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May 2018

2018.05.26

「犬ヶ島」

形式美が特徴のウエス・アンダーソン監督。
形式の中にすべてを表現する日本の美。
二つが出会って、こういう形に。

黒澤映画の音楽とか。
XJ750ってYAMAHAかなとか。
AIBOみたいなのもいる。

それから、和太鼓の音ってとてもいい。ということが意識にのぼりました。

とても一回では見切れないディテールがあって、かなりの早回しで端折る部分もあるけれど、目が慣れてくるとあーら不思議、ちょうどいいです。

お話は他愛もないし、悪役もつまらないけど、それを補って余りある美があります。

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2018.05.20

「モリのいる場所」

庭はひとつの小宇宙なんだなあ。
というと陳腐な感想だけど。

英国人なんかもリタイア後は小さな庭の手入れに心血注ぐという話は聞いたことがある。小さな世界もよく見れば無限の広さを持っているのだろう。蟻をただ眺めているだけではないのがわかるエピソードは、そういうことを端的に示している。

上映時間は2時間かそこらだけれど、後から気付いて驚くのは、この時間を使って、たった1日を丹念に描いていることだ。

小宇宙はそれくらいに広い。

その小宇宙を、では主人公の画家本人が排他的に維持しようとしているかというと、そうでもないところが融通無碍な感じがあってよい。
隣地のマンション建設に対する姿勢などがその表れだ。折り合いながら生きていくことを識っている。仙人などと呼ばれるのは確かに心外だろう。


ゆったりと浸れる時間を持たせてくれる作品。
山崎勉と樹木希林のやりとりも楽しい。


あ。この画家さんは実在の人なのね。
美術館まであるじゃないですか。
http://kumagai-morikazu.jp/

来週あたり行ってみようかな。

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2018.05.18

「GODZILLA 決戦機動増殖都市」

いやいやいやいや
ゴジラってこんな面白い映画だったっけ?

と思ったら
最後の一言で椅子からずっこけましたよ。
これは次も絶対見ねば。


とまあ、煽りはそれくらいにして。

これまでのゴジラ映画というのは、ストーリーはあんまりなかった。ゴジラの巨大さや圧倒的なエネルギーや禍々しさが主であって、ストーリーはとってつけた感があった。

しかしこのアニメ版では、ストーリーがそれなりに練られている印象がある。

もちろん、3部作のうち2部を見終わってもまだ、いったい話がどうころぶのか、これだけいろいろ投入された材料をどう回収していくのか、見えない部分は多い。

けれども、見えないからこそ、期待が膨らむ。ああでもないこうでもないと想像を巡らすだけで楽しい。

あの双子の少女と鱗粉に守られた種族の神は登場するのか。
今回メカゴジラを構成する素材は登場したが、それは一体この後どう形を成すのか。まさかこれで終わりじゃないだろうな!
そしてそしてこの第2部最後に出てきたキーワード、宇宙の破壊の象徴たる〇〇〇は!


「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。(フリードリヒ・ニーチェ)」


さあ、第3部も見逃せなくなってまいりました。

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2018.05.17

「タクシー運転手 約束は海を越えて」

光州事件というのは確か日本でも随分報道されていたと思う。私はまだ未成年だったし、あまり記憶はないけれど、軍隊が民間人を銃撃したり暴行している映像は見たような気もする。

このお話は、その事件のさなかに、取材活動で現地の様子を伝えたドイツ人記者を手掛かりにして、普通の人たちがどう事件に関わったかを描いている。

韓国は民主主義を自分たちの手で掴んだと言われるのが伊達ではないことがわかる。とはいえ、光州事件とそれに連なる暴動は全羅南道一帯の話で、韓国の北半分はどう関わったのか、ここでは触れられていない。実際、これを契機に国内の南北対立は深まったとも言われているようだ。

いずれにせよ、こういう事件を克服して、韓国という国の今があるのだということを知ることができる作品。

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2018.05.13

「地獄の黙示録」

デジタルリマスター版で、後代に追加したものを削って最初のオリジナル版に戻したものとのこと。

これまで部分的な映像を観たり批評を聞いたことはあっても、実際に通しでちゃんと見たのは初めて。まあ、古典なんでしょうか。

これが制作された当時のことだから、きっと衝撃は大きかったのだろうとは思う。けれども、今の時代に見れば、戦争映画とファンタジーを足して2で割ったような感じ。

ベトナムでの敗戦後、米国は傷も癒えて世界に覇を唱えているし、懲りずにまた中東などで戦争もやらかしている。まったく懲りない人たち。。

作品は、正直なところ少し演出過剰な感じはする。当時はこれがウケたのだろうけれど、私はこの種のものはやや見飽きている。

戦争の悲惨についても、これ以降、もっと過激に冷徹にリアルに描いている作品もある。

カーツの寝返りにしても、米国にとってはショッキングな物語かもしれないが、歴史上のひとこまとして見るならいくらでもありそうな話。日本だと・・・足利尊氏とかそうかな。

