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May 2013

2013.05.30

ヴィント・サーフの意見

「インターネットの父」が語った、タイムトラベル、ポルノ、SF、Web中毒

僕はもうオンラインのとき以外は物を書きたくなくなっていた。なぜかって、途中で何かを調べる自由がないからだ。つまり、何かを書こうとするとそれについて知らないことが出てきて、そしたらWebページを開いてGoogle検索でそれを探せばいい。僕は自分がネットにつながっていないとき、テキストを打ちたくなくなっていて驚いたんだそこまでになるとは思っていなかった。

・・・

オンラインのソースを調べただけでもいけない。図書館にあるすべてのものがネットにあるわけじゃないからね。Webサイトの質とコンテンツの評価をするなら、図書館にも行かなきゃいけなくなるはずだ。

だから、僕らはこれら両方が必要だってことを示さなくちゃいけない。これが批判的思考で、もっとも大事なスキルだ。それが大事なのは、今現在ネット上に間違った情報がたくさんあるからってだけじゃない。間違った情報はどこにでもある。新聞でも雑誌でもTVでもラジオでも映画でも、友達との間や両親との間でもある。みんな誤解する可能性がある。だから、見たり聞いたりするときに疑いを持つように教育するのはとても重要だ。それが失礼にあたる必要もないし、「お前は嘘つきだ、お前の言うことは何も信じない」って態度になる必要もない。それは、自分で試して、判断しようってことなんだ。

そして僕は、もしそれをしなければ、多くの人間が洞察力を持たなくなってくると思う。ものを見て分析する力がないってこと、それこそが大きな危険だと思っているんだ。

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2013.05.27

「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」

ライアン・ゴズリングを前面に出してアピールしているけれど、映画の筋が彼を中心にまわるのは前半まで。後半は全く違う展開になって、終章でやっと意味がわかる・・気がする。というややこしい作品。見続けるのに少し忍耐がいるかもしれません。以下ネタバレ。

統治というのは、たぶん、虚構の集積だ。人は自分で作った檻に自ら入るものなのだ。この作品は、その虚構を維持するために矛盾を抱えて苦悩する男と、虚構から自由になったがそれゆえに破滅する男を、同じ視点から描いている。長いタイムスパンの中で、最後には同じに見せるようにつくっている。

それでいて、エピローグの2つの異なる場面は、それぞれが全く違う世界に生きていることを暗示しているように見える。時が全てを癒していくかのようにも取れる。表面的には。

そんな風な作品。

監督はインタビューの中で、「これは血の因果を巡る物語なんだ。」ときっぱり言っている。お話の下敷きはそうに違いないけれど、そこに取り込んだ他のテーマの方が、より大きく映ったように思う。


原題は "The Place Beyond the Pines" だが、この"pines" の意味がわからない。聖書か何かの決まり文句なのだろうか。普通に訳せば「松林」だ。
なるほど確かに、二人目の主人公が悪徳警官に連れて行かれるのは、暗い森の奥だ。そこで彼は人生の岐路に立たされ、乗り越えて、次の人生に踏み出すことになる。まさに"beyond the pines"。

が、同時に、pine にはこういう意味もあるようだ。

((文))思いこがれること, 切望.
用例 He pined to see his wife and children. 彼は妻子に会いたいと切望した.

((文))(悲しみ・後悔・苦しみ・空腹・思い煩(わずら)いなどで)やつれる, やせ衰える(away).

