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June 2014

2014.06.29

雑記140629

お。
なんか面白そうな記事が。

Node.js、Express、AngularJS、および MongoDB を使用してリアルタイム・アンケート・アプリケーションを作成する

この MEAN スタック (Mongo、Express、Angular、Node) は、Web アプリケーションの開発およびデプロイメントを行うためのスタックとして、LAMP スタック (Linux、Apache、MySQL、PHP) のシンプルさをそのうち凌駕するかもしれません

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「ホドロフスキーのDUNE」

しばらく前に見て、感想を書きそびれていた。実際に製作された「DUNE」を見た記憶は、朧にはある。全然つまらなかったと思う。ほとんど覚えていないが。

実は、それはまがい物で、こちらの製作されなかった方が本物だということを、はじめて知った。
いま聞いても、ホドロフスキーが集めたスタッフ、出演者はけっこう凄い。フィルムメーカーに対するプレゼンテーションとして作られたという、分厚いストーリーボード集も凄い。

ホドロフスキーの息子であり、DUNEの主人公ポールを演じる予定だった男が、「この映画は実現しなかったが、それはたくさんの映画の中に生きている」と言うとき、ポールの死が、無数の民衆の中にポールを再生させる、キリストの復活のようなエンディングに重なって、少し感動する。

案外見ていて退屈しないドキュメンタリーでした。

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2014.06.28

「渇き。」

過度に露悪的で過度に暴力的。「告白」のような切れも驚きもなく、力押しのドタバタがダラダラ続く。ヤマなし意味なしオチもなし。音と映像と演技は過剰だから、見ている方は単に気分が悪くなるだけ。

いろいろ社会の問題らしきものを詰め込んでみせているようだが、ピンとこない。

とはいうものの、ここ1週間のうちに、タイムリーに池袋で車の暴走事件新宿で女子大生の集団昏倒事件があったばかり。この映画を地でいっているような。

別に今日始まったことでもないって?
わけ知り顔で言う者もいる。

巷の映画評では、この映画は見る人を選ぶそうだ。
この世界観とやらが、ぴったりはまる人も、世の中にはいるらしい。

笑えない。
 
 
 
でも小松菜奈はよかった。


(追記)

それだけだと、映画代が無駄になった気がして癪なので、これをネタに少し考えてみる。

この映画は、規範を全て取り払うと何が起きるか、という実験をしているように見える。

たいていの作品は、あるいは論考でもいいが、何等かの規範を想定して、それとの葛藤を取り上げるのが常道だろう。そこに緊張や弛緩が生まれて、物語になる。

これは、それをなくしてしまえということだから、物語がない、緊張がない、葛藤がない、つまらない、という評は正しかろう。さらに言えば、この作品に世界観という言葉で表される概念を求めるのは、そもそも間違いだ。

エンディングの雪の中のシーンは、取り払ってしまったものを取り戻したいのに、それはもう無い。という状況を描いている。無くしたものをいつまでも探し続ける焦燥と疲労。

そんなところか。


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「サード・パーソン」

わかりにくい映画。かつ宣伝しづらいオチ。ということで、これは興行的には少々難しかろう。以下ネタバレ。

自分がちょっと目を離した隙に、最愛の子どもが事故にあい、天に召される、というプロットは、どの作品で使われても目頭があつくなる。「ザ・ドア」がそうだった。あれくらいにあっさりと見せていればいい題材だ。

この映画は、それを見え隠れさせながら、幾重にも重ね合わせている。それが中心にあるのかと最後まで思わせる。タイトルも、亡くなった子どもを指すのだろうと思うだろう。

そうしておいて、実は異なるところに、いきなり話を落とす。
伏線はもちろんあった。その仕込み方がさりげなく巧みなので、こちらは綺麗に嵌められて、腹は立たない。

あるいは、このオチはおまけで、それまでの架空の男女の描写を、作り手は見せたかったのかもしれない。けれども、作家を批判する編集者に、それらのストーリーは駄作だ、言い訳に過ぎない、と言わせているのだ。これは強烈な自己否定というか、作品の大部分を駄作だと、作中で言っているようなものだ。なかなか思いきりはいいと言える。

それらが文字通り露と消え去った後、最後にいきなり表に出てくる主題は、子供の不慮の事故、親の罪の意識というテーマに負けず劣らず。

それが何かは・・芥川龍之介の「地獄変」とだけ記しておきたい。

Pic01_2

リーアム・ニーソンは、こういう雰囲気の作品が似合う。華々しさとは無縁で、しかし心の襞にいろいろ隠し持っている曲者の役。

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2014.06.22

140622映画予告編チェック


About Alex
こういう感じのが来てくれないかなあ・・日本での受けを考えると、なかなか難しいかもしれないけど。


The Two Faces of January
ヴィゴ・モーテンセン渋そうだけど・・
「裏切りのサーカス」と同じプロデューサ。。ミステリなのかな?


