「ザ・ドア」
並行世界をつなぐ扉に迷い込み、とりかえしのつかない過去の過ちをやり直すきっかけを掴んだ男。その代償の罪深さにおののきながらも、いま一度の人生を着実に歩み始めたかにみえたとき、破局は訪れる。男は何を選び取るのか。
一見SFサスペンス仕立てだが、実は、喪った時間と過去を受け入れ、やり直す夫婦の物語。以下ネタバレは観てから読むのが吉。
男は、娘が事故死する少し前の時間に舞い戻り、過去の自分が救えなかった娘を、あわやというところで救出する。その後、妻や周囲の目は欺くものの、小さな娘からは、パパじゃない違う人と見破られ、なんとか絆を取り戻そうとする。そのとき、彼が娘を説得するために持ち出した守護天使の話が秀逸。
一見、自分勝手なご都合主義の論法にも見えるのだが、過去の自分の至らなさを詫びて、やり直しの機会を求めているようでもある。子どもは案外現実的というか柔軟というか、「違うけどパパよりもパパらしい」この守護天使の罪滅ぼしを、結局受け入れる。
妻は、夫が入れ替わったことに長く気付かないが、以前の醒めた関係とは明らかに違う夫の姿勢に、頑なだった気持ちを次第に変えていく。お話は、よい方向にすすんでいるかに思えたが・・・
主人公の男の、やり直しを望む気持ちに嘘はない。けれども、入れ替わりに死んだ過去の自分という代償は、暗い影となって現実にのしかかる。タイムスリップと違ってパラレルワールドのお約束では、自分の死体は都合よく消えてはくれないのだ。それがもとで、新たに罪を重ねてしまう。
この危うさがサスペンスの魅力でもあり、この方向で煮詰めていく作品も多いけれど、本作はここから、別の面白い展開を見せる。
扉をくぐってきたのは、実は主人公だけではない。他にもいるのだ。その彼も、主人公と同じく、過去の自分の抹殺という代償を払っている。代わりに手に入れた裕福な生活に彼は満足げだ。未来に何が起きるのかわかっているのだから、儲けるのは簡単だと、その男は臆面もなく言う。もう一人の自分を、事故とはいえ死なせてしまったことに後ろめたさを感じている主人公は、この俗物で現実的な男に馴染むことができない。けれども罪悪感は相対化され、お話は意外な結末に向けて進んでいく。
この後、展開は加速する。短い尺の中にいろいろな要素が詰まっていて、スピード感がある。クライマックスでは、台詞抜きの短いシーンに多くを語らせ、それがアクロバットのように連続していく。前半で、限られた登場人物間の心理描写をじっくり行った下地の上に、急速に世界観をふくらませていく。映画的にはここが最高に面白い。
結局、主人公とその妻は、過去の自分たちと入れ替わり、娘はもうひとりの妻と一緒に未来の世界へ行くことで、この映画は終わる。扉は破壊され、入れ替わり達のリーダーだった俗物の男も倒れ、5年間の傷を抱えた夫婦は、ことの始まりとなったプールの縁にへたり込んで、互いを見かわす。
一体、この夫婦は、幸せな未来を取り戻せるのだろうか。様々な不安を抱えながらも、その道筋は、既に映画の中で、主人公と過去の妻との間で示されているようにも思える。
結末から遡れば、この作品は、一度壊れた夫婦の絆が再生する様を描いているように見える。いくつか些細な破綻はあるものの、その一点において良作といってよい。
これで、未来へ行った方の妻と娘が丸く収まれば、納得感もより高まるところだった。
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