【語源】
ラテン語「罰,苦しみ」の意

こちらの意味で取るならば、題名は「苦悩の果てに」くらいか。

おそらく、両方の意味に掛けているのだろう。

ちなみに、Wikipediaを見ると、お話の舞台となったスケネクタディという地名は実在のもので、アメリカ原住民モホーク族の言葉で「松林の向こう」の意味があるそうだ。もちろん、単純にそうとってもいいのだが、やはり含みを持ったタイトルだと思いたい。


そういう映画なので、「ライアン・ゴズリングかっけー!」、みたいなノリで見に行くと後悔します。

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2013.05.26

星座が家宝

星座を縫い付けた敷物。でも"heirloom"を調べると、家宝という意味らしいけど・・日本の感覚の家宝とはだいぶ違う。。。

種まきや収穫の時期を知らせる星座の位置は、確かに先祖伝来でもおかしくはないか。敷物というよりタベストリーの方が似合う。


Constellation Quilt: A Modern Heirloom For Learning The Stars

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「建築学概論」

韓国の映画。そうと知らずに、タイトルにひかれて前売券を買ったので見てみた、というくらいだが、一昔前の日本の映画を見ているようで懐かしかった。風景も、親子の情も、貧乏も、ウブな初恋の記憶も、とてもよく似ている。全部お約束パターンだが、振り返るとちょっとだけ切ない、じんわりくるお話。以下ネタバレ。

初恋のお話だけでなく、そこに建築を絡めることで、時代背景も描いている。設計士の実家のスクラップ&ビルドと、彼のクライアントの家のリノベーションをさりげなく対置して、「家」や「老親」、さらに、ある場所に住み続けることについての問いかけがある。土地や家と結びついた人生の記憶の大切さを無言のうちに示す。

住み慣れた場所に住み続けて、親の世話は子どもがするという価値観を、作り手は美しく見せて描いているけれど、主人公が老親を残して渡米する生き方も、否定していない。

そして、なにより、初恋だ。言う事は何もありません。
過去と現在のシーンを交互に入れ替えていく構成には、うまさを感じる。

日本では、いまでは想像することも難しくなってしまった、純情が見られる一本。

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2013.05.19

「モネ・ゲーム」

オープニングで、所謂「1分間でこの映画を解説するGIFアニメ」風のものが流れて、ちょっと驚く。なんでも、古い映画のリメイクだそうで、映画知識の豊富な人には知られた内容なのだろうか。よくありがちなプロットだが、俳優の組み合わせが面白くて、いい味のコメディに仕上がっている。以下ネタバレ。

コリン・ファース=英国王ジョージ6世、アラン・リックマン=ダイ・ハードの悪役、スネイプ先生、キャメロン・ディアス=チャーリーズ・エンジェル、の図式が頭の中にできあがっているので、この3人の組み合わせが意外で新鮮に思えた。それがまたうまく嵌まっている。

3人の中では、やり手で傲慢なメディア王を演じるアラン・リックマンが、少し間抜けな味を滲ませて、これまでと違うイメージ。彼が一番面白かったか。堅物の鑑定士コリン・ファースと、カウガールのキャメロン・ディアスは、これまでのイメージの延長に少し滑稽味を加えた性格付け。

この3人で、話が十分回っていく。メディア王とその部下の鑑定士の間には、雇い主と雇われの間の普遍的な確執がある。雇われには雇われ特有のふがいなさがあって、見ている方も途中少し気が滅入る。そんな彼が、一発逆転を狙って立てた計画(一向に進まない(笑))を軸に話は進む。彼を駆りたてているのは、たぶん、美術や文化に対する愛だろう。文化を野望達成の道具のようにしか見ないメディア王に対する反感が燃料だ。

カウガールは、この二人をかなり公平に見ている。嫌われ役であるメディア王の力量も正当に評価しているし、鑑定士の美術品への愛も、よく見ている。どちらか一方と変にべたついた関係にもならず、あっさり自分の田舎へ帰っていく仕舞い方もいい。天然陽気なキャメロン・ディアスの性格付けそのもの。

いま気付いたが、この3人は、話し声がとても個性的なのだ。この作品がお話以上によく見えるのは、そのお蔭もあるかもしれない。台詞がもう少しよく聞き取れると、もっと笑えそうなのが、少し心残り。