Final Girl
アビゲイル・プレスリンちゃん、大きくなって・・子どものころは可愛かった・・
お話はつまらなそう。アビーちゃんにあんまり合ってなさそう。
こういうのは、薹の立ったスカヨハとかに任せておけばいいのに・・

「幸せのレシピ」とか、「リトル・ミス・サンシャイン」また見たいな・・


Planes: Fire & Rescue

Carsはよかったけど、Planesは見なかった。。でもこれは面白そう。


Birdman
んー。
まあ、ちょっと面白そうかな。。

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2014.06.21

「300 帝国の進撃」

ザックスナイダー120%! きょうび、これだけふっきれた映像はそうそうない。やっぱり世間の良識とか恐いからね。でもこの作り手は違う。容赦しない。それでいて、美を感じさせる。アブナイわー。

以下、いきなり最大の山場のネタをばらします。
ちょっと待ったー! という方はすぐに戦場へ。いや、劇場だ。


追いつめられたアテネ海軍、スパルタの援軍もなく、ペルシャの大艦隊に最後の抵抗を試みます。軽装だが船足だけは速い船を駆って、敵の大船に体当たり。乗り移って白兵戦に持ち込みます。あっと驚く隠し技で、敵の司令部に肉薄するアテネの戦士。

甲板での斬り合い殴り合いもたけなわとなって、ついに大物どうしの一騎打ち!
かたやペルシャの女提督、凶暴冷酷残忍ぼいん! 剣の腕ではペルシャいち!
こなたはギリシャの戦争屋、冷静沈着ぼっちでマッチョ! 熱いハートはギリシャいち!

数合の激しい討ち合いの末に互いに放つ必殺の一撃は、相手の喉笛でぴたりと止まる!

男:「俺を殺してしまったら、戦う(遊ぶ)相手がいなくなるだろう?」
女:「ふむ・・ それもそうだな」 (せりふなし表情だけで!)

ってそれどこの銀英伝なのかーっ! (笑)


なんかね。血沸き肉躍るわけです。
わたくしの中の厨二病はたいへん満足いたしました。

この後、男が言う台詞がまた、勝気な女心にぶっすりと刺さるわけです。
素晴らしい。

え? 本物の女はそんなせりふ鼻で笑うって?
そう思う方は劇場で。


その台詞を無理なく言わせるために、いろいろなシーンを積み上げてきているんだよね。
緻密だわ。そこがB級とそれ以上とを分けるところ。
この作品は、それ以上。

いやーまたときどきやってほしいわこれ。

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前作の「300」では、スパルタのレオニダス1世が奮戦空しくテルモピュライで負けるお話だったが、これを契機に大国ペルシャになびく都市も増えたそうだから、実はアテネもスパルタもかなり追いつめられたわけだ。

要衝であるテルモビュライを通過したペルシャの大軍は、順調にアテネも攻略。アテネ人は、サラミスほかに逃げ散る。

ここで、本作の主人公テミストクレスの名前が登場。wikipediaの記述はこうある。

「ペロポネソス半島の諸国は、アテナイが制圧された以上、アッティカ半島の防衛は不要と考え、イストモスに防衛線を築くことを主張した。しかし、テミストクレスは断固反対し、敵味方双方を篭絡して、なし崩し的にサラミス水道での海戦にこぎつけた。ギリシア連合艦隊をまとめあげることに成功したテミストクレスは、地の利を生かしてペルシア艦隊を破った。」
それが、今作のクライマックスの海戦。

テミストクレスという人はかなり策士だったようだ。ギリシャ連合軍が、イストモスに戦線を移そうとしているのを、敵方のクセルクセスに密告して、ギリシャ軍の逃げ道を塞がせ、同時に、自軍に対しては、戦うしかないという結束に追い込んでいったようだ。戦闘ではこの地域特有の風と高波を利用して勝ったとされる。
その後も、クセルクセスに使者を送って、ギリシャ軍の追撃をやめさせたのは自分だと売り込んでみたり、手に入れた海軍を使って、周辺の諸都市から貢物を取ったりしたあげく、陶片追放でペルシャへ逃がれたとか。

