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March 2019

2019.03.31

「バンブルビー」

ロボット映画を観て切なくなるなんてなあ・・・
なんていい青春映画なんだ。

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2019.03.29

「スパイダーマン:スパイダーバース」

このポップ調っていうの? 出だしの絵。好きだわー。
その後の普通にアメリカアニメしてる絵もいいわー。
あわせて最初の20分くらい、ものすごく力入ってる。

 

エンディングの絵も好き。

 

あと、今回の悪役、ちょっと怪盗グルーが闇落ちしたような外見の奴で、その闇落ち理由がまたありふれてるけど仕方がないかと思わせてて、なんだろなー。
悪役の用心棒みたいなのもアレだ。定番ドラマだ。

 

そしてスパイダーガール。もう中二病が掻き立てられますね。

 

いろいろ文句なく気に入った作品でありました。

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2019.03.22

「ブラック・クランズマン」

”BLACK POWER! BLACK POWER!”
”WHITE POWER! WHITE POWER!”
なんだおまえら実は仲いいんじゃないの? と思うくらい、パターンは似ている。

 

タイトルの「ブラック・クラン」には、そういう黒人側の部族的団結みたいな意味があるのかどうなのか。一方の過激な差別意識が、もう一方を刺激して、過激さを呼び覚ましているところはありそうだ。循環しながら拡大する憎悪。

 

本作は、それぞれのクランの人々の考えや行動を見せている。KKKに比べて黒人の方が理性的かというと、必ずしもそうでもない。学生はむしろ原理主義的で、味方につけたほうがいいはずの警察を露骨に敵視していたりする。もちろん、その背後にはいくつもの嫌な経験があるわけで、それも描写されている。

 

コロラドスプリングスというと、米国中部で保守の強そうな土地だが、本作の警察の内部では、人種差別は少ない。一部そういう人もいたが、お話の最後に微罪で逮捕されている。

 

いろいろ思うところはあっても、剥き出しの憎悪で行動までするような人は少数だ。黒人に同情的な多くの異民族出身者が居て、小数派のWASPの暴走を抑えている感じ。

 

それでも、おしまいに警察沙汰になる事件が起きて、そのときの一般の警官の反応などを見ると、黒人の方が犯罪者だろうという先入観が窺える。

 

WASPの議員さんがおちょくられ役で出てくるのだが、彼の「ただ分離したいだけ」という主張は、中道にも受け入れられることを狙った賢い主張なのだが、行動にはやはり相手への嫌悪が現れていて、それ自体が対立の元だという点を隠蔽してしまう。

 

この作品に結論はないと思うけれど、KKKの中での微差として穏健派と過激派がいたり、黒人以上にユダヤ人を敵視している人がいたり、主張よりも出世の道具として団体のリーダーを務めているような人もいたりで、いろいろなんだなということが、見えるようになっていた。

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「移動都市/モータル・エンジン」

「移動都市/モータル・エンジン」
http://mortal-engines.jp/
わたくしのツボにぴったりはまりました。
奇想天外な設定と素晴らしいファンタジー。
それらを背景に描かれる、人の運命、妄執、業欲、野心、謎、愛。
そういうものが詰まった物語。
シュライクをめぐるお話がとりわけよいです。
映画というのは、たいていの要素が使い古されたパターンですが、それをリフレッシュして新たな命を吹き込めるかどうかが作品の良し悪しを分けるものです。この作品はそれを上手くやって見せてくれた良作だと思います。
スターウォーズ外伝の「ローグ・ワン」は、物語が描かれていなくて残念極まりない作品だと私は思うのですが、それと正反対で、本作には物語があります。主人公の荒んだ心が、いくつものエピソードを経ながら少しづつ変わっていくのが感じられる、そういうものをこそ物語と呼びたい。
興行的には大コケしているらしいのが、残念でなりません。
お話のなかの役回りと、登場人物の肌の色とがあまりにステレオタイプなのが敬遠されたのでしょうか。それともヒロインの顔の傷に違和感があるのでしょうか。あるいは、宣伝の段階で都市の壮大なお話だとミスリードしたのが間違いだったのでしょうか。
どれも軽くスルーしてみれば、とてもいい、人と人との物語だと思うのですが。
ヘラ・ヒルマーという女優さん、素顔と全然違う顔で出ていますがよかったです。
* * *
ところで、本作に登場する移動都市というものは、作中での位置づけは明らかに悪。一方で、壁というものは善であることになっている。
まるで行き過ぎたグローバリズムに対する反動、反省を言い立てているかのようだ。
グローバリズムの是非は容易には決められないけれど、たいていの物事は程度問題だから、行き過ぎれば悪の面が目立つ、というくらいの理解をとりあえずはしておこう。
悪役の父と抵抗する娘が争う場面の台詞に、それは凝縮されている。父が、これは世の中に必要なことなんだ、と説得しようとするのに対して、娘は、いいえあなたは権力が欲しいだけ、とにべもない。まあ、事実そうなんだろう。
少なくとも、グローバリズムというものを、単純に善いものと信じる時代は既に終わった。米国にトランプという大統領が登場した意味は、そういうことなのだ。
ただ、作り手は最後を希望で締めくくってもいる。
飛行艇で世界を見て回ることは善。権力と収奪ではなく、まずは観察と理解。
そういう未来はまあ確かに希望が持ててよいかもしれませんね。