豪華な俳優陣が見せる一級のコメディという、うれしい贅沢。

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2013.05.18

「探偵はBARにいる2」

wikipedia によると、第1作は北海道で人気だったそうで、「特に北海道エリアの盛り上がりが大きく、道内の一部劇場では首都圏主要劇場を上回る集客数」だとか。言われてみるとそういう感じはある。東京で見ると、「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」気分というか。以下ネタバレ。

今回は、匿名市民など持ち出して、いま風な味付け。一様にマスクをした様々な風体の集団をコミカルかつグロテスクに描いて風刺している。そこに反原発といういかにもなテーマを絡ませて、「市民」に担がれるリーダーの苦衷を見せ、主人公の市井の正義感にぶつけている。

おやおやこれは少し探偵シリーズらしくないぞと思っていると、最後はやっぱり種明かし。昭和風の浪花節が顔を出した。そういう濃ゆいところを見に来ているわけだから。基本は押さえている。1作目では、依頼人の心の内を察するのが一歩遅かったために、哀しくも劇的な結末に涙したが、果たして今回は如何に。

助手の高田の無双ぶりは相変わらず。地元やくざとの掛け合いも前回同様。安定した枠組みで本作も楽しめました。まあ、謎の深みと結末の違いで、1作目の方がより濃ゆいか。

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2013.05.16

安物の見せ方

見せ方ひとつで、印象ががらりと変わる1枚。

PRODUCT GUIDE: 10 FUN AND USEFUL SILICONE KITCHEN TOOLS

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デススター製氷皿は、以前どこかのパチモン紹介コーナーで見たことはあった。ひどく安っぽかった。

皿を見せるのではなく、完成品を、然るべきシーンに置けば、全然違う印象になる。

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2013.05.13

「偽りなき者」

北欧の田舎町で起きる Hate (Crime)のお話。というと大袈裟に聞こえるが、大なり小なりどんな地域社会でも起こり得ることでもある。現代版魔女狩りというと、少し言い過ぎか。無駄のない映像の中で、濡れ衣を着せられた主人公が、村八分に立ち向かう、静かな決意と勇気が示される。ちゃらいアクションものが流行る昨今には稀な、骨のある良作。地域社会の様々な文k的な要素が織り込まれていて、お話の肉付けにも厚みがある。以下ネタバレ。


はじめは小さな子どもの嘘が発端だった。それも、主人公と仲の良い幼い女の子の。しかし、他人の子どもと仲が良すぎることは、今の世では危険も伴うらしい。小児性愛者の疑惑をかけられ、村八分にあってしまう。

物語は、その濡れ衣を晴らす主人公の孤独な闘いを軸に展開する。別居中の息子、子どもの頃からの親友とその妻、猟友会の仲間たち、都会人で高学歴のガールフレンド、幼稚園の女性管理者たち、客の評判が気になる食品スーパーの店長と部下、アルバイトの女の子、等々。性別、年齢、思考様式も様々な人々が、この事件に対する表向きの対応と抑圧した本音を表していく。

この作品の味わい深いところは、対応の各々に、デンマークの田舎の今が顕われているように感じられる点。主人公やガールフレンドの転職歴は、労働力の適度な流動化という施策を一足先に達成した北欧ならではのものだろう。地元の閉鎖的な空気との軋轢は、その施策の当然の帰結ではある。

主人公の息子の友達、スーパーのレジの女の子、彼ら10代半ばは、世間の空気や偏見から自由だ。主人公がそんな悪い人間には見えていないが、自分の親や仕事場の上司などの顔色を窺わざるを得ず、不本意ながらも沈黙を保つ。都会出のガールフレンドも、田舎の非理性的な空気には無縁な立場で、途中までは主人公の心の支えになる。

親友の立場は微妙だ。ことの発端となった女の子の親としての立場と親友の立場の間を揺れ動きながらも、妻の強い嫌悪感に圧されて、主人公の肩を持つわけにはいかない。

スーパーの店長の立場は明快だ。彼にとっては真実も道義も関係ない。主人公が世間一般からどう思われているか、その空気こそが、商売に影響する全てだ。食肉売り場のスタッフの方は少し違う。世間の風評が彼の思考を支配しており、自分で何かを調べたり考えたりする姿勢はない。そんな暇もないというところか。考えてみると、Hateの本質はこのあたりに一番よく現れていそうだ。