ともあれ、この海戦の敗北で、クセルクセス1世はやる気をなくして国に帰る。とはいえ、軍勢と指揮官は残していくから、ギリシャ諸都市は相変わらず強国ペルシャの圧迫を受ける状態に変わりはない。


ということで、次作があるとすれば、ギリシャ連合軍が、最終的にペルシャの駐屯軍を追い払う「プラタイアの戦い」を取り上げることになるのだろう。

一応、史実(というかヘロドトスの記述)によれば、陸上の戦いではギリシャの重装歩兵密集陣が効果を発揮したそうだから、映画に出てくるような、半裸のギリシャ戦士が個々に剣を振るって戦うというのは、少々嘘があるのだが。まあ、いいよね。この映画面白いし。

次、やるかなあ、やってほしいなあ。

Battle_of_thermopylae_and_movements Battle_of_salamis_2

図はwikipedia「サラミスの海戦」より。

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2014.06.20

雑記140620

余丁町散人さんが亡くなられたそうだ。
ネット上でブログやツイッターを拝読するだけのご縁だったが、いろいろ教わるところが多かった。

合掌。


映画「300 帝国の進撃」の試写会に行ってきた。

いいなあ。明日見に行くなりー。

「アナと雪の女王」を観てしまった人は今は他に観るべき映画もありませんしね。
いや、ちょっ、それ違うっしょ。(笑)


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2014.06.15

雑記140615

映画を観ようかと思って渋谷まで来てみたら、なんか盛り上がってる。

今日は10:00から日本×コートジボワールだとか。

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10:00過ぎても町を歩いている彼女たちは、応援よりむしろファッションかな。
コートジボワール応援ぽい人が、上のイングリッシュパブを指さして何か話してる。

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「女子ーズ」

くだらないけどつい笑ってしまう勇者ヨシヒコが、面白いと一瞬でも思ってしまった方には耐えられる・・たぶん。

というかそのまんま(笑)

どこがそのまんまかは見てのお楽しみ。( ̄▽ ̄)

あれは彼以外あり得ないよね。 (と思ったら、予告編でバレてるわ)

20世紀少年のネタなど、劇場大爆笑。

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しっかし女子ですな。

作り手が男目線で考えるキーワードは「片手間」。

でも、正社員1名バイト4名という、リアル世界の役割を入れておいて、女はいつも片手間という考えをちくりと皮肉っている。

少し筋はずれるけど、指令ことチャールズからの呼び出しを、子供のSOSに置き換えたら、と思うと、考え込んでしまうところもある。学校から、「熱出た!」とか連絡があったら、どうします?

そんな女子ーズの相手を、怪人たちの方も辛抱強く務めていて微笑ましい。

戦隊ものというサブカルの衣を纏っているけど、「女子」という概念はサブカルより広い。

その広さが、日本固有なのか、汎アジア的なのか、それとももっと広いのか、そのあたりを知りたい気がした。

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2014.06.14

「ノア 約束の舟」

文句なく傑作。特に後半が。

ノアの箱舟伝説をただ映像化したのではきっと退屈だろうなと、あまり期待もせず、ただ豪華俳優陣に釣られて観に行ったら、見事に良い方に裏切られた。
もちろんこのお話を、驚くべき「真実」などと言ったら、聖典の民から総スカンを食うのは致し方ない。方舟伝説として伝えられるものとは、”少々”筋書が違うからだ。

千年単位の時間を超えて語り伝えられる物語は、シンプルである必要があるから、本物の聖典が、心の葛藤を端折るのは仕方がないのだろうけれど、それではお話としてはつまらない。

その味気ない空隙を、この作品は、前半はファンタジーで、後半は骨太な人間ドラマで、それぞれ満たした上に、一段の高みに昇華している。それも、巧みな人物描写と、名優の演技と、最小限に磨き上げた台詞とで。もちろん一大スペクタクルが背景だ。

これを傑作と言わずしてなんとする。

そういうわけで、今年前半の自分的ベストにほぼ決まりです。


エマ・ワトソンもローガン・ラーマンも、いい作品と一緒に成長していくのを見られるのが嬉しい。この二人は、「ウォールフラワー」でも一緒だった。

主人公ノアを演じたラッセル・クロウ。プロローグの後の、出だしの優しげな表情が最高。そこから後半山場のナイフを握りしめた悪鬼の貌まで、大車輪の活躍でした。応じるジェニファー・コネリーも一緒に。

