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2013.04.21

「ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~」

粗野な感じのつくりは、意図的にやっているのだろうか。手ぶれ映像なので、途中から頭痛いわ気持ち悪いわで、見続けるのがかなり辛かった。感想文は、2種類書いてみました。

【感想1】

この映画を、野生礼讃と決めつけてしまうことは、できなくなはい。近代的で身ぎれいで長寿を全うできる生活と引き換えに社会に飼いならされることを、拒否している。だから、映し出されるものは、粗野で野蛮だ。

その粗野な感じの受け止め方で、印象は変わる。

野生というのは粗野なものだろうか。野生の生き物たちを観察すると、彼らはいつも毛づくろいし、身ぎれいな生活を心がけているように見える。寄生虫を取り除いたり、羽根や体毛が暖かい空気を含んでいることは、生死に関わる重大事だから。彼らは生きることに前向きだ。

この映画の登場人物たちは、どうもそれとは違う。半ば自暴自棄に陥っているようで、野生というものとは違う印象を受ける。単に粗野なだけだ。

もちろん、近代の延長が行きつくところまで来て、植物人間のような奇妙な存在が特異なものでなくなりつつあることを、無批判には受け入れられない。

しかし、だからといって、粗野粗暴なふるまいで、ここから脱出できるとも思えない。思い出さなければならないテーマを含んでいるという点は評価できるけれど、答えの出し方には疑問を感じる。


【感想2】

この映画の骨格を成しているものは、馴染んだ土地、(あるいは現状)、への執着だ。嵐で水没しようと、草木が枯れようと、そこに居着いて他へ移動はしない。その場所で、生きる方法を考える。おそいかかる運命にその場の全力で立ち向かうが、運命そのものは受け容れる。

問題は、「全力」が、その場だけのものである点だろう。予測して備える行動が、付け焼刃で厚みも持続性もない。

と、少し醒めた目で見ればそういうことになる。

けれども、その態度は、目くそ鼻くそを嗤うの類であるかもしれない。東京に住み続けるを省みれば、地震も、放射能も、ミサイルも、わかっていながら退避しようとはしない。

水没するとわかっている土地に、いつまでも居続けることの愚かさを、地震が来るとわかっている土地に居続ける自分は、嗤う事ができるだろうか。

あるいは、先細りが見えている仕事に執着して、他の仕事にクラスチェンジしない者は、この映画の登場人物達を嗤えるか。

さらには、少子化でシュリンクしていくことがわかっていながら、生活様式を変えられない現代日本という仕組みはどうか。その当事者である自分達は、どうなのか。


ややや。なんだかおおごとになってきた。
いっそのこと、この映画の登場人物たちに、共感すべきなのか。w

Pic01


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