まあ、基礎的な教養として見ておけてよかったです。

そうそう、ただ1点だけ、恐るべき点があった。この作品は途中経過はともかく、カーツの元に辿り着いて彼の述懐を聞くシーンに価値があると思うけれど、その述懐の中で、米軍がワクチンを打ってやった南ベトナムの子供たちが、その後どういう目にあったかを語るくだりがある。
ここだけは、今の映画にも滅多にないすごい内容だった。アメリカ人はその文化の違いに戦慄しただろう。

異文化に対して、迂闊に余計な働きかけをしてはいけないのだ。

その教訓は、時代を超えて価値がある。

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2018.05.12

「私はあなたのニグロではない」

気が重い。観終わっての感想はそんなところ。

米国のアフリカ系の人たちが求めているのは、施しでも保護でもない。同じ国の人間として認められること、ただそれだけだ。そしてそれこそが、現実に優位にたっている側の人たちが無意識に拒絶していることなのだ。
語られる理想と、命の危険が日常的にある現実と。そのギャップが埋めようもなく連綿と続いているのが、米国のひとつの真実なのだろう。まったく気が重い。


ところで、この映画を黒人差別の映画として他人目線で見ることは、もちろん可能だが、すこし視線をずらしてみると、気付きたくないことに気付く。

我々の周りで連綿と続いている女性差別が、実はこれと全く同じ構図なのだ。抗議の声を上げる側に対して、批判する論、揶揄する声の論理の展開は、驚くほど瓜二つだ。

本作は、米国の黒人差別を描いていながら、実は根深い差別の構図そのものについての示唆も与えている。

地位ある人物によるセクハラ事件が次々暴露されている中での公開は、なかなかタイムリーだといえるだろうか。

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2018.05.11

「サバービコン 仮面を被った街」

まじめで怖い。何が怖いって、大人しそうで口数も少ない普通の人間が腹の底に溜め込んでいる黒いものが。

見始めたうちは、この男は途中で改心するのかと思っていた。そういう大人しい、気の弱い人物に見えたのだ。

マフィアにゆすられているうちは可愛かった。ゆすりの種になるような悪事に手を染めてはいても、それでも普通の、ただ心が少し弱い人間が道を誤っただけに見えた。作り手も意図してそう見せている。

ところが話が一歩進むごとに、男の黒い部分がひとまわり膨れて、次第に変貌していく。マフィアに脅される立場から、マフィアも凌ぐ真正の悪を顕わにしてくる。

最後の段階ではまさに悪鬼。そこまでどす黒くなれるのか。

人相が次第に変わってくれれば、むしろわかりやすい悪役で安心するのだが、この男は、外見があまり変わらないまま黒さと異常さが露呈してくるところが、怖さを際立たせてくる。


何が彼をそこまでにさせたのか。
保守性と見栄。というのが一番近いだろうか。

閉じたメンバーシップの中で共有されている、成功者とか、いい人とか、あるべき基準とかに、無理に自分を合わせようとする見栄。

同時並行で次第にエスカレートする、隣家の黒人家族への町民の嫌がらせが、住人の偏狭なメンバーシップを浮き彫りにしていて、主人公の男のどす黒さの拡大と歩調を合わせている。これは怖い。

そんな中で、少年の正直さ、人が生まれつき持っている善性に救いが見える。

この作品が何を象徴しているかは、言う必要もないだろう。ジョージ・クルーニー、近頃のアメリカ社会に対して、かなり頭に来てるな、ということがよく伝わってきました。

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2018.05.04

「ラプラスの魔女」

東野圭吾のうまくないパターン。理路も展開も杜撰すぎて、キャラクタも薄っぺらくて、興醒めする。

脚本もまずい。それに引きずられるかのように、台詞も陳腐、演出も下手、かろうじて俳優のアップでもたせているものの、全体に激しく残念な出来。

ポスターを見ても、俳優のヴィジュアルで客を集めようという意図が見えるけれど、それに見合う内容がなければ裏切られ感だけが残る。

なにしろ広瀬すず実は大根なのか、と思えるほど。いかに台詞と演出がまずいかわかろうというものでしょう。
いや、実は大根なんだよ知らなかったの?説は・・認めない。認めないぞ。

