「グリーンブック」
いい映画だなあ。
まあ、確かによくありそうな筋立てではあるんですよ。おまけにロードムービーだから、話を組み立てるのは比較的簡単なはずだし。
でも、そういう作品の多くは、最後に大きな事件をもってきてドラマを盛り上げたがるのです。
この作品にはそういうところがない。確かに、主人公たちは、最後にそれまで堅持してきた行動の原則を踏み外すのですが、それがごく自然に腑に落ちるのです。しかもそれが大事件にはならない。まあ、この辺が限界かな。仕方がないよね、くらいで。
その自然な感じが大切だと思うのです。そこに一歩一歩至るまでの過程があってこその、自然な結末。これが、ロードムービーという形式に絶妙にはまっています。
* * *
主人公の二人は、旅の始まりでは、どちらも少し偏屈なところがあります。それは、彼らがそれぞれ所属している階層や文化に由来するものです。アイデンティティと言ってもいいかもしれません。
そういう二人が、旅という時間を共に過ごすことで、少しづつ、互いの文化背景を理解し、受け入れたり拒否したりを繰り返しつつ、お互い納得できる妥協点を見つけていきます。それは自分の欠点の修正であり、相手の美質の発見でもある。異文化に接するというのは、そういうことだろうと思います。
そうはいっても、基礎にある人間性は共通しています。これが共有できていないと、コミュニケーションはそもそも成り立ちません。旅が進むにつれて露わになってくる、ややステレオタイプなレイシズム社会との間では、妥協もコミュニケーションも成り立たないことも、この作品は臆することなく示しています。忍耐にも限度がある。その点で、お花畑のような楽観は、この映画にはありません。実話の強みでしょうか。
普通のロードムービーは、目的地でのクライマックスの後は簡単なエピローグで締めくくるものも多いのですが、本作では、そこからが真の物語です。少し長いですがじっくり見たい。
見栄と社交のコンサートを辞退して、立ち寄った場末のジャズバーで、それまでの忍耐から解き放たれる黒人の主人公。そして、強盗を交渉ではなく剥き出しの実力で退ける白人の主人公。どちらも、それまでいかに理不尽に耐えてきたか、よく伝わってきます。
旅を終えて帰路に就く二人の間で、雇い主と運転手という立場が、入れ替わります。さりげないのですが、ここはとても重要です。このとき二人は初めて、対等の人間になるのです。そしてクリスマスイブの大家族の団らんになだれ込んでいき、メリークリスマスという魔法の言葉が、お話を締めくくります。ちょっとじんと来ますね。あれこれの伏線も全部回収してすっきり。
* * *
近頃の米国の分断ぶりを見ていると、相当苦しんでいるのが傍目にもわかります。本作はそれへのひとつの回答であり、大げさに言えば、彼らが今後進む道筋のひとつを示すものだと言ってもいいかもしれません。
互いに理解を深めよう。大人になろう。
でも限度はある。
さて、あの国はどうなっていくのでしょうか。我々にも影響は甚大です。