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2019.03.16

「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」

原題は「Mary Queen of Scots」。親しみを込めてメアリーを呼ぶ言葉だそうで、確かにメアリーの方が生き生きと描かれている。でも、女王というものの悲哀を共有する「ふたり」に焦点を当てた邦題も悪くない。

特に、終盤の秘密の会合での二人の掛け合いは圧巻。「私はスチュアート」と、自らの血筋の高さを昂然と言い放つメアリーに対して、庶子の出であるエリザベスは、素直にその美しさ、大胆さを認めながら、最後に、それがあなたの命取りだと、静かに跳ね返す。

息をのむような緊張。悲しみと憂いを帯びた対話の場面。素晴らしいです。

エリザベス1世は、メアリーが持ち合わせている、今なら文化資産とでも言うようなものの価値を、大いに認めていたのではないか。亡命後18年もの間、メアリーの処刑を保留して、好きに振舞わせていたらしいと聞くと、そんな風にも思えてくる。

それに、エリザべスは自分の跡目をメアリーの子に継がせてもいる。それ以外に選択肢はなかったということかもしれないが、大陸の強国と対等に戦うには、血筋の持つ力も無駄にしないしたたかさがあったのかもしれない。

英国が世界帝国にのし上がっていく黎明期に、あの国のかたちに大きな影響を与えたかもしれない、二人の女王の時代の鮮やかなお話でした。

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2019.03.15

「キャプテン・マーベル」

この映画の最大の見どころ。それは・・・
ぬこw

そういうことで。
いや、もちろん悪い出来ではないです。ちょうど仕事がきつい時期なので、頭空っぽにできて、リフレッシュしました。

それにしてもあまりに強大。立ち向かえる者なんてないんじゃないか、というくらい。X-MENにおけるジーンみたいな規格外の強さです。

ジーンと違うのは、強さに負い目を感じていないこと。胸のすくような強さ、というのは気持ちがいいものなんですねえ。

それに愛嬌がある。ブリー・ラーソンが、あか抜けないガサツな感じをうまいこと出してます。超絶強い上に、もしエレガントだったりしたら、白けてしまうところでしたw

アベンジャーズの次作にいきなり登場させたら、強すぎて違和感ありまくりだろうから、ここでこのキャラクタを紹介しておくのはいい手だと思います。

まあ、軽く楽しめていいんじゃないでしょうかね。

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2019.03.09

「運び屋」

老境のイーストウッドの味わいは、もう確たるものがありますねー。
それを見るだけでいいんじゃないでしょうか。

以前、インタビューか何かで、監督イーストウッドは何を作るのか聞かれて「アメリカ人がそのとき見たいものを作る」みたいなことを言っていましたが、本作はどうでしょう。

家族がなにより大切、ということをストレートに出しているので、まあ、その辺りなんでしょうか。

娘役に、イーストウッドの実の娘をあてているのもそういう気持ちの表れかもしれません。

イーストウッドの世界観というのはシンプルです。

本作では例えば、麻薬マフィアの下っ端が、たいそうな値打ちの麻薬を持ったまま雲隠れしていた運び屋の老人をとうとう捕まえて、ボスに電話で連絡したシーン。「でも奥さんの葬式だったんだぜボス」みたいに老人に同情しているのです。
それまでの強面の彼の怒りようからすると、真逆の顔を見せていて、面白いなと思いました。

下っ端はその日の生きる糧のために生きている。良いとか悪いとかは上の奴らの話だ、という考えが現れているように見えます。

ほかにもいろいろ、淡泊なところや、適度に脱色された享楽的なところ、ふと見せる気骨とか、イーストウッドいいなあと思わせるところがたくさんあって、わりといい1本でした。

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「シンプル・フェイバー」

使われている小道具からは、昼ドラのような匂いがするけれど、
どろどろしたものはなくて、妙にさばさばしている。
のめり込まず、一歩引いて醒めた目で見ている感じ。

この醒めた感じは、語りのスタイルで強化されているように見える。
主人公の主婦(といっても未亡人)は、子育てと家事のビデオログをネットで公開していて、結構なフォロワーを集めているのだが、映画の筋書はフォロワーへの報告という形のナレーションによって進行する。