アンソニー・ホプキンス。愛され頼られる年寄りというものは、皮肉屋で剽軽で、そして裏がある(笑)、というお手本。よい薬味でした。

思いのほかよかったのが、カインの裔を演じたレイ・ウィンストン。悪を行うのは人の定め。それがなぜ悪いという自信に満ちた開き直りが彼の役回りだが、悪辣さを適度に抑えて、”どうして悪いのか”という純粋で率直な問いかけを体現していた。ここは、自らの悪に向き合って憔悴するノアと対照する、たいへん重要な点だが、そこを非常にうまく伝えていた。

彼の振る舞いが、最後に最高の決め台詞を言うエマ・ワトソンのシーンを、草葉の陰から(笑)強力にバックアップ。上出来な悪役ぶりでした。

いやー、いい映画観たわ。

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因みにこの作品は、イスラム圏では上映禁止、キリスト教圏でも批判的な意見があるそうです。(例えばこちら「新作映画『ノア 約束の舟』に米創造論者が否定的コメント「聖書から逸脱している」「益よりも害」」など。)

公開直前まで、都心の上映館がWebに掲載されなかったことと、何か関係があるのかはわかりません。

私は宗教的な制約から一応自由なので、大いに楽しめましたが、気になる方には無理にはお薦めしません。

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2014.06.08

雑記140608

渋谷のハンズをうろうろした。

マルチコプター売ってた。110分充電で7分飛行が15000円。40分充電で5分飛行が6000円
充電時間長いなー。でも高い方は、普通のアルカリ乾電池が使えるみたい。

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これでビデオカメラを載せて、地上でモニタできたらなあ。単に飛ばすだけだと、いまひとつかな。


検索がアプリで行われる傾向が増、Googleなどのシェアは低下傾向に

なお、Googleも、シェアは落ちても売上が減少するわけではない。過去2年間でモバイル広告は70億ドル近く増加したが、その中でGoogleのモバイル広告の売上は60億ドル近いのだ。

結論としては、さまざまなニッチアプリが、徐々に検索に取って代わりつつある、ということ。

iPhone上のGoogleアプリで検索することは多いけど。

個人的には、食べ物屋さん専用の検索アプリとか、そもそもしない。あれこれインストールすると面倒だし。
そもそも、Googleで検索すると食べログが上位に出てくるから、それで十分だったりする。

それはそれとして、世の中の傾向は、そういうことらしい。

今日はさすがに安すぎるワインを買って失敗。
さっさとかたずけてしまえということで、かなり酔ってきております。

というか、これくらいの安い値段でも、そこそこ美味いのもあるから、知らないワインを買うのは冒険。


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「グランド・ブダペスト・ホテル」

絵本のように美しく楽しい、テンポのよい映像と展開。そのなかにちくりと批評が織り込まれている。古き良き時代の消えゆく美質を惜しむ最期の光。そういうものを、既に失って久しい時代から振り返ってみた、という趣の作品。

形式美に貫かれている。シーンがさくさく切り替わっていくテンポのよさがある。この監督らしいというのだろうか。
シュテファン・ツヴァイクという、ある一時代を代表する人気作家の作品が元になっているそうで、その銅像のシーンが最初と最後に入っている。

二度の大戦という時代の流れに翻弄された、このやや理想主義に寄ったユダヤ人作家の最期は、悲劇的だったようで、それをもってこの映画を評する向きもあるようだ。

けれども、ウェス・アンダーソン監督はむしろ、この作家の見た文明の光の方を、取り上げたかったように見える。それを表す台詞が、二度、主人公の口から語られている。二度とも、同じようなシーンでだ。一度ならず二度までも、大戦を引き起こした愚かしさを前に、それでも「文明の光」を口にし続ける点にこそ、この映画の価値があるだろう。

時代や背景がどうであれ、映画そのものは、あくまでも明るくコミカルに展開する。それこそが、作家が夢見た、そして映画の作り手が表したかった「光」にふさわしい。

戦後バブル期の光もすっかり消えて、世界のあちこちで、右傾化のようなことが語られるこのタイミングに、割とフィットする作品のように思えた。

映画づくりの手法としても、様々な工夫があったようだ。三つの時代がはっきりと分かれて描かれているのだが、その判別のためにスクリーンサイズを変えている。見ている間は意識しなかったが、はっきりと時代を区別して感じられたのは、たぶんそのお陰。

