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January 2019

2019.01.26

「ジュリアン」

「ジュリアン」
https://julien-movie.com/

殺人事件の結構な割合が、家族によるものだと聞いたことがある。愛憎の果てにということなのかどうか。

この作品は、殺人まではいかないまでも、うまくいかない家族内のトラブルを、ちくちくするような居心地の悪さと共に描き重ねていって、最後はかなり衝撃的な結末に導いている。

両親の不和の間で辛い思いをする少年の心の痛みに、見ている方も共鳴してとても辛い。

家庭の内部を描く話では、常に微妙な綾があって、夫にも妻にも、あるいは子にも、少しづつ不和の責があるというものだと思うのだが、この作品は、どうも夫の分が悪い。というか、この男は少し頭がおかしい。

おかしさの本源は、他者への依存いうことに尽きるだろう。マッチョな家長を装おうとするほどに、逆に子供や妻への依存が他人の目には明らかになっていく。

加えて、身勝手な思考。相手を慮ることがなく、力づくで思い通りにしようとする。そして、それらの行為に、これまた身勝手な理屈をつけて正当化したり、それどころか自分の頭の良さだなどと言ったりする。

たぶん、変な自己正当化や過剰な自尊意識がなければ、粗暴ではあるけれど多少可愛げのなくもない奴くらいで済むところなのだが・・不器用というか。

警察に取り押えられながら「俺の妻なんだ」と泣きわめいて訴えるのがこの男の自己正当化だが、夜中に押しかけて鍵のかかった扉へ猟銃ぶっぱなして蹴破り押し入る行為が、妻相手だからと言って正当化できると思っているのが、滑稽を通り越してそら恐ろしい。

誰よりも救いが必要なのに、自己正当化と自尊感情ゆえに決して救われない。それがこの男だ。

世の中にはそういう人が一定割合でいるものなんでしょうかね。「人の振り見て我が振り直せ」です。

そうそう、後で気付いたけど、ひょっとすると、この男は少し若年性の呆けがあるという設定なのかもしれない

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2019.01.25

「サスペリア」

昔のホラー映画のリメイクだそう。ジェシカ・ハーパーなんていう女優さんが、年月を経て再登板してるみたい。

まあ、そういう蘊蓄は忘れて、単純に映画作品として見てみると、途中まではひどく難解。特に、老博士と舞踊団とがどういう風につながるのかがわからなくて、いまいちのめり込めない。

ところが、舞踊団の公演に掛かる作品名が「民族」だということ、老博士の生き別れの妻のこと、ラジオから流れてくる時代背景、そういうものから、じわじわと作品の意図が見えてくる。

これは欧州的には、とてもオーソドックスなテーマの映画なのだ。

宗教や、民族や、共同幻想や、王朝や、差別や、そういったものと悪戦苦闘し続けてきた大陸欧州の人間なら、これは腹に落ちる話なのだろう。島国の人間である私には、頭でわかっても、感覚的には難しい。

主不在の間に跋扈する小悪どもを、やってきてなぎ倒すのが、米国娘だということや、その娘を生みの母は罪だと思っていることなどは、どう受け止めるべきなのだろうかと、しばし考える。確かに米国は理念によってかたちづくられた人工国家だが、内陸には、宗教に依拠した大勢の人たちが社会の中心に相変わらず居る。
オハイオの生みの母からすれば、そうした人の手に成る伝統を破壊するかもしれない、もっと原初の荒々しい力を備えた娘は、罪でしかないのだろうか。

いや、ちと考えすぎですかね。でもそういう風に私は観ました。

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2019.01.20

「ミスター・ガラス」

「アンブレイカブル」、「スプリット」と、どうもよく呑み込めないまま来た、完結編たる「ミスター・ガラス」。

・・そういうお話だったの。

シャマランの作品には、巧妙な風刺がいつもあると思うのです。
例えば、「ヴィジット」は一見ホラー仕立てだけれど、その実、高齢者のボケとか徘徊とかを強烈に風刺して、ほとんど怖い中にコメディ味を滲ませたりしている(と私は思っている)のですが、本作にも、そういう巧みな風刺がありそうです。

人は埋もれた才能をずいぶん押し殺して生きています。それがうっかり花開いたりすると都合の悪い人たちがいて、日頃からそういう人達に抑圧され、洗脳されて、誰もがごく平凡な人間にすぎないと思い込まされていて、挑戦の芽を摘まれているのです。インボーです。彼らはあなたの隠れた能力を闇から闇に葬ろうとしています。負けてはなりません。

ほらほらそういわれると、風刺に思えてくるでしょ?