なかなか面白い手法で、じわじわくるものがある。

実世界の出来事や事件が、こういう形式にはめ込まれることで、どろどろ感が消えて、妙に他人事のように見ることができる。ような気がしてくる。

映画の観客が、あたかも劇中のビデオログのフォロワーになったかのよう。

ウッディ・アレンは、作中の人物が観客に向かって話しかけるという禁じ手をときどき使って賛否を巻き起こすけれど、本作のビデオログを使った手法は、やっていることは同じだが、禁じ手という気がしない。作り手は面白いところに気付いたな、という感じ。

ネットは世界のあらゆるところに影響を及ぼしているけれど、こんなところにも。と、変なところで感動する。

この手法のおかげで、本作のポストモダンというかデ・コンストラクションな感じが際立ってくる。昼ドラ的な構成要素を、伝統的通俗的な構築方法から切り離して、従来と微妙に異なる関係性のもとに組み立て直す。

そこに、独特な味わいが生まれてくる。

その辺りがこの作品の価値でしょうかね。
とても面白いと思います。

* * *

アナ・ケンドリックという女優さんは、これも独特な立ち位置を保っていると思うけど、本作の主人公にうってつけ。

もう一人のブレイク・ライブリーが演じる謎の女が、パワーエリートっぽい匂いを強烈に立ち昇らせているのに対して、アナの方は経済的な不安を抱える子育て主婦。従来ならこの二人は主人と召使くらいの構図で捉えられるところだ。

実際、お話の滑り出しは、そういう感じで進んでいく。大人と子供くらいの歴然とした差。

ところが、お話が進むにつれて、パワーエリートの方は化けの皮がはがれ、子育て主婦の方は意外な粘り腰と果敢な行動力を見せていく。

そして最後には立場は逆転。庶民は喝采といったところ。まさに脱構築っぽいじゃあないですか。

いや脱構築とはそうじゃない? まあ聞きかじりなのでよくは知りませんw

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2019.03.03

「グリーンブック」

いい映画だなあ。

まあ、確かによくありそうな筋立てではあるんですよ。おまけにロードムービーだから、話を組み立てるのは比較的簡単なはずだし。

でも、そういう作品の多くは、最後に大きな事件をもってきてドラマを盛り上げたがるのです。

この作品にはそういうところがない。確かに、主人公たちは、最後にそれまで堅持してきた行動の原則を踏み外すのですが、それがごく自然に腑に落ちるのです。しかもそれが大事件にはならない。まあ、この辺が限界かな。仕方がないよね、くらいで。

その自然な感じが大切だと思うのです。そこに一歩一歩至るまでの過程があってこその、自然な結末。これが、ロードムービーという形式に絶妙にはまっています。

* * *

主人公の二人は、旅の始まりでは、どちらも少し偏屈なところがあります。それは、彼らがそれぞれ所属している階層や文化に由来するものです。アイデンティティと言ってもいいかもしれません。

そういう二人が、旅という時間を共に過ごすことで、少しづつ、互いの文化背景を理解し、受け入れたり拒否したりを繰り返しつつ、お互い納得できる妥協点を見つけていきます。それは自分の欠点の修正であり、相手の美質の発見でもある。異文化に接するというのは、そういうことだろうと思います。

そうはいっても、基礎にある人間性は共通しています。これが共有できていないと、コミュニケーションはそもそも成り立ちません。旅が進むにつれて露わになってくる、ややステレオタイプなレイシズム社会との間では、妥協もコミュニケーションも成り立たないことも、この作品は臆することなく示しています。忍耐にも限度がある。その点で、お花畑のような楽観は、この映画にはありません。実話の強みでしょうか。

普通のロードムービーは、目的地でのクライマックスの後は簡単なエピローグで締めくくるものも多いのですが、本作では、そこからが真の物語です。少し長いですがじっくり見たい。

見栄と社交のコンサートを辞退して、立ち寄った場末のジャズバーで、それまでの忍耐から解き放たれる黒人の主人公。そして、強盗を交渉ではなく剥き出しの実力で退ける白人の主人公。どちらも、それまでいかに理不尽に耐えてきたか、よく伝わってきます。

旅を終えて帰路に就く二人の間で、雇い主と運転手という立場が、入れ替わります。さりげないのですが、ここはとても重要です。このとき二人は初めて、対等の人間になるのです。そしてクリスマスイブの大家族の団らんになだれ込んでいき、メリークリスマスという魔法の言葉が、お話を締めくくります。ちょっとじんと来ますね。あれこれの伏線も全部回収してすっきり。

* * *

近頃の米国の分断ぶりを見ていると、相当苦しんでいるのが傍目にもわかります。本作はそれへのひとつの回答であり、大げさに言えば、彼らが今後進む道筋のひとつを示すものだと言ってもいいかもしれません。

互いに理解を深めよう。大人になろう。
でも限度はある。

さて、あの国はどうなっていくのでしょうか。我々にも影響は甚大です。

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