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2013.10.26

「危険なプロット」

何かにのめり込んでいくことの魅力と危険を、似た者どうしの教師と生徒に焦点をあてて描いた作品。結末も面白い。以下ネタバレ。

耽美的というのとは少し違うかもしれない。他の常識的なものごとよりも、魅惑的な文章を紡ぎだすことの方を、はるかに優先させのめり込んでいくという筋書きは、十分耽美的な気がするのだが。作中でしばしば引き合いにだされるフローベルは、写実主義と呼ばれるそうだが、その作品「ボヴァリー夫人」のロマンティックな幻想と現実の破綻は、この映画にも受け継がれている。

たぶん、途中に挿入される、書き直しに相当する部分が、純粋さを薄めているのだろう。その不純な部分、教師と生徒の文章のスタイルや内容を巡る議論の部分を、朗読ではなく映像として挿入して、物語世界との二重構造にしてあるところが目新しい。映画を見る側は、映画の中の主人公が書き綴る文章の世界と、書いている主人公をとりまく現実世界とを、映像の中で同じトーンで見せられる。同じトーンが許されるのは、文章が現実世界の進行にあわせて、それを観察する形で書かれていくという、映画の「プロット」があるからだ。

それが、途中のどこかから、現実世界の進行とは異なる想像の世界にすり替わる。見ている側は、現実の進行かと思ってぎょっとしたりするのだが、そこで突然待ったが掛かり、二人の文学的な議論があって別の進行が採用され、再び映像として動き出す。そういう仕掛けだ。

原作小説があるそうだけれど、この二重構造が途中から交わりだす部分は、映画ならではの映像的な運びがあって、その辺りが面白い。

さらに、映画としての魅力を高めているのは、二人の俳優。教師役の方の人は、フランスの名優。そして生徒役の方は、一般の中から選ばれたそうだけれど、魔少年を演じるにぴったり。選んだ側の眼力の勝利か。

結末は、ライトな破滅感とこの先の予感とが混じり合って、よい感じで締めている。魔少年が魔人作家に成長できるどうかは、現実との闘い如何に掛かっている。似たような終わり方で、「モールス」を思い出した。魔人とその理解者である普通人との相互扶助、共生。そして「モールス」には有り得なかった、希望。

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