« April 2015 | Main | June 2015 »

May 2015

2015.05.31

「メイズ・ランナー」

謎解き+サバイバル+陰謀と、設定は盛りだくさんだが、ストーリーは今のところ極めてシンプル。三部作の第1部だそう。

最初は15少年漂流記のようなものかと思っていたら、そのうち、迷宮脱出の冒険に化けて、最後は人類滅亡の瀬戸際世界への扉が開くという、畳みかけるような展開。これは続きを見てみないといいとも悪いとも言えないが、飽きさせずに惹きつける技術はふんだんに使われている。とりあえずはそれを楽しめばよさそう。

自由への希求とか尊い犠牲など、米国的な紋切型の組み立ては、やや食傷気味だけれど、こうして大きな謎という枠組みの中に置けば、まだまだ使えそう。ひょっとすると、三部作の最後に、それが枠組みを壊すのかも。

次作に期待。

Pic45

|

2015.05.30

「サンドラの週末」

鬱の治療を終えて、元の職場に復帰しようとした二児の母が、社長のいけずな策略と闘うお話。

というと勇ましいように聞こえるが、そうでもない。むしろ、弱々しい草食系が、肉食系の非情な攻撃に倒れかかりながら、なんとか踏みとどまって、人間性を回復しつつ、一皮むけるお話。非常な危機もあったりするのだが、割と淡々と進むところがよい。

社長が従業員に対して、君達のボーナスかひとりの復職かどちらか選べと迫る設定は、結構えぐい。リアルな世界では、もっと見えない形で実行されるものだと思うけれど、映画では、構図を明確にするために、ストレートにやっている。

実際、いろいろ考えさせられるところがある。その感想は、映画に即して書くのは憚られるのでやめておくけれど。

主人公が、自分に投票してくれるよう訴えて回る相手の、様々な家庭の諸事情が描き分けられていて、それも興味深い。相手にもいろいろな事情あり、自分の行動が、相手の家族関係に波風を立てるのを目の当たりにしながら、それでも訴え続ける。引っ込み思案な草食系が、わずかなタフネスを振り絞って、なんとか歩き続けるのは、やや痛々しくもある。

それで、では徐々にタフな肉食系に変わっていったかというと、そうではないところがこの映画の眼目だ。彼女は、草食系のままで、草食系としての強さを発見する。北アフリカ移民の補助員との関係に、それが端的に表れている。なかなかいい結び方。


マリオン・コティヤールが、アカデミー賞主演女優賞ノミネートにふさわしいリアルな表現をしている。

追いつめられた復職希望者の、元気が出たりしょげ返ったり、憤ったり引き篭もったりする様子、さらには、最大の危機で、平常を装いながらも完全におかしくなっている歩き方など、うまい。

内容の薄い派手なアクション映画に毒されている中で、こういう、淡々としながらも明快なメッセージがある作品に出合うと、清々しい気持ちになる。

Pic02


|

「だれも知らない建築のはなし」

新国立競技場の件が、一気に火を噴いている昨今、この映画の冒頭に安藤忠雄をもってきて、何やら言わせているのは、とてもタイムリー。

そのキャッチーな部分とは別に、映画の本旨は、コミッショナーという役割の方に焦点を当てている。中心にいるのは、コミッショナーという活動で比類のない業績を積み上げてきた磯崎新だ。

伊東豊雄がそれを継げるのかどうか、いまのところよくわからない。批評、批判が必要だが、今の若い建築家にはそれがない、という趣旨の発言をしている一方で、そういうもの抜きで建築に取り組みたいような発言もあった。

とても印象的な言葉が、収録されている。

  それらの建物は
  注意を引こうともせず主張しようともしない
  ただ、正しい時間に正しい光が差し込む
  そういった美しさがあった

レム・クールハースの言葉だったか。

これは、とてもよく、建築の行く先を示していると思う。

それは、組織設計事務所が得意とするところでもあり、
作家性を拠り所にしてきたアトリエ系設計者達には厳しい投げ掛けではあるけれど。

Pic01

|

2015.05.23

「チャッピー」

感想書くのをすっかり忘れていた。

人工知能ロボットもの、ということだけれど、人間の子どもが、いろいろな大人の影響を受けながら育つ過程を、ロボットに投影しただけ、の作品とも見える。

違いは、意識をデジタルデータとして取り出せるらしい、という点だけ。

それは実は大変な違いであって、それがどんな破壊的な未来、あるいは劇的な進化を人類社会にもたらすか、知恵熱がでそうなほど重大なことなのだが、映画ではその点は実にテケトーに処理されている。残念でならない。むしろ、「her」の方が、その点は少し真剣に考えていたように感じられる。

まあ、そうはいっても、最後のシーンの妙にテクノでポップな感じは、この作品のちょっといいところかもしれない。
深刻に考え込まなくても、なんとかなるんじゃね?面白そうじゃね? といったスタンス。

それでヒトが滅びることになっても、まあそれはそれよ。(笑)
「第9地区」の3年後と、そのまんま一緒。


人工知能については、確かに、やってみないとわからないことが多いのだから、まずはやってみるのが吉なのかもしれない。本作は、それを援護する立場だろう。


この作品の眼目はむしろ、人が遠隔操作する無個性な破壊兵器の残忍さと、人が手塩に掛けて育てた結果、自律的な判断を行うようになったチャッピーの倫理性とを、対比させる点にありそうだ。

