「海よりもまだ深く」
樹木希林、阿部寛、小林聡美が絡んで、少し以前の日本的家庭の日常を、濃厚に、たっぷり時間と手間暇を掛けて描いている。小道具からちょっとした台詞まわしから、なにからなにまで、あの時代、あの雰囲気を、ぴたりと描き出している。これが物語の下地。これ、こんなに贅沢なのに下地なんですよ。
ここだけでも味があってじんわりくるのだが、これと波長が合うかどうかで評価が分かれてしまいそう。そういう意味で、対象を選ぶ作品。外国人には、おそらく絶対にわからない。ひょっとすると、平成以降の日本人にもわからないかもしれない。どうなんだろうか。
さて、そんな下地の上に、今度は、離婚で離ればなれになった家族をもってくる。下地とは異なる苦みのある実を載せる。
離婚、と一言で片づけて、あとは観る側の想像にまかせるような手抜きは、この監督は絶対にしない。どんな風にこの実が苦いのかを、これまたものすごく丁寧に描く。説明的な台詞に逃げたりもしない。ちょっとした場面を連ねていって、腑に落ちるまで描く。
なりたいものになれなかった、という作品のコンセプトを額面通り受け取れば、なれないまでも適当なところに収まった男女を描いてもよかったはずだが、そうせずに破綻までいった筋書にしている。ひりひりするような痛みが隠れている。
この下地と実を、ご近所や仕事先という餡で包んで、これまたものすごく丁寧に包んで、そうして玄妙な味わいの作品が完成。しみじみした味わいがにじみ出ている。
途中、ちょっと面白い処理があった。
樹木希林演じる祖母が、決めセリフのようなものを言うシーン。
「幸せっていうのはねえ・・何かを捨てないと手に入らないものなのよ」
これを言わせて、しばらく余韻を持たせたあと、
「今、あたしいいこと言ったでしょ。ねえ幸せって・・メモしておきなさいよいつもそうしてるでしょ」
これは笑った。そういう決め台詞依存の姿勢を、笑いをとるネタに使ってやんわり遠ざけておいてから、この映画の真の価値創造プロセスへ着実に進んでいく。
玄人受けするというか、すごい。
こんな手法を取り入れる監督も監督だが、ぬけぬけと演じて見せる樹木希林もどうなんだ。この女優さんがいるおかげで、邦画の表現の幅はずいぶん広がっているのじゃないか。
海街ダイアリーに比べると、一般受けはしないかもしれないが、私にはとてもよい按配の味付けに仕上がった傑作に思えました。