意匠の巧みさと精巧さは、これが、今は喪われた理想の世界であることを、くっきりと伝えてくる。音楽には中部欧州らしさが色濃く、これも相当な工夫があるようだ。

配役も文句なし。

いろいろと楽しめる要素満載、お薦めコレクションに加えたい珠玉の一本。

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2014.06.06

「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」

Wikipediaを見ると、

「コーエン兄弟監督・脚本・編集による2013年のアメリカ合衆国のコメディ・ドラマ映画である。」
となっている。へーそうなの。

公式サイトを見ると、

「カンヌ国際映画祭において大絶賛と共に見事グランプリを受賞しコーエン兄弟の健在ぶりを世界に知らしめた。」
となっている。ほーそうですか。

映画を見るとしかし、これはコメディなのか? という疑問がわく。

たしかに劇場の後方の席で、例によってサクラなのか自己顕示中毒者なのかわからない一団が、げらげらと大袈裟にやってみせて会場に笑いを伝播させようと懸命の努力をしたあげく失敗していたようだった。仕事ではよくあることだがお疲れ様です。

* * *

ブラック・ジョークに対応して、ブラック・コメディという言葉があるのかどうかは知らないが、もしこれをコメディと呼ぶなら、そんな辺りだろうか。

キャリー・マリガンといえば、愛らしさと優しさの象徴(自分の中では)だが、映像はソフトフォーカスでくるんでいるものの、台詞の方では凄まじい攻撃的な言葉を連発させる。その映像と口調のギャップが激しい。ひょっとして、そのギャップで笑わせようとしているのだろうか。純朴な田舎青年としては、むしろいたたまれない感じです。(笑)

フォーク・シーンに対する毒を含んだ批判が感じられる。主人公に理解のある教授の奥様や来客をデフォルメして描き、それへの攻撃という形でその悪意を示している。1965年くらいをピークに、「うたごえ喫茶」なるものが日本にもあったそうだが、そういう感じなのだろうか。それを黒歴史と呼ぶ向きもあるようだけど。(笑)

自分の歌はそういう素人くさいものとは違うのだという魂の叫びと、にも拘わらずそういう素人くさい人々の善意で自分の生活がかろうじて支えられているというイタい現実とが、主人公の心をかき乱す。

どうにも行き詰って逃れるように出かけた先のシカゴの劇場で、そこのマネージャが、暖かくも厳しい目で、彼の歌を評して言う。

「たしかに歌はうまい。・・・・ 金の匂いはしないな。」
それは、酷評であると同時に、ひょっとすると賛辞でもあったかもしれない。

このシカゴへの道中が、またひどく奇妙な不条理劇だ。ショービジネスに対する風刺がある。やくざなマネージャともったいぶったプロデューサにこづきまわされるミュージシャンの図柄。ショーを成り立たせる主役なのにこの扱いは何だ。とでも言っているようだ。主人公が、はじめはこの道中に参加するつもりがなかったのに、諸般の事情でやむなく乗ったという流れも笑える。それが本物のツアーならまだしも、職探しの道中なのだからなおさらだ。”What are you doing ?”(笑)

かといって、その道をあきらめて単純作業に従事したところで、先は知れている。老人ホームにいる父親が、その表象だ。昔好きだった曲を聞いて、懐かしくてついお漏らししてしまうのが関の山。(笑)


そしてお話は、冒頭のシーンに戻る。
店の支配人らしき男が、「昨日は荒れてたな。」 と何気なく声を掛けるのが再現される。

その一言の裏側に、どれほどのことがあったのか、余人は知らない。それを描くためにこそ、この映画は延々と遠回りして、最初のシーンに戻ってきた。まさにタイトルどおり、主人公の「インサイド」。救いどころのない日々。それでも生きていく日々。

ところで、ずっと不機嫌な様子のジーンことキャリー・マリガンが、一度だけふっと、いい笑顔を見せる。たまりませんな。そういう、ほんの一瞬のために、われわれは灰色の日常を生きているようなものだとでも? 監督はそう言いたげだ。


歌の方は、宣伝に使われている1フレーズこそ印象的だが、本編の中では総じて上手くも下手でもない。
そうそう、キャリー・マリガンも最近の流行りに乗って歌いました!上手くないけど一所懸命歌った!
ほとんど、彼女見たさに行ったような映画だから、それで十分満足だ。

