「her」
人工知能と人の間に、恋や愛は生まれるのかというテーマにも見える。チェスや将棋の世界でコンピュータが人間を圧倒しはじめているこの時節に、それなりに興味深い。
同時に、ネットを挟んだバーチャルな関係を、本物の人間関係と錯覚しがちな風潮を取り上げているようにも見える。主人公が、代筆業というバーチャルビジネスの申し子のような仕事で、抜群の才能を見せるという設定が、それを暗示している。しかもそれが、高層マンションの上層階に住めるくらいの収入になっている。皮肉にしか見えない。
さらには、知力が大きく違う者の間では、コミュニケーションが避けられる傾向が生まれるという、爆弾テーマもある。二極化とか格差拡大が言われる中で、社会を解体に向かわせる厄介なテーマ。踏み込んでるなあ。
そういうわけで、意欲作であります。
* * *
しかし、です。やっぱり笑うしかない。
彼女がいつの間にかひょっとすると量子コンピュータか何かに移植されていて、自分と楽しげに会話しながら裏では8千何百人だかと、同じように調子を合わせて愛を語らっているとか。そのうち6百何人だかとは男女の仲だとか。
これに対して、どう憤れと?
代理母ならぬ代理恋人を勝手にネットのどこかから見つけて自宅に呼び寄せ、この女を私だと思ってエッチするのよ!さあ! とか迫ってくるとか。
一体どどどどうしろと?? 据え膳がどうしたとか言うとセクハラですよこのご時世に。
この辺で、半分趣味とはいえ、プログラムを実際に作ったりする者としては、白け感が漂う。スカヨハの声がどうハスキーだろうと、そんなもの、合成でしょ。初音ミクとどう違うの。
あ、ミクさんをけなすつもりはありませんから。
あ、だから石投げるのやめて。
あるいは、実は彼女は実在の人間で、OS1の製造会社の収益を最大化すべく日夜働くコールセンターガールであるかもしれない。客とネットの外で会ってはいけない、鉄の掟に縛られているのだ。
中の人などいない! と相手は言うけれど。
だまされてふやけた顔を高解像度のマイクロカメラに晒しているバツイチぼっちはいい面の皮。その映像、そのうち恐喝のタネに使われるかもしれませんから。
そんな心配が無いとも言いきれないなんて、せちがらい世の中だ。
ともあれ、この作品がおそろしいのは、進化のスピードを加速させる知能達が、いずれ平凡な人間を置き去りにしていくだろうこと。そのときも、凡人達への配慮を忘れずに、声を掛けてくる。
迂闊なことを言うと焼打ちに合うからね。野蛮な有機生命は怖いのよ。
博士から、うまくあしらえ握手くらいサービスサービス、とか言われているだろう。
握手よりもちょっと成人向けだが。(笑)
とりとめもないが、そんなところか。
真面目に意識とか魂の話とかは、この作品には向いていないという気がする。
所詮、コンピュータでしょ。
おっかないのは、その向こう側にいる人間です。