「X-MEN: フューチャー&パスト」
先週火曜日の緊急先行上映で、ヒュー・ジャックマンを(残念ながら)中継で見たのだった。知ってたら六本木の席を買っただろうけど、日本橋のを買ってしまった。
ミスティークの声をあてた剛力彩芽が一緒にステージに上がっていたけど、改めて米国の実力俳優と日本のアイドルの巨大な落差が見えてげんなりした。ヒュー・ジャックマンは、ファンに愛想をふりまきながらも、ちと興醒めしていたように見えた。
なんだかなー。剛力、名前にふさわしく堂々としていればいいのに。何だろうあのくねくねした気持ち悪さは・・・
はっ! ひょっとしてミスティークのつもり・・・なわけないわ。
* * *
X-MENは最初の三部作でアドレナリン出切ったあとは、少し外伝風のが続いていて、これもそういう感触の一本。バランスのよさとはこういう作品のことを言う、みたいな見本。
淡々とした展開の中で、印象に残ったのは、未来型のセンチネルの怖さ。なすすべがない、とはこのこと。
MARVELの戦略を聞いたことはないけれど、勝手に想像すると、スーパーマンやバットマンは、題材が限られているから、飽きがくる。何度も同じ材料で作り直しているけど、それは新しい世代向け。一度見た世代はもう見ない。
一方、X-MENは主人公たちの能力が多彩だから、いろいろ作り変える余地がありそう。観客の世代交代よりも早いサイクルで回せる可能性がある。
そういうわけかどうかは全く知らないが、この作品はそういう筋に沿って、全部 リ・セッ・ト してくれました。
おいおい、次作ではジーンはどうなるの?(笑)
とはいえ、これはいい伏線。
マグニートーが金門橋を持ち上げたり、海中から潜水艦を引きずり出したときは、さすがに力がはいったけど、今回、スタジアムを持ち上げても、ああ、奴ならそのくらいやるだろう、みたいに慣れが起きてしまっている。
もちろん、物語の盛り上がりに合わせたタイミングで使えば、まだまだ手に汗握る大スペクタクルだが、今回は故意にそれをずらしたようにも見える。世代交代を考えているのかもしれない。
ジーンをここで再登場させたのは、そろそろ第4世代(だっけ?)の能力全開で、新しいシリーズを作ろうという筋書きなのだろうか。ピラミッドをほいほいつくっちゃう新キャラといい勝負になりそう。間に挟まってもがくのがウルヴァリン、てことで三角関係もばっちり。
がんばれー。
そしてさしものプロフェッサーXもマグニートーも寄る年波には勝てず、ひとり不老のウルヴァリンだけがこのエンドレスなストーリーを、かつてあった滅びの世界の記憶とともに語り継いでいく。なるほど、彼がエグゼビア学園で歴史を教える役割なのは、なかなか穿った設定じゃないか。