「人生タクシー」
味のあるいい映画。
町中を走るタクシーを舞台に使って、監督自身がハンドルを握って撮ったロードムービーの簡易版。といった趣。
冒頭で、なにげない町の交差点の風景が映っている。それがしばらく続く。何がはじまるのかと思っていると、カメラが少しづつ引いて、画面の下から車のダッシュボードがせりあがって見えてくる。同時に車はゆっくり走り出して、これが車内から外を見ている風景だと初めてわかる。
この最初の掴みがすごくうまい。
ああ、これから面白い映画を見せてもらえるんだ、ということが、何の台詞も音楽も無しに、ただ映像のわずかな動きだけで伝わってくる。
すごいね。
それだけでもすごい。
この最初の登場人物であるダッシュボード君は、その後も、花を贈られたり、最後はちょっといやな目にあったりして、監督その人の暗喩にもなっている。
お話は、現代のイランという国で、人々がどんな風に生きているか、その断片を切り取っている。日本人には想像もつかないようなこともあれば、同じ人間として共感できることもある。
それらを、タクシーの客として乗ってくる人々の口を使って語らせる。演技なのかもしれないが、演技らしからぬ自然さ、本音がある。
言論統制の厳しさがあちこちに顔を出す。
人々の不道徳や自己中心的な考えが、淡々と描かれる。
そんな中で、女性客の正義感や小さな女の子の生き生きして恐れを知らない様子に勇気づけられる。
監督が何を描こうとしているかとか、メッセージはとか、そういうありきたりの捉え方を超えて、ここには善いもの、温かいものがある。
短い映画だし、唐突な終わり方ではあるけれど、たいへん満足しました。