そして、教会の存在。日本にはない、キリスト教圏の特質だろう。そこでは誰もが、渡る世間の空気を離れて、考えなければならない。自分自身の良識と向き合う数少ない場所だ。救いとはこういうものを言うのだろう。

結局、子どもたちが揃って口にするあることが、事実と全く符合しないことから、司法は訴えを子どもの妄想として退け、無罪の決定を下す。教会と並んで、理性を保持するために重要な役割を果たしたといえる。


こうして、わだかまりは残るものの、事件は一見落着した。かに見えた。しかし、エピローグで作り手は、あるシーンを追加して、奥行きを見せる。田舎に根付いた反理性は、そう簡単に是正されたりはしないのだ。それに対する主人公の静かな表情で、このお話は締めくくられる。

子どもたちの話の大きな矛盾がもし無かったら、彼は濡れ衣を晴らすことはできなかったかもしれない。理性と反理性は拮抗していて、どちらかが常に勝るというものでもない。Hateの種はありふれていて、一度具体化すると、種が消えてもHateは残る。そういうことをしみじみ思う一本。

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2013.05.11

「ROME」

huluに、BBCとHBO共同制作のTVドラマ「ローマ」がある。2005年の作品だが、これがすんごく面白い。先週はルビコン渡河からポンペイウス失脚まで。今日はカエサルの凱旋式から暗殺まで。一気に見てしまった。
塩野七生さんの「ローマ人の物語」を思い出しながら、そうそう、オクタヴィアヌスって確かにこんな感じだったよねとか、記憶を反芻しました。

カエサルやオクタヴィアヌスなど歴史の表舞台の人たちのドラマはもちろんだが、第13軍団の2人の兵士、ヴォレヌスとプッロの物語を、それと並行して、時に交錯させながら描いているのが、とても見ごたえがある。むしろ、この二人の庶民の物語の方が、人間ドラマとしては迫力があるくらい。最後の第11話から12話にかけてのこの泣ける展開は一体なんなんだ。

いまのところ、シーズン1だけのようだけれど、続きがあるならぜひ見たい。


国内のコンテンツだと、どうしても戦国時代や明治維新などに限定されがちだけど、海外の同種のドラマがこんな手軽に見られるなんて、いい世の中になったなあ。

※シーズン1は7月31日までとのこと。お急ぎあれ。
※一応、かなり成人向けなのでご注意。


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2013.05.10

雑記130510

あと20日で、今年も半分が過ぎる。
まあ、前半はそれなりの成果はあった。


中国市民、米サイトに嘆願 民意の受け皿、格差大きく

 米ホワイトハウスが2011年に市民からの嘆願を受け付けるサイトを開設した時、オバマ米大統領は中国への軍事介入や同国内で20年前に起きた中毒事件の捜査の嘆願が寄せられる事態になるとは夢にも思わなかっただろう。

 だが、これらは先週、実際に寄せられた嘆願だ。正義感や無力感、単なるジョークなど理由は様々あれど、中国市民からの陳情がサイトに押し寄せているのだ。

笑っちゃいけないとは思うけど。

元記事はこれか。
Chinese petition Obama on invasion, poisoning and tofu

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2013.05.08

雑記130508

feedlyが記事を展開するところで、ときどきすごく重くなる。


こちらで紹介されていた、シンプルなRSSリーダー。

CommaFeed

テキストベース風で好み。実際、PCで使う分には申し分ない。
なんだけど・・・iPhoneで使うと、ちょっと残念な感じ。PCブラウザでの見え方が前提になっているようで、小さすぎる。拡大すると、フレームの表示が重なってしまったりする。