最近、NetflixやAmazon、Disneyなどがブロックバスター戦略でとんでもない金を掛けてコンテンツを作り込んできている中で、これでは邦画はまったく太刀打ちできない。

なんだかなー。
久しぶりに全力でダメ出しできる作品でした。まあたまにはずれがあるのが健全なのかもしれないですけどね。

劇場の席が驚くほど埋まっているのと、内容のダメさ加減との間にギャップを感じます。

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2018.05.01

「ジェイン・ジェイコブズ ―ニューヨーク都市計画革命―」

近代的な都市計画に対して市民的な視点から反対運動を主導した人のお話。

高速道路を既存の都市内部に貫通させることや、低層密集住宅を取り壊して高層に建て替える際に公共空間を作らないことなどを、強く批判し、いくつかの計画を撤回に追い込んだ。

映画はその過程を、当時の映像記録と現代の都市計画に関わる人々の証言などでまとめている。不動産開発王を悪者に見せるための多少の取捨選択はあるだろう。

完全な計画などというものはないから、高速道路そのものが悪だというのもどうかと思うけれど、あれらがヒューマンスケールな街の景観や生活環境に悪い影響を及ぼすことについては、まあ疑いないと今では普通に言うことが出来そうだ。

そうした生活者視点というものが軽視どころか無視されていた時代に、声を上げてくれた人たちのお陰で、現代の我々は少しはましな環境で暮らせている。ありがたいですな。

この種のことはたぶん、密度とスケール感に関する程度問題だ。輝ける都市を提唱したコルビジェにしてからが、実際の不動産開発の事例を見て、これでは建物の間隔が狭すぎると言っていたのではなかったか。いや、別の近代主義者の誰かだったかな。

映画の中で印象的なシーンがある。
とある高層集合住宅団地の模型が出てきて、その住棟を横倒しにすると、じつは敷地内に低層住宅団地として無理のないボリュームとしても納まることが端的に示されるのだ。

建物を高くする必要は実はなかった。高くする本当の理由は、もっと多くの人間を狭い敷地に詰め込むため、(そして不動産ディベロッパーが楽して儲けるため)なのだ。


やれやれ。
どっとはらい。

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「ワンダーストラック」

親から子へと受け継がれる人の歴史を軸にした、不思議な縁(えにし)を感じさせる作品。「ヒューゴの不思議な発明」と同じ原作者の作品をもとにしており、この不思議でちょっと切ない感覚は共通している。

子役の健気さなども同様で、居場所を見つける旅にもなっている。
そこがいいところかもしれない。

すこしだけ難を言えば、主人公の少年の父はなぜ3年もの間・・という点が明かされないまま残っていること。ネタバレなので、それ以上は書けない。まあ、観客がそれぞれ想像で埋めるところなのだろう。

ジュリアン・ムーアが、いい役を演じている。懸命に普通の人生を生きてきて、もう老境に入ってから思いがけない出会いに恵まれたものの、その出会いをもたらしたのがひとつの不幸だったという、不思議な綾にぐっとくる。生きてるっていいことだね。

AMAZONが、派手なだけのSFアクションとかではなく、こういう味のある作品に資金を出している点にも留意しておきたい。さすが本屋の出自だ。いやちょっと違うか。

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「さよなら、僕のマンハッタン」

これはまたいい映画。アマゾンいいところに金出してるな。数打ちゃ当たるわけでもないだろうから、見る目のある人間がやっているのだろう。邦題はもうちょっとならなかったか。
ちなみに原題は "The Only Living Boy in New York"。曲の題名とかぶるのだろうか。


幼い恋と大人の恋が同時進行で進み、そこに親子関係が絡んでくるのだが、取って付けた感じはなく、味わい深い作品になっている。
途中、何かと世話をやきにくる、裏のありそうな隣人の親父が、「いいぞ、複雑さが増してきた」と言うのだが、そのときは何気なく聞き流していたこの言葉が、後半から終盤にかけて見事に効いてくる。

確かに、登場人物の関係は複雑なのだが、最後まで全容は見せずに、種明かし的に語られるおかげで、結構感動する。小出しで見せていたら、厭らしくなっていたところだった。

で、その種明かしで、この親父がほんの短い間、男泣きするのだが、それが最高にいい。男の泣き方ってこうでないとな。

連休中のラインアップはちょっと枯れてる風だけれど、その中で光る作品でした。

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