それにしても、それを言うためにこの三部作を長々とやってきたのかと思うと・・そしてそれにまた付き合わされたと思うと、「またしても、やられた」感が募るわけです。

どの作品も、風刺に妙に実感がある気がするのですが、もしかすると、監督の原体験なんでしょうかね。

ブルース・ウィリスも、ジェームズ・マカボイも、そしてもちろん、サミュエル・L・ジャクソンも、お疲れさまでございました。

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2019.01.19

「マスカレード・ホテル」

東野圭吾原作は当たりはずれが結構あるけど、本作はまあまあいい出来。
殺人事件の謎解きというのはむしろお話の背景で、描かれているものは、ホテルという非日常空間の人間模様。それを従業員という裏方の目から見せている。これが割と面白い。「The有頂天ホテル」とも共通する賑々しい感じで進行する。

ホテルマンの哲学のようなものも随所で語られていて、刑事役の男がそれを学んでいくプロセスも見られて、二度おいしい。木村拓哉がいい味出してる。

エピローグは、正直、蛇足だなとおもったけれど、まあフジテレビってこうだから仕方がない。それを除けば、いいんじゃないでしょうか。

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2019.01.11

「蜘蛛の巣を払う女」

スピード感のあるアクションがすばらしい。
そして命を的のシーソーゲームの末に主人公側が追い詰められた後の、秘密兵器による鉄槌に痺れます。いや、そんなとんでもない武器をどこから調達したのよという感じで、ズガーン、ズガーンという銃撃音が腹に響きます。「ザ・コンサルタント」でもこれ見たなあ。カタルシス満点です。

もっとも、シーソーゲームの最中に、何度も相手にとどめを刺す機会はあったわけだから、もっと効率よくやっつければいいのにと思わなくもない。まあ、それをしないのが、冷徹なように見えて情を知るリスベット・サランデルであり、ドラゴンタトゥーの女の物語なんでしょうけどね。やってしまったら、妹と同じ人種になってしまう。

その妹カミラが、本作のキーです。前半は表に出てこないのですが、後半にかけて、加速度的に存在感を高めていきます。ロシアマフィアのボスらしく冷酷な顔、姉妹の過去を振り返るときの哀愁を帯びた顔、人を騙すときの昏い喜びに満ちた顔、サイコパスらしい無表情な顔、様々に使い分けるシルヴィア・フークスさんの演技、素晴らしいです。本作は、アクションもすごいけれど、この姉妹のドラマもしっかり作られていることで、アクションとドラマの高度なバランスを達成していると思います。

父親による成人前の娘たちに対する虐待というのは、欧州の北半分くらいでは割とよく使われる材料という印象ですが、この作品ではその描き方も上手い。虐待の場面自体はもちろん描かないのですが、それを予感させるシーンとして、全身タトゥーの母親らしき全裸の美女がちらりと廊下の向こうに消えていくシーンを挿入しています。たったそのワンカットだけで、ああ、この父親はそういう奴で、母親は子供たちを護る気はないのだという絶望が理解できます。

ほんと上手い。サイコーです。

世界中の核兵器を操作できるとてつもないソフトウエア、とか、北欧と米国とロシアのパワーゲームとかは、お馴染みの小道具ですが、本作では、結局ロシアが敵で欧州と米国は共闘するのかと、そう思わせておいて実は、北欧はロシアとつるんでいるとか、目まぐるしく展開していく話の筋が楽しいです。飽きさせない。