ところで店の支配人は最後にこうも言った。「フォークなんぞ聞きに来ているわけじゃない。ここの店の客の大半は、彼女とやりたくて来てる。わはは。」

コメディだと思ってスクリーンの中の世界を嗤っていたら、いきなりスクリーンを飛び出てこちらに刺さってきやがった。イタイです。(笑)

この支配人の数少ない短い台詞が、実はこの映画をドライブしているのじゃないか。(笑)

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2014.06.03

「X-MEN: フューチャー&パスト」

先週火曜日の緊急先行上映で、ヒュー・ジャックマンを(残念ながら)中継で見たのだった。知ってたら六本木の席を買っただろうけど、日本橋のを買ってしまった。

ミスティークの声をあてた剛力彩芽が一緒にステージに上がっていたけど、改めて米国の実力俳優と日本のアイドルの巨大な落差が見えてげんなりした。ヒュー・ジャックマンは、ファンに愛想をふりまきながらも、ちと興醒めしていたように見えた。

なんだかなー。剛力、名前にふさわしく堂々としていればいいのに。何だろうあのくねくねした気持ち悪さは・・・
はっ! ひょっとしてミスティークのつもり・・・なわけないわ。

* * *

X-MENは最初の三部作でアドレナリン出切ったあとは、少し外伝風のが続いていて、これもそういう感触の一本。バランスのよさとはこういう作品のことを言う、みたいな見本。
淡々とした展開の中で、印象に残ったのは、未来型のセンチネルの怖さ。なすすべがない、とはこのこと。

MARVELの戦略を聞いたことはないけれど、勝手に想像すると、スーパーマンやバットマンは、題材が限られているから、飽きがくる。何度も同じ材料で作り直しているけど、それは新しい世代向け。一度見た世代はもう見ない。

一方、X-MENは主人公たちの能力が多彩だから、いろいろ作り変える余地がありそう。観客の世代交代よりも早いサイクルで回せる可能性がある。

そういうわけかどうかは全く知らないが、この作品はそういう筋に沿って、全部 リ・セッ・ト してくれました。
おいおい、次作ではジーンはどうなるの?(笑)


とはいえ、これはいい伏線。

マグニートーが金門橋を持ち上げたり、海中から潜水艦を引きずり出したときは、さすがに力がはいったけど、今回、スタジアムを持ち上げても、ああ、奴ならそのくらいやるだろう、みたいに慣れが起きてしまっている。

もちろん、物語の盛り上がりに合わせたタイミングで使えば、まだまだ手に汗握る大スペクタクルだが、今回は故意にそれをずらしたようにも見える。世代交代を考えているのかもしれない。

ジーンをここで再登場させたのは、そろそろ第4世代(だっけ?)の能力全開で、新しいシリーズを作ろうという筋書きなのだろうか。ピラミッドをほいほいつくっちゃう新キャラといい勝負になりそう。間に挟まってもがくのがウルヴァリン、てことで三角関係もばっちり。

がんばれー。


そしてさしものプロフェッサーXもマグニートーも寄る年波には勝てず、ひとり不老のウルヴァリンだけがこのエンドレスなストーリーを、かつてあった滅びの世界の記憶とともに語り継いでいく。なるほど、彼がエグゼビア学園で歴史を教える役割なのは、なかなか穿った設定じゃないか。

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「アクト・オブ・キリング」

ひと月ほど前に見てはいたのだが、感想を書き忘れていた。
映画としては、あまり面白くはない。

実際に、ああいった虐殺事件が、インドネシアで起きたということは、映画を見て初めて知った。2012年に製作された映画が、日本で、こういうタイミングで公開されることに、何か意図を感じないわけではないが、まあそれはそれ。

ならず者である彼らが、なぜ自らの役を演じるこの映画のオファーを受けたのかが、最大の謎だったが、どうやら、彼ら自身は、自分を、本当に英雄だと信じていたようだ。それなら確かに、その英雄譚を映画にしてみないか、と言われて、断る理由もないわけだ。

映画製作に、俳優として参加することで、彼らは、作中の役柄について否応なく考えることになる。それが、視野を広げ、他者の目で自分を見るきっかけを与える。その結果、何が彼らに訪れたか。

なかなか面白い趣向の作品でした。

しかしなぜ、彼らはこれを公開することを認めたのだろう。謎はますます深まる。

いや、単に契約で縛って罠に嵌めたのかもしれないけれど。(笑)

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