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2013.05.13

「偽りなき者」

北欧の田舎町で起きる Hate (Crime)のお話。というと大袈裟に聞こえるが、大なり小なりどんな地域社会でも起こり得ることでもある。現代版魔女狩りというと、少し言い過ぎか。無駄のない映像の中で、濡れ衣を着せられた主人公が、村八分に立ち向かう、静かな決意と勇気が示される。ちゃらいアクションものが流行る昨今には稀な、骨のある良作。地域社会の様々な文k的な要素が織り込まれていて、お話の肉付けにも厚みがある。以下ネタバレ。


はじめは小さな子どもの嘘が発端だった。それも、主人公と仲の良い幼い女の子の。しかし、他人の子どもと仲が良すぎることは、今の世では危険も伴うらしい。小児性愛者の疑惑をかけられ、村八分にあってしまう。

物語は、その濡れ衣を晴らす主人公の孤独な闘いを軸に展開する。別居中の息子、子どもの頃からの親友とその妻、猟友会の仲間たち、都会人で高学歴のガールフレンド、幼稚園の女性管理者たち、客の評判が気になる食品スーパーの店長と部下、アルバイトの女の子、等々。性別、年齢、思考様式も様々な人々が、この事件に対する表向きの対応と抑圧した本音を表していく。

この作品の味わい深いところは、対応の各々に、デンマークの田舎の今が顕われているように感じられる点。主人公やガールフレンドの転職歴は、労働力の適度な流動化という施策を一足先に達成した北欧ならではのものだろう。地元の閉鎖的な空気との軋轢は、その施策の当然の帰結ではある。

主人公の息子の友達、スーパーのレジの女の子、彼ら10代半ばは、世間の空気や偏見から自由だ。主人公がそんな悪い人間には見えていないが、自分の親や仕事場の上司などの顔色を窺わざるを得ず、不本意ながらも沈黙を保つ。都会出のガールフレンドも、田舎の非理性的な空気には無縁な立場で、途中までは主人公の心の支えになる。

親友の立場は微妙だ。ことの発端となった女の子の親としての立場と親友の立場の間を揺れ動きながらも、妻の強い嫌悪感に圧されて、主人公の肩を持つわけにはいかない。

スーパーの店長の立場は明快だ。彼にとっては真実も道義も関係ない。主人公が世間一般からどう思われているか、その空気こそが、商売に影響する全てだ。食肉売り場のスタッフの方は少し違う。世間の風評が彼の思考を支配しており、自分で何かを調べたり考えたりする姿勢はない。そんな暇もないというところか。考えてみると、Hateの本質はこのあたりに一番よく現れていそうだ。

そして、教会の存在。日本にはない、キリスト教圏の特質だろう。そこでは誰もが、渡る世間の空気を離れて、考えなければならない。自分自身の良識と向き合う数少ない場所だ。救いとはこういうものを言うのだろう。

結局、子どもたちが揃って口にするあることが、事実と全く符合しないことから、司法は訴えを子どもの妄想として退け、無罪の決定を下す。教会と並んで、理性を保持するために重要な役割を果たしたといえる。


こうして、わだかまりは残るものの、事件は一見落着した。かに見えた。しかし、エピローグで作り手は、あるシーンを追加して、奥行きを見せる。田舎に根付いた反理性は、そう簡単に是正されたりはしないのだ。それに対する主人公の静かな表情で、このお話は締めくくられる。

子どもたちの話の大きな矛盾がもし無かったら、彼は濡れ衣を晴らすことはできなかったかもしれない。理性と反理性は拮抗していて、どちらかが常に勝るというものでもない。Hateの種はありふれていて、一度具体化すると、種が消えてもHateは残る。そういうことをしみじみ思う一本。

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