いまは、PCとスマホの両対応が必須の時代なんだなあ・・開発者はたいへんだ。

というか、同じHTMLソースから、デバイスに応じた最適な見え方を調整して出力してくれるものが、何かありそうなものだけど。

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2013.05.06

雑記130506

一昨日の山登りのせいで筋肉痛。昨日より一層痛いのは納得いかん。
でも面白かったなあ(笑)。

▼機械との競争
人材教育の高度化カギに

マサチューセッツ工科大学(MIT)など米国の有名校は、相次いで講義や教材をウェブ上に無償公開し、教育を受ける母集団の数を増やして世界中から高度人材を選ぼうとしている。それは、高度人材が確率的にしか発生せず、教育で陶冶するのが難しいことを暗に認めているともいえよう。
そうだよねえ。
画一的との批判はあったが、20世紀までの学校教育が成功をおさめたのは、教育がプログラム化でき、多くの生徒が訓練さえすれば能力を身につけられたからである。そして、プログラム学習で身に着いた能力が労働市場で十分な付加価値をもったためである。教育はローリスク・ハイリターンな投資だった。だが、プログラム化可能な知識や技能は、機械にも学習しやすかったのである。「そこそこ」知的なコンピューターの出現は、近代教育の意義を根底から揺さぶっている。
まったくそうだよねえ。もう少し先の話ではあるけれど。

▼人間に固有のリテラシー
mediaリテラシー:藪の中

同一の取材対象だと思われる記事について、二つの大手通信社が正反対のトーンの記事を配信し、それがそれぞれマスメディアに載っていくので、油断はできない。
結局、こういうところに人間特有の能力を発揮していくということになるのだろうか。


振り返ってみれば、自分の作ったちょっとしたアプリケーションソフトが、これまで何人もの人の仕事を消滅させてきた面は否めない。

人が、機械との競争に巻き込まれずに、新しい時代に適応していくことは、案外切実な問題。コミュニケーション力、ということが頻りに云われるのは、それと関連がありそう。メディアリテラシーも、コミュニケーション力のひとつの形ではある。

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2013.05.04

吹割の滝・皇海山130504

前日、管理人に皇海山のことを聞いた。そのとき初めて「すかいさん」という読みも知ったくらいで、日本百名山のひとつだということも知らなかった。手ごろな高さでもあるし、これは明日登ってみるかと思ったものだ。

食材を買いに国道まで降りて行ったついでに、土産物屋のお姉さんにも聞いてみると、昨日が山開きで、もう登ってもよいそうだ。行った人の話では、雪がまだ残っていて、その人は途中で諦めて帰って来たとのこと。

うーむ。男体山のときのことが頭をよぎる。このあたりの山のシーズンは、五月の連休と微妙にずれていて悩ましい。もともと林道を走るつもりで今回は来ているわけだし。。

地図で調べると、登山口まで栗原川林道というので行くらしい。なんだ林道走れるのか。ということで、今日のイベントは山登りに決定。なんといっても「SKY」山だ。それだけで、登ることは初めから決まっていたようなもの。

* * *

朝6時過ぎに出発。キャンプ場の出口の鎖が、ちょっと捻った留め方をしてあって、知恵の輪的なトラップをはずして出る。幸先がいい。

林道は長い。1時間半ほど走る。締まっているいるところも多いが、砂利が浮いていたり礫がごろごろしていたり、いわゆる悪路。パンフは正直に(少し控えめに)書いている。
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途中、道路工事の人に聞いたところ、登山口までは行けるが、その先で30Mほど崩落しており、通り抜けはできないらしい。地方の山道はいろいろたいへんだ。


登山口で記帳して登り始める。入山8:00下山は余裕を見て15:00予定。
いきなり、真の登山道入り口を見落として、林道の延長を登り続けて1時間ほどロス。間違った道のどんづまりにも、しれっと標識があり、「皇海山」と書いてあるのだが、その示す方向数メートルは、鹿も通りそうにない見事な崖。
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これはどういうジョークですかと。orz

