々は、自分たちのダメさ加減は棚に上げて、自由と民主主義の本場アメリカには、メディア、というかジャーナリズムの真髄を体現したような企業、人、制度があると信じてきたと思うわけです。

本作は、その真髄の片鱗を確かに見せてくれてはいます。ただし、片鱗の無力さ、発動の遅さと共に、ではありますが。

この映画を見てわかることは、本場アメリカでさえ、政府が本気でプロバガンダを始めたら、民間のジャーナリズムはなかなか抵抗はできないものだという事実です。ニューヨークタイムズにせよワシントンポストにせよ、その点ではこちらのメディアと大差ない。頼りになるのはインサイダーの良心だけ。日本ではそれも影が薄そうです。

端的に言うとジャーナリズムの弱体化は民主主義の本物の危機のはずなのですが、もはやそんな警鐘も聞こえてこなくなりつつある今日この頃です。

わしらは一体これからどういう世の中に突入していくのでしょうかね。
お先真っ暗です。w

とはいえ、あの馬鹿話に、欧州各国はのせられなかったのは救いといえばそうかもしれません。ブレアは賢い人だと思っていたけれど、ちょっと残念でしたね。

反骨記者の若手の一人の妻役をミラ・ジョヴォビッチが演じていて、おっと思ったのが、本作の収穫でしょうか。台詞の中で、"patriot"と"nationalist"を使い分けていたのが今日のお勉強です。

 

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「ラストタンゴ・イン・パリ」(4Kデジタルリマスター版)

ベルナルド・ベルトルッチ監督の追悼という企画らしいのだが、目が行くのはマーロン・ブランドの方。wikipediaを見ても、そのほかのいろいろなテクストを読んでも、相当クセのある俳優さんだったらしい。一時期は、そのわがまま勝手なふるまいから、もう落ち目と思われていたところ、復活の端緒となったのが、本作と、もう一本「ゴッドファーザー」だそう。

その本作の方だけれど、今の時代の目から見ると、もうひとつピンとこない気もする。俳優個人の演技は、もちろん凄いものがあるのだろうけど、お話の中身はというと、どうだろう。

しょぼい中小企業(ここでは安宿の経営)の経営者という立場に、そもそも共感を持ちづらい。たいした仕事をしなくても金は一応定期的に入ってくる。時間の自由はある。そういう状況が、現代の総サラリーマン化した一般大衆には共感しづらいのではないかと思ってみたりする。

マーロン・ブランドという人に似合う役は、やはりゴッドファーザーとか、地獄の黙示録のカーツ大佐とか、そっちの方だろうなと思いました。

ただ、この人は人種差別反対、レッドパージ反対の立場を貫いて、そのために本業でも苦しい目にあわされた時期もあったらしい、そういう気骨のある人でもあることは覚えておきたい。

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2019.04.06

「バイス」

viceは「副~」という意味だと思っていたら、それ以外にも、「悪徳」とか「悪習」とかの意味があるのね。知りませんでした。

 

イラク戦争を、我々はもう忘れはじめているけど、改めて、なぜあんな馬鹿な事をやってしまったんだろうと思います。

 

父ブッシュは、戦争の加減を知っていました。外形的にはイラクの方が先に手を出した機会をとらえて、電撃作戦でクウェートを取り戻した後は静観。しかし息子の方は、歴史が語るとおり、やらかしてしまいましたね。

 

映画の中では、この息子ブッシュの役が非常によい出来で、いやーつくづくあんな人が世界最高の権力を握ってたとはなあ・・と思わせるに十分な感じを出してました。

 

もちろん、主役であるチェイニー役のクリスチャン・ベールも出色の出来。平凡で鈍重な顔の裏に隠された執念のようなものが、歳と共に次第に表に出てきて、権力者の相になっていく過程を、じっくり見せてくれます。

 

ラムズフェルドが、あの世紀の愚行の主犯格だと思っていたけど、チェイニーも負けず劣らず、というのも初めて知りました。

 

でもよくわからないのは、この人はチキンでもあるみたいなんですね。心臓が弱いので兵役忌避はまあ仕方がないにしても。そういう人達が権力を握ってしまうと、どういうことが起きるか、についても、格好の事例かもしれません。他人を脅したり虐げたりしないと安心できないんでしょうか。

 

ともあれ、9.11が転機ではありました。日本でいえば3.11みたいなもので、あんなことが起きてしまったら、誰が当事者であっても変調は避けられない。

 

なんだかあの時代からずいぶん遠くへ来てしまったような気がします。

 

そんな感じ。

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