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2013.09.22

「エリジウム」

米国内の豊かな1%対貧しい99%の話題は相変わらず花盛りだが、99%の方が主要顧客である映画産業にとっても、これははずせない大ネタ。ギリシャ神話の極楽浄土エリュシオンから名前をとったスペースコロニーに住む豊かな1%と、それ以外の99%を巡るお話。世界的に見れば豊かな方に入る日本人のひとりとしては、これの見方には気を遣う。以下ネタバレ。

富裕層対貧困層の争いとして捉えると、この映画はかなり安っぽく見えてしまう。富裕層に独占されている超高度医療が、貧困層に解放されてめでたしめでたしで終わるというのは、ドラマチックではあるが、あまりに皮相的だろう。何であれ、サービスの普及過程は、利用者の増加と価格の低下が相乗的に拡大しながら進行するものなのであって、天から突然降ってくるわけではないのだから。映画の作り手が、主人公の想い人に、「Complicated」 だと二度も言わせているのは、まことに暗示的だ。貧富の差が拡大する理由は単純でも、それを解消する方策は、そう単純ではない。


むしろこの映画は、99%の側に属するそれぞれの、身の処し方を見るのが興味深い。カバの逸話が鍵になっている。

小さくてかわいそうなミーアキャットを背中に乗せて、高いところにある果物を好きなだけ食べさせてやるカバ。そのカバに何の利益があるのかと、主人公は小さな女の子に荒んだ質問を投げかける。逸話を話した少女は、よどみなく、「友達ができて幸せ」と答える。そこに作為はない。本当に価値のあることはそれだと、この余命少ない小さな子は、心の底から言っているのだ。ここはエンディングにつながる大切なシーンで、振り返れば、実に泣けるところ。

この場面は、まるで聖書の1ページを読んでいるかのように絵画的だ。そういえば、主人公の孤児時代の描写にも、修道院の風景が何度も挿入されていた。

シスターが、暴れん坊の少年を諭して言う、「あちらから見れば、この場所も美しい。自分の生まれたところを忘れないで」という言葉も、99%の側に、遠くの他人を羨むだけの生き方をやめて、自分の周囲をよりよくすることを考えるように諭す響きがある。


エリジウムへ乗り込んだ主人公は、そこで、頭の中の情報を読み出せば自分は死ぬことを知る。それは、地球から来た仲間達の誰一人知らないことだ。彼らはその情報を使って、エリジウムを変えるためにここへ来ている。

それゆえ、その先、エンディングに至るまでの激しい戦闘シーンは、悲壮感を帯び、強い印象を残すことになる。シスターが言ったもうひとつの話がくっきりと思い起こされる。

本作の良さは、表向きは派手なSFチャンバラのように見えて、その底に意味を持たせている点にあるだろう。この戦闘シーンは、主人公だけがそれと知る、ゴルゴダの丘への長い道のりなのだ。


たぶん、作り手はそういう話をしたかったのだろうと、観終わってから思う。宗教的、というと誤解の元だが、キリスト教色を強く感じた。

Pic02


という具合に、自分なりの解釈もできる、わりと守備範囲の広そうな一本。

それにしても、貧困層の配役がほぼ全員、メキシコ以南の中南米を思わせるのは、あまりに意図的に過ぎないか。太平洋のこちら側からも気になってしまう。オバマケアはちゃんと議会を通るんですかね。

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