「風立ちぬ」
世の中は理不尽なもので、何か思い描くような理想的な条件や環境など無いものだが、そんな中からも、最高に美しいものを生み出すことはできるよ、ということを、設計家の仕事ぶりと、女の生き様とに写して重ね、交錯させながら描いている。そのコンセプトを評価したい。漫画の原作がある由。以下ネタバレ。
主人公の航空機設計のセンス、才能は、必ずしも十分恵まれた環境に置かれているわけではない。製造の裾野を支える技術基盤は脆弱だし、ロジスティクスも弱い。予算を生み出す経済力も貧弱だ。さらに、戦争のような好ましくない目的に利用される宿命も背負っている。それゆえ、身に覚えのない迫害を受けるリスクもある。純粋な探究は常に妨害され得る。
けれども。
「設計はセンスだ。」 と、イタリア人の心の師匠は言う。
「いやー面白かった。」 と、設計課の上司は言う。
ハンディキャップは、嘆くものではなく、センスよく乗り越えるものだ。そうだろう?
主人公はその教えのとおり、不十分な環境の中からも、最高に美しいものを作り出す。
一方、彼と縁で結ばれた女性の方はどうか。死に至る病を、母親から受け継いで生まれついている。健康状態は、同時代の人と比べても普通以下だ。けれども、それを認めたうえで、徐々に朽ちていくのではなく、最高に美しい時を二人で共に生きることを選び、与えられた短い時間を生かし切って去っていく。
主人公の最高傑作は、彼女との美しい時を糧に生まれた。
「お前のおかげだよ」。 と、主人公は寝言交じりに言う。彼女にとって最高の贈り物。
傑作には、もちろん影もある。
飛行機乗り達はひとりも帰ってこなかったし、彼女は短い生を終えて先に旅立った。
それでも。
「君は、まだ生きねば。」 と、師匠は再び言う。「うまいワインがあるんだよ。」
泣かせる要素を十分含んでいながら、この陽気で透徹したイタリア人をときどき登場させて、ともすればじめつきそうな空気を乾かしているのが、うまい。
絵の方は、いつもどおりのジブリ品質。過去の作品からの引用もいくつかあった。空高く飛ぶ飛行機の群れに一機また一機と加わっていく絵は、「紅の豚」から。二人が再開したときの雨の描写は、「崖の上のポニョ」の老人ホームの玄関で見たとおり。これをもう一度見られたのはよかった。空中分解した機体を床に並べて再構成しているシーンは、ラピュタのロボット兵のようでもある。緑の描写の濃さは「もののけ姫」か。
ところで、映画を見る前に、小説の方の「風立ちぬ」も読んでみたが、主人公と許嫁との関係は、映画とはかなり違うように思う。”風立ちぬ”をタイトルに使いたいための、やや強引なこじつけに感じられてしまうのが残念。
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