正しい道に戻って再出発。もう9:00ですよ。

急斜面であるとか、沢を渡るとかだけなら、道志渓谷でいつもやっている猿飛びの術(笑)でなんとでもなる。なんとでも言ってくれ。
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問題は、雪だ。

左は、下が水流になっている。変なところを踏むと雪の層を踏みぬいて膝くらいまで埋まる。靴は濡れる。浮石を踏んで足首を捻る。右は、これ道の横を見ているのではありません。これば道の、正面でごわす。
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一応登山靴とはいえ、街中を歩いて違和感のない程度の普通の靴で、ここを歩いていくわけだ。そんな準備の無い奴は私くらいのものだけど。

左が、ちゃんとした山男の装備。靴にはアイゼンがしっかり取りつけられている。ポールも使ってすいすい登っていく。いいなああれ。右は、完全に凍っている斜面。傾斜は60度くらいか。ロープを使えばもちろん登れるのだが・・あのロープ、信用していいのか? 疑り深い私は、迂回して雪のない藪の斜面を両手両足で登る。この方がやり慣れているので早いし安全だ。まあ、普通の山歩きのスタイルでないのは承知だけど。
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冬の間に倒れた大木が、そこかしこにある。枯れて内部が空洞化したわけでもない樹がこんな倒れ方をするなんて、ここの冬は相当荒れるのか。迂回したりくぐったり乗り越えたりして進む。
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それでも、山頂が近くなって、こんな風景を見ると、来たかいがあったと思う。
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めでたく山頂到着。見晴らしはいいとはいえないが、陽だまりの小さな気持ちのいい空間。時刻も丁度昼だ。
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山頂で昼ごはんを食べてから下山。実は、登りより下りのほうがきつい。雪が滑る上に、私の場合、なるべく迂回していくので、3度ほど道を間違えて迷子になりかけた。これで1時間ほどロス。登山口に帰りついたのは14:58分。余裕を十分みたはずの予定時刻の2分前。いやあpunctualだな>自分。

途中、鋸山と皇海山にわかれる分岐点がある。不動沢のコルと言うらしい。写真は鋸山。コルって何?と言うのは私のような素人だけ。
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連山の東側から登ってきて、鋸山山頂を経由してここへ来る人たちもいる。写真の雪の急斜面を指して、あそこを下りて来たのだという。帰りはまた登らなければならないと。聞いただけでげんなりする。あれに比べたら、林道でかなりの高さまで来られる西側ルートは、ぬるいといえそう。

疲れたが楽しかった。事故の無いように東京に帰ろう。
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* * *

以下、雑記。

▼十割蕎麦屋「尾瀬」
沼田ICから吹割の滝の間に、その店はある。バイク乗りがよく立ち寄るらしい。蕎麦自体はつなぎがないからぼそぼそして好みは分かれるだろうけれど、付き出しのこんにゃくが、これが美味い。こんにゃくというと、ふつうはぷりっと硬いものを想像するけれど、ここのは柔らかくて舌触りが最高。これを蕎麦つゆとワサビだけで味付けしたというのだが、美味いこと。この店独自の製法だそうで、土産にも売っているというので、一袋買ってきた。お立ち寄りの際はぜひご賞味あれ。

▼アイゼン
今回、機能性が十分わかって、切実に欲しくなった。でもそうすると、装備が大袈裟になりそうで、どうしたものか。バイクと山歩きとキャンプをバランスよく楽しむスタイルは維持したいところ。

▼きゅうり
これなんか見ると、街中のスーパーで売っているきゅうりの値段のうそ加減がわかる。5年前に比べて、倍くらいにはなっている。以来、きゅうりは買わなくなった。ホウレンソウやキャベツの値段もなんだよなあ・・何かおかしいよ。
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2013.05.03

吹割の滝・皇海山130503

今年の連休は日並びが悪く、ロングツーリングができない。前半は思い立って日帰りで富士山を一周したが、後半はやる気が出ない。実際、前日の夜はズーラシアへのアクセスを調べたりしていたのだ。それでもまあ、足を換えてからまだ林道は走っていないし、と思い直して北関東へ行ってみることにした。

