「トム・アット・ザ・ファーム」
公式サイトのキャッチコピーはこうなっている。
「僕たちは、愛し方を学ぶ前に、嘘のつき方を覚えた。」表向きは、そのとおりの作品。
「息の詰まるような愛のサイコ・サスペンス。」
以下、ネタバレを読む前に、劇場へ。
実際、この農場を切り盛りしている兄の狂気は、かなりやばい。
一見正常に見えて、ちょっとワルで、ダンスがうまくて、イケメンで、女にもてて。
頼りがいのある兄貴分のようなところもあって。
でも、なにかの拍子に突然暴力をふるう。腕っぷしが強いので始末が悪い。
気に入らないことがあると異論を認めない。
単純なのかというとそうではなく、深慮遠謀・権謀術数にも長けている。
暴力を振るうときも、激したところはなく、
むしろ思い知らせてやる意図を十分に自覚しながらやっている。
マザコンで、いい歳をして母親に支配されていて、
そのくせ心の底では母親が早く死んでくれないかと願っている。
そういう人物のやばさが、無造作かつ巧みに、
重量感をもって描き出されている。
それだけでも一級品。
最後まで、田舎の閉塞が生み出す狂気と、それに取り込まれ染まっていく都会の若者という構図は崩れない。
たしかに、妙な引っ掛かりはあった。この兄という存在の強引さ、登場の仕方の不自然さが、ちくちくとしてはいた。
なにより、主人公が、とっとと逃げ出せばいいのに、そうせずに、自発的におかしくなっていくのが変だ。途中で呼び寄せた女の方は、あっさり逃げ帰っていけたのだから、なおさら不可思議が浮き彫りになる。
いま思えば、これは監督が意図的に作った不安定感だろう。でも、ざっくりとしていながら巧みな話の運びに、まあそういう前提を置いているのかな、程度で引っ張られていった。
最後の最後まで。
おしまいに、ちょっとだけ、おや?と思わせるシーンがある。
呪縛が解けて農場を逃げ出した主人公を追ってきた兄が、
変なジャケットを着ているのだ。
背中に下品なアルファベット3文字がでかでかと縫い合わされている。
ここまでの流れに、およそ似つかわしくない。
そのまま映画は終わって、エンドロールと曲が流れる。
で、曲の歌詞で種明かし。
それかー。やられました。
不安定感やちくちく感は一気に解消して、全てが腑に落ちた。
ここまで、兄に対して抱いていた、諸々の感情、やばい感じが、
そっくりそのまま、あれに投影される。
イラク戦争? アフガニスタン?
みんなひどい目にあったよね。
あれにはさすがに愛想が尽きたわ。
のせられてしまった自分たちの愚かさが、苦々しい。
そういう感じに、くるりと転回。
鮮やか、とか、痛烈、という言葉はこういうときのためにある。
うま過ぎるでしょこの監督は。
https://www.youtube.com/watch?v=hu7guypt5aY