そして、最初に描かれた、女性たちに対する人権蹂躙に裁きを下すリスベットの姿から、最後に、その殺人鬼である妹こそ、蹂躙された女性たちの象徴であることに気付かされて、なぜ助けにこなかったとなじられてたじろぐリスベットまで、見事にお話は回収されます。
問い詰められたリスベットが最後にカミラに言った一言は、とても重いものだと思います。

いろいろな点で、高度に練り上げられ複合された作品で、2時間たっぷり身じろぎもせずに観て、たいへん満足でした。


あそうそう、原題は、”The Girl in the Spider's Web” なので、これは蜘蛛の巣の中の女、むしろカミラを指しているように思えます。リスベットはもちろんシリーズものの主人公ですが、この作品の中心にはカミラが居るので、原題のままでよかった気もしますが、邦題は「払う女」として、リスベットを指すように変更しているように見えます。
まあ、その方が確かにタイトルの語感としては良いかもしれませんね。

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2019.01.09

「ANON」

映像全体がスタイリッシュでかっこいい。「ガタカ」のアンドリュー・ニコル監督作品ということで、満員大入り。

ガタカも本作も、色調抑え目のストイックな感じが全編に漲っていてよい味わいです。この監督、「ターミナル」も手掛けているので、必ずしもいつもストイックでスタイリッシュな映像ばかりというわけでもなさそう。芸の幅が広いんでしょうかね。


さて、「視覚をハックされる」という表現は、我々日本人は攻殻機動隊でお馴染みだけれど、いざ映像としてみせられると、なかなか新鮮です。ビデオゲームの一人称視点で、他人の目から自分が見えている、という状況下で、銃を向けられて犠牲者が恐怖でパニックを起こす様子が、真に迫っています。

データ検索は、視線や光彩のわずかな動きで制御して、出力は3Dのベクトル画みたいな簡素で高速な印象を与える像で、これもセンスいい。


お話としては、記憶と記録の共存というテーマが興味深い。記憶は消すことができないが、記録は消したり改竄できてしまう。すべての記録が電子化された世界で、ハッキングによって消された記録と、生身の記憶とのギャップからくるストレスが、物語を駆動する。

記憶は消すことができないから、人のアイデンティティは失われない、はずなのだが、全面的に依存していた記録が消えてしまうと、いいようのない不安や悲哀が頭をもたげてくる。今だって、例えばアルバムを捨てられないということは、ありますよね。まあ、そういう感じ。

もうひとつのテーマは、お馴染みプライバシー。この作品世界では、プライバシーは不道徳なもの、良くないものと考えられていて、犯人はそれを嫌って、ハックを仕掛ける。まあ、ありがちといえばそう。

プライバシーの闇のなかから、ぬっと現れて犯行に及んだあと、記録を消去することで証拠隠滅し、また影の中へすっと隠れてしまう。そういうステルスな存在の、不気味さと人間らしさをともに掬い上げたような作品でした。

自分でも、まとまりのない感想だなとは思いますですはい。

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2019.01.05

「ラブライブ!サンシャイン!!The School Idol Movie Over the Rainbow」

いやこれ紅白に出したらいいんじゃないの。
下手なリアル歌手より良いです。

冗談はさておき。
歌あり踊りありドラマありの自分探しと成長物語。出演はすべて女の子。中学1年から3年まで+α。学園生活はなし。

作中ではスクールアイドルと言っていて、最近有名になった大阪府立登美丘高等学校ダンス部を、もう少しアイドル寄りのソフトなタッチにしたようなもの、でしょうか。それをアニメで。台詞はあくまでもクサく。

最近よく聞く二次ってこれのことなのか。そういえばタイトルにも虹って入ってるな。とか余計なことを考える余裕もないほど、話の展開に追いまくられます。ストーリーがちゃんと練られている。

こんなのがこれからAR技術に乗ってやってくるとすると、これはいろいろアブナイw ハリーポッターの次くらいにはもう題材候補に控えていそうです。

劇場をざっと見渡すと、観客はほぼ全部ぼっち風の男ばかり。なるほどそういうカテゴリなんですね。

知り合いが、これとかWUGとかの追っかけみたいなのをやっていて、これは彼ならハマっても不思議はないと思いました。彼は既婚者なんですけどねえ。そういうのは珍しいのかどうなのか。