この季節は、峠にバイクを停めて山頂まで往復というパターンが使えない。雪が残っているはずだから。それは、男体山で経験済みだ。関越経由で日光へ行き、林道伝いに福島へ抜けて、東北道で帰ってくる腹積もり。のはずだったのだが・・・

ルートを決めるために Google Maps をいじっているうちに、興に乗ってこんなものを拵えたりしていて、日付が変わってしまった。早朝のスタートは無理と諦めて、風任せの旅程に。いつものことだ。なんやかやで朝10時!スタート。前代未聞のゆったりペース。

といっても、普通に道は混んでいるし、早朝スタートのときとあまり変わらない。関越は途中でいつも肥料の匂いがするのが独特の趣だ。平野部を走っているときは、なんとはなしに土の暖かさが感じられる。上里で朝食・・ではなくて昼食。ええなあのんびりペース。赤城高原に近づくあたりから空気が冷たくなってくる。

沼田ICで降りて吹割の滝へ。前回は台風が来ていて、遊歩道は横殴りの雨に晒されて観瀑どころではなかったが、今日は穏やかに晴れている。

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滝というと、滝壺の轟音がつきものだ。この吹割の滝も、確かに水の音はあるのだが、とても静かな印象がある。滝の上流側の水面の広さと穏やかさが、むしろこの滝を特徴付けている。
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滝壺がさらけ出されていない奥ゆかしさ。
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前後の渓谷美。や、岩壁に何か居ますよ・・・
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遠景。
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見終わると、もう4時。これからどこかへ向かうのは少々無理だ。山側へ少し登ったところにキャンプ場があったので、早めに設営。ここは小さな子ども連れの家族が多い。というかほとんどがそうだ。にぎやかで楽しい。団地の中の公園のよう。(笑)
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夜はキャンプファイアー。子どもたちがはしゃぎまわること。取り立てて風景などの特徴はないけれど、管理人がいろいろ工夫している。
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いいところだなここは。
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ストリートビューで見るもうひとつの世界

黄色い人形ペグマンを摘まみ上げると、ストリートビューが見られる道が青線で表示される。これを少し俯瞰気味の縮尺で見ると、ストリートビュー撮影車が入っている地域とそうでない地域が一目でわかる。

で、遊んでみた。まずは、日本周辺。
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ほほう。。。韓国はもっと青で染まっているかと思ったけど・・。
Googleという公益性は強いがあくまでも米国の一私企業のサービスなのだから、撮影車を走らせるかどうかについては、いろいろな要因があるのだろう。

次は東南アジア諸国。以下、同縮尺で。
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撮影車が入っているのは、タイのバンコクとチェンマイ、それと・・・プーケットか。思わず笑みがこぼれてしまいます。
ほかには走っていないのは、ちょっと意外。

インド亜大陸は、ほとんど走っていない。

東地中海と西地中海。
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イスラエルは西側なんだなあ。
中東のイスラム諸国には走っていない。あ、ドバイなどの都市には撮影車が入っている。

アフリカ大陸は、ヨハネスブルク周辺だけ青く染まっている。

中欧。
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ドイツとオーストリアが意外。これはなぜだろう。プライバシーかな・・・Googleの人に聞いてみたい。

北欧は平地はほぼ全面青。

モスクワ、サンクトペテルブルグ、バルト三国。
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米国は、ロッキー山脈を除いて全面青。

南米はサンパウロ周辺のみ。
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オーストラリアは海岸の都市部のみ。

一応ざっとこんな感じ。


地図を少し拡大してみると、同じ全面青でも、密度の違いが見えたりする。例えば、フランス北部とスペイン中部。
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ちなみに、上と同じ縮尺の日本はこんな感じ。
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改めて、日本は山がちな国なのだとわかる。というより、フランスの開けっぷりというか平らっぷりが普通じゃないのか。


あー短い連休どこへ行こうかな。

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