「岸辺の旅」
あの世とこの世の境目のやるせないお話。良作。
背筋が少しひんやりする怪談を、穏やかで心温まる人情噺に仕立てて、ひんやりとほっこりが同居する不思議な話しになっている。それが心地よい刺激に感じられる。
いくつかの短いエピソードをつなぐ形になっている。
この不思議な現象の仕組みを見せて、観客をこの世界に馴染ませるエピソード。それから、あの世に戻っていく前兆現象を見せておき、後々の納得感のお膳立てをするエピソード。
これらは、作品世界を成り立たせるための説明のパートだが、単に説明に使うだけではなく、死という虚無の恐ろしさと、日常の朴訥な情感とを同居させて、作品全体の空気感を作り出し、観客を次の展開へと送り出す。なかなか効果的な前置き。
ピアノを使った、この世の心残りを解消して消えていくエピソード。これはもう定型中の定型で鼻白むほどだが、その舞台設定がいい。地方のさびれた旅館の、あまり使われなくなって物置になっている、宴会用の狭い広間。日が差し込む明るい2階。幽霊の類とは一番縁のなさそうな、商売に精出す旅館の主人の奥さん。
そういう、しつらえの中で、この定型が語られる。
ごく普通の日常の中に、あの世はひょっこり同居しているのですよ、と言いたいかのようだ。
そして、あの世へ旅立つこともできず、生前の縁者を連れまわす、往生際の悪いケースのエピソード。主人公夫婦が陥り得たひとつの姿を描いて、それを、自らの手で解消させている。
最後は、別れ。からりと晴れた陽光がまぶしい浜辺で、涙が一筋だけ流れる。そんな風な夫婦のお別れ。
なかなかいいじゃないですか。