私はどうも、あのアニメキャラの不自然な声の調子に馴染めないので、感動もそこそこですが、まあ悪くない。

しかし、です。公式サイトで声優さんを紹介するのはいいんだけど、アニメキャラが中学生だからって、30代くらい(に見える)女性にセーラー服着せた写真載せるのはやめましょうね。アブナイ何かなのかと思ってしまいます。

というわけで、いろいろアブナイけどパワーはある、そんな作品でした。

1か月フリーパスもこれでおしまい。来週からはまた普通のペースに戻ります。

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「シシリアン・ゴースト・ストーリー」

映画評を読むと素晴らしい作品のようにいろいろな人が書き立てている。
私はそれほどとは思わなかった。

幻想的な映像は確かにそうだが、特筆すべきものはない。
お話はファンタジックだが、そのベースが昏過ぎる。

これが実際にあった事件に基づいているということを、映画の最後にスクリーンで知って衝撃を受けた。

そんな陰惨な事件を元に、紡いだ幻想的なストーリーって、お前らその受け止め方は正気か。

13歳にしては大人びているが、やはり考えも行動も子どもだ。もう少し何かやりようはあっただろう。いや、ないのだろうか。親ですら味方ではないシチリアでは。

南イタリアのそういう空気が、どうにも呑み込めない。
近代国家の殻を纏っているが、実は古い部族社会の掟が支配している社会というものが恐ろしい。

日本の田舎はこれほど酷くはないと信じたいが・・

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2019.01.03

「旅するダンボール」

いやー。本年初っ端からすげーいい作品見ちゃってしあわせ。
<段ボールアーティスト>島津冬樹のドキュメンタリー。

人が価値を生み出すとはどういうことか、ということを、シンギュラリティが視野に入ってきたこの時代に、くっきりと示してくれる良作です。

私のようなおっさんは、ダンボールアーティストというと日比野克彦なんだけど、その当時は、ぎらぎらした暑苦しい奴が変なことしているくらいの認識だった。たいへん申し訳ない。

でも、彼のようなダンボール愛は、実は多くの人が持っている普遍的な感性でもある。何の変哲もない素材が、人が少し手を加えることで、人々が共感する価値あるものに突如変貌する。そのダイナミックな過程に、真に人間的かつ創造的なるものを見出して、人は感動するのだ。

この映画の島津冬樹さんは、日比野さんとは違って、スマートですっきりした感じ。言っていることも比較的すんなり腹におちてくる。全く無意味なオブジェではなく、財布という実用性を持った形にすることで、独りよがりで先鋭的な芸術の匂いを消しながら、人と人の関わりという本質にマイルドに気付かせる。これこそがアート。

平成の停滞を通じて我々一般大衆が得たこの心境の変化が、つまり時の流れであり、文化の成熟ということなんでしょうかね。世界の潮流でもある。

この島津さんの内心が実はどうなのかはわからない。
けれども、それに関わりなく、映画の作り手は巧みにひとつのストーリーを提示する。

はじめは、ダンボールに印刷された様々な絵柄や色合いに美を感じ、そのデザインの背景に知られざるストーリーを空想する、少年コレクターの姿を描き出す。

続いて、そのデザインをまるで写真家のように切り取って、財布という別の姿に再生する、クリエイターへと進化させる。

さらに、その創造的な活動に取り憑かれて、ダンボールデザインのルーツを探す旅を重ねるうちに、人に歴史ありみたいな感動物語に偶然立ち会って、話は最高潮に。この辺り、かなり日本的なしっとりした感性。

そして、活動の舞台は世界へと広がり、少年が取り憑かれているものに、アップサイクルという言葉と理念を与える(そういう概念を初めて知りました)。このあたりは西洋的な知性。

途中、実は最大手の広告代理店にしばらく在籍していたことや、そこでの常人離れした行動と周囲の反応なども交えて、この島津という人物の像に奥行きを与えるのも忘れない。

淡々と事実を追うだけのドキュメンタリと違って、エンタテイメント性にも気を配っている。

テーマよし、物語よし、感性・知性ともよしの、満足度の高い1本でした。

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