言いたいことは、あまりにも明らかだ。
そこを見ておけば、まあよしということで。

Pic01

ちなみに、グロイシーンは大幅にカットされていたそうで。
http://namaniku.net/2015/05/30/chappie-censored/

|

2015.05.17

まとめなど

Ingressカテゴリを作った。
もうとっくにやめていたはずのゲームだったのに、ここまではまるとは。

人によって、このゲームの魅力は様々あるようだけれど、自分としては、オリエンテーリング的な要素がどストライク。ツーリングとの相性もよいし、街中でも、バイクで移動しながら、いろいろ知らない場所を見て回れる。

ということで、カテゴリ新設のこの機に、昨年夏に始めてからの記事で、Ingressカテゴリに入れずに、ツーリングカテゴリにいれてあるものなどをまとめて、フックとして置いておこう。

140823猿島

140920南アルプス周回

141101キャンプ納め

|

陸を囲うなど

以前は、海側で、他のポータルをなるべく囲わないようにして大きな三角をつくっていたけれど、このゲームもだいぶこなれてきて、他のポータルを囲ってもそれほどヒンシュクでもなくなってきたと思う。プレイ人口が激増したおかげで、たとえ囲っても近隣のエージェントにすぐ壊されるようになったので、心理的な負担も軽くなった。

といろいろ言い訳めいたことを述べたうえで、こんなことをしてみた。

Pic11

ほんとは3重にするつもりだったけど、同色のリンクに阻まれて1重だけ。
APMUは1500くらいで、思ったより少なかった。

しばらく、壊してリンクという、ごく普通の遊び方に回帰していたけど、これからはこういうのをちょっとやっていきたい。


|

2015.05.14

雑記150514

今日はいろいろ、節目を感じさせる記事が目に付いたので。
たまには雑記も書かないとね。


今や中国、タイ以下」とも 日本の現場は強くない

神話のように語られてきた日本企業の強みは既に崩壊しつつある。「日本の現場は強くない」。今こそ経営者はこの事実を直視し、現場力再構築へ自己反省とリーダーシップの発揮に取り組むべき時に来た。

 薄給で雇われた現場の社員たちが自己犠牲的精神の下、サービス残業もいとわずイノベーションを生み出し、会社の進むべき道まで考えてくれる。そんな都合のいい話は、経営の世界にはない。

そゆこと。

もっとも、「普通の国」になりつつあるのは、それはそれでいいことなのかもしれないけど。


ラグジュアリー企業にマーケティングの概念は不向き

アルノー会長兼CEOは、LVMHの最大の強みは「新しいものを創造し続ける底力」であり、かつ「実用的なクリエイティビティー」を生み出すことであるという。
”実用的なクリエイティビティー” という言葉は言い得て妙。

フォンダシオン ルイ・ヴィトン落成式

「フォンダシオンこそがその信念を体現している。外から見ると息をのむような美しい建築物だが、館内は洗練されていてさまざまな用途に使うことができる」
フランク・ゲーリーの作品は、批判されることも多いし、実際、普通のビルの外観を歪ませたようなのは、どうかと思う。
でも、このヴィトンの建築は、ちょっと、これまでの「デコン」からは進化しているように見えるけど。どうなんだろ。


Webメディア 終わりが見えてきた/Facebook「Instant Articles」、Twitter、Snapchat 白熱の攻防

構造はTVに似てきた感じがする。
ひとつの時代の節目に差し掛かってるよなー。

ものの見方考え方をいろいろ変えないといけないかも。

|

2015.05.10

「ニュー・シネマ・パラダイス」

いまさら言うまでもない名作。デジタルリマスターのお陰で、映像的にもまったく問題を感じない。

映画館の映写技師と少年との交流を温かく描く。時代背景の移ろいがそれに絡んで、古き時代への郷愁を匂わせる。「ふるさとは遠きにありて思うもの」と言ったのは室生犀星だったか。

それと同時に、さりげない伏線から、最後に、映写技師が少年に遺した贈り物が、胸を打つ。時代を経てなお感動を呼ぶのは、こちらの不変の価値の方。

フィルム・映画・町の映画館という郷愁と、その媒体で表現された普遍的な価値とが、一本に縒り合されて、充足感で満たされる。


同じく名作とされる「スタンド・バイ・ミー」は、私はあまりピンとこなかったが、同世代の遊び友達を多く持っていたかどうかの違いなのだろうか。


ともあれ、本作はいまも全く古さを感じない。不朽の、という言葉がふさわしい。

Pic10_2


|

「ホーンズ 容疑者と告白の角」

見る前からB級臭がぷんぷんしていた。ラドクリフ君元気かな、くらいの軽いノリで見るのが吉。

角というギミックを使って、町の人達のあけすけな本音を引き出し(て笑わせる?)のが狙いのよだけれど、ベタすぎる。味わいがあまりない。

お話の骨組は悲恋なので、そこは定型のよさがある。加えて、最初は単なる失恋かと思わせておいて、最後に、悲恋であることが明かされるという運びはうまい。そのおかげで、単なるドタバタコメディからは脱している。ヒロイン役のジュノー・テンプルが、とりわけキュートに見えるのも、お話の力が半分くらい与っているだろうか。

どこでも見かけるデヴィッド・モースは、今回割といい役どころ。ナイスな雰囲気が出ていて、年季が入ってると違うなーという感じ。

Pic10


|

« April 2015 | Main | June 2015 »