「グランド・ブダペスト・ホテル」
絵本のように美しく楽しい、テンポのよい映像と展開。そのなかにちくりと批評が織り込まれている。古き良き時代の消えゆく美質を惜しむ最期の光。そういうものを、既に失って久しい時代から振り返ってみた、という趣の作品。
形式美に貫かれている。シーンがさくさく切り替わっていくテンポのよさがある。この監督らしいというのだろうか。
シュテファン・ツヴァイクという、ある一時代を代表する人気作家の作品が元になっているそうで、その銅像のシーンが最初と最後に入っている。
二度の大戦という時代の流れに翻弄された、このやや理想主義に寄ったユダヤ人作家の最期は、悲劇的だったようで、それをもってこの映画を評する向きもあるようだ。
けれども、ウェス・アンダーソン監督はむしろ、この作家の見た文明の光の方を、取り上げたかったように見える。それを表す台詞が、二度、主人公の口から語られている。二度とも、同じようなシーンでだ。一度ならず二度までも、大戦を引き起こした愚かしさを前に、それでも「文明の光」を口にし続ける点にこそ、この映画の価値があるだろう。
時代や背景がどうであれ、映画そのものは、あくまでも明るくコミカルに展開する。それこそが、作家が夢見た、そして映画の作り手が表したかった「光」にふさわしい。
戦後バブル期の光もすっかり消えて、世界のあちこちで、右傾化のようなことが語られるこのタイミングに、割とフィットする作品のように思えた。
映画づくりの手法としても、様々な工夫があったようだ。三つの時代がはっきりと分かれて描かれているのだが、その判別のためにスクリーンサイズを変えている。見ている間は意識しなかったが、はっきりと時代を区別して感じられたのは、たぶんそのお陰。
意匠の巧みさと精巧さは、これが、今は喪われた理想の世界であることを、くっきりと伝えてくる。音楽には中部欧州らしさが色濃く、これも相当な工夫があるようだ。
配役も文句なし。
いろいろと楽しめる要素満載、お薦めコレクションに加